楽しい理想の部屋づくり

一初ゆずこ

部屋の隣に、秘境があるなんて思わない

 私の部屋は、周囲の人たちに比べると、物が少ないほうだと思う。

 理由はシンプルで、部屋が狭いから。けれど、日当たりは良好なので、私はこの部屋を気に入っている。

 部屋の家具は、机と椅子に、ベッドと丸テーブル、二重スライド式の本棚。あとは、床の一部にラグをいて、余ったスペースに愛猫あいびょうの爪とぎと飲み水を置けば、もうスペースは残らない。

 いや、小さな棚などを置くスペースは捻出ねんしゅつできるし、あればきっと便利だろう。けれど、空きスペースを明け渡す代償だいしょうに、閉塞感へいそくかんがプラスされる未来が見えたから、居心地の良さを選ぶことにした。

 卓上には、鳥籠とりかごの形をした写真立てを置いていて、金沢にある泉鏡花いずみきょうか記念館で購入したポストカードを入れている。小説『日本橋』の表紙の絵で、装幀そうてい家・小村雪岱こむらせったいえがいたちょうが可愛らしい。その隣には、インテリア用の小さな梯子はしごを立てかけて、友達からもらったキーホルダーや、昨年の五月に角川武蔵野かどかわむさしのミュージアムに出掛けたときに、武蔵野坐令和神社むさしのにます うるわしき やまとの みやしろでいただいた締切守を結んでいる。おかげさまで、カクヨムコン8に参加した拙作せっさくは、無事に期間内に完結できたので、ぜひまたお参りしたいなと思っている。

 必要なものを部屋に残して、好きなものを飾って眺めていると、なんだか幸せな気持ちになる。ルンバの軌道も確保できているから、掃除の手間もかからない。

 ただ、整理整頓せいとんしやすい部屋になるまでには、ちょっとした歴史があった。

 部屋の家具が限定されていると、物の収納に困ることになる。

 衣類は、クローゼットの一つに入れているから問題ない。アクセサリー類も、卓上の小さなケースに入れたら事足りる。アルバムやCD類は、本棚の本たちと同居させた。大型のスケッチブックや画材などは、ベッドの下に潜ませた収納ボックスに入れている。小説ひとすじな私だけれど、並行して透明水彩で絵をいていた時期もあり、専用の画用紙や絵具といった画材たちは、ここに全て集めている。

 あとは、switchやポメラの充電コードなどを、本棚型のボックスに入れて、これらも本棚にイン。本棚としては不本意化かもしれないけれど、収納の役目をになえる家具は本棚だけなので、空きスペースはフル活用させてもらう。

 それでも収納できないものたちは、どうするのか。それは、衣類の収納とは別のクローゼットに仕舞うことになるのだが、このクローゼットが曲者くせものだった。

 問題のクローゼットは、私の部屋の真横にあれど、私一人で使っているわけではなく、今の家に引っ越してきた際に、収納に困った荷物を仮置きするための場所として、家族がさまざまな物を押し込んでいて――中身が分からない段ボール箱が山と積まれた、手がつけられない物置きと化していた。

 私物を置けるスペースは、わずかしか残されていない。ここに収納できなければ、自分の部屋の床へじか置きすることになる。すなわち、部屋が散らかってしまう。

 居心地のいい環境で小説を書くためにも、どうにかしてこのスペースを、綺麗なクローゼットへよみがえらせようではないか。腹を決めた私は、物置きと対峙たいじした。

 しかし、作業は簡単なものではなかった。段ボール箱に収納されることで、一定の秩序ちつじょをかろうじて保っていた空間は、片付けの名のもとに段ボール箱を引っ張り出したことで、またたく間にぐちゃぐちゃになっていった。

 それでも、手を動かさなくては片付かない。ぎっしりと詰め込まれたぷよぷよのような段ボール箱たちを開けて、必要な物と不必要な物をり分けようとすると……出るわ出るわ、過去の思い出の数々が。

 古い玩具おもちゃ、お気に入りだったスカート、高校時代に作ったクラスTシャツ……手放すときに心がしんみりと切なくなる物もあれば、学校の課題で作った工作物などもわんさか出てきて、頭を抱えた。私は、物作りは大好きだけど、手先がものすごく不器用で、折り紙のような立体的な物を、綺麗に作ることが大の苦手だ。最も大変だった作業は、中学生時代に技術の授業で行ったはんだごて作りと、そのはんだごてを使用したラジオ作りだと思う。どちらも楽しかったことは覚えているけれど、ちゃんと完成できたのは、奇跡としか言いようがない。

 そのときのはんだごてとラジオも、工作物の地層から発掘はっくつされた。次の段ボール箱は、家族の私物の地層だった。母の青春時代の写真なども出てきて、この写真が撮られたとき、私はまだこの世にいないんだな、と片付けの疲れでぼんやりした頭で考えた。

 昼過ぎから片付けを初めて、日が暮れかけた頃、作業の終わりが見えてきた。物置きの奥が初めて見通せるようになり、衣類を掛けるフックと、奥行きのある収納棚が備え付けられていたことが判明した。

 嬉しくなった私は、ちょうど作業中にメッセージアプリでやり取りをしていた友達に、うきうきと「クローゼットから未知の棚が見つかった」旨を報告すると、「グレン島への行き方を初めて知ったポケモントレーナーみたいだよ……!」と言われたから、言い得てみょうだなと納得した。私にとって、物置きの最奥は、懐かしのゲームボーイで遊んだ『ポケットモンスター』に出てくるグレン島――主人公が旅に出る序盤じょばんでは、行き方が分からない島――に等しい秘境ひきょうだったのだ。

 かくして、雑多な物置きはクローゼットとしての姿を取り戻して、私の収納スペースは拡大した。片付けを始めるまでは、堆く積まれた段ボール箱に気圧されていたけれど、めげずに戦ったおかげで、快適な部屋を維持できているし、さまざまな思い出の品に触れることもできたから、取り組めてよかったと思っている。

 同時に、片付けをまとめてやることの大変さも、嫌というほど思い知ったので、普段から掃除しやすい空間作りを意識する大切さも、あの秘境に教えてもらった気がしている。

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