宣戦布告
翌日、イヴァリオの朝は早かった。
昨日レグルス王から命じられた通り、イヴァリオは一輝が魔力を使いこなせるようになるまでの補佐の任務を与えられており、早朝から、魔力についての講義を行わなければならなかったからだ。
スケジュールを確認すれば、イヴァリオは朝から晩まで一輝と一緒だった。
抗議しようとしたが、一ヶ月後に獅子の戦士団が南部で魔物の大掃討作戦を行う予定の為、それまでに一輝の力を使えるものにしておけというのが上からの司令だった。
そうなったら、イヴァリオにもう逆らう選択肢など無い。王の命を聞けぬ側近など、居ない方がマシと判断されるからだ。
「というわけで、こちらが先日この世界に召喚されたカズキ殿だ。カズキ殿、
まばらな拍手が一輝を歓迎した。
イヴァリオが一輝を連れてやってきたのは、魔力を研究する者たちが働いている別棟、通称
立派な名前とは裏腹に、壁はあちこちの漆喰がはがれ、外から見れば一瞬廃墟かと思うほどだ。
石畳の螺旋階段を上り、最上階へ辿り着く。
木の扉を開けると、そこは研究室のようだった。壁いっぱいに本が並べられ、真ん中には大きな石のテーブルが置いてある。テーブルの上には巨大な地図と、高く積まれた本が置いてあった。
イヴァリオと一輝が足を踏み出すたびに床板がギシギシと音を鳴らす。お世辞にも立派で綺麗な部屋とは言い難い。
「なんか、俺と思っていたのと違うなぁ。イヴァリオさんは王様の側近だし、魔力を持っているんだから、もっと待遇の良い部屋を与えられているのだと思ってましたよ」
いちいち腹の立つ奴だなとイヴァリオは喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。
馬鹿正直なのか、わざとなのか、一輝は遠慮なくずけずけと物を言うタイプの人間だった。
初対面の人間でも全くお構いなしに、言いたいことを言う。イヴァリオは一輝の言葉が聞こえなかったフリをして説明を続けた。
「僕ら、魔力部隊は、日々この知恵の塔で魔力についての研究を続けています。僕は王の側近だが、この魔力部隊の部隊長でもある。後ろのレヴェッキオもこの部隊の一員です。そして彼女はエリーゼ、魔力に関する知識はこの中では一番です。そしてあの部屋の隅で座っているのがムラージ。無口だが、いい奴ですよ」
「カズキ様、はじめまして。エリーゼ•サピエンティアと申します。何か分からないことがあったら、仰ってください」
エリーゼは無表情のまま一輝に手を差し出した。銀色の髪に青い瞳、美女が無表情だとやたらと迫力がある。一輝はにこやかにその手を握り返した。
ムラージは部屋の隅で大きな体を丸めて何かをいじったまま、動こうとはしない。興味がないと背中が言っているようだった。
「エリーゼ、今日は二人しかいないのか?」
イヴァリオがエリーゼに尋ねる。
「スキルヴィルとヤヌシュは隣町まで買い物に行ってます。ハンナは明日には戻ると思いますが」
「そうか、わかった。カズキ殿、今日は全員揃っていないようです。まあ、また今度会うでしょう」
部屋の奥には、一つだけきちんと整頓されたデスクがあった。インク瓶はピカピカに磨き上げられ、ペンは全て同じ向きに並べられている。
イヴァリオのデスクだ。
イヴァリオは自らのデスクの前に一輝を座らせると、黒曜石のように黒光りした美しい石を手渡した。
「カズキ殿、ユピテル殿によると貴方は莫大な魔力を持っているらしい。なので、まずは貴方の魔力保有量を調べさせていただきます」
「あ、イヴァリオさん。あの、まず聞きたいんだけど、魔力ってどんなものなんですか?物を浮かせられたり、炎を出せたりするの?」
話を遮られてイヴァリオは少しムッとしたが、確かに、まずはそこから説明しなければならないだろう。
「そうですね、扱いを覚えれば様々な事ができます。しかし僕達が使う魔力には限界があります。それは人によって違いますが、僕たちは基本的に魔力を使う時、必ず補助の道具を必要とします」
イヴァリオがレヴェッキオに視線を送ると、レヴェッキオはポケットから黒のレザーグローブを取り出した。
指のところには鋭い爪のような刃がついており、手の甲のところに狼の模様が彫られた銀のメダルがはめ込んである。
レヴェッキオはグローブをはめると、目の前に石を置いた。そしてその爪を使い、まるで肉を切るようにその石をスライスする。
一輝は思わず目を開いてその様子をまじまじと見つめると、感嘆の声を上げた。
「すごいな!」
「今、レヴェッキオはあの爪に魔力をまとわせ、さらに鋭い刃物へと変異させました。あのグローブには
「あー……プログラミングみたいなもんか」
「こんな風に、武器を介在してその攻撃力を高めたり、魔力の防御壁を自分の周りに張って身を守る事もできる。僕らはこの道具を
「じゃあ、魔力量が多い俺は、今までイヴァリオさん達ができていなかったことができるかもしれないってわけですね」
一気に説明してしまったが、一輝は自分なりに理解したようだった。頭の回転は良いらしい。
「そういう事です。この国で一番魔力が高い狼の民でさえ、魔導具がなければうまく魔力を使いこなせない。狼の民は数もそんなに多くないから、魔力研究にはあまり予算がおりませんでした。魔力自体はそこまで大きな力になるとは見なされていないのです。だから獅子の王が持つ屈強な戦士団が力を持っている。力こそがこの国を支えているという事です」
「ちなみに、ユピテル達、鷲の民……だっけ?あの人達は魔力を持ってるんですか?」
「持ってはいますが、僕らや獅子の民よりも更に低いです。ただ、彼等には特性があります。鷲の民は僕らよりも遥かに身体が軽いのです」
「身体が?」
「はい。彼等は薄い鋼を使って翼を作り、それに彼等の羽根のように軽い身体と魔力を利用して空を飛ぶことのできる唯一の者たちです。それは時にはとても強い力になります。この様にシュベスタルの民は、それぞれの特性と力を持っているのですよ。そしてそれをうまく組み合わせてそれぞれの強さを持っている」
「ふーん……。なるほどね」
一輝はイヴァリオの話に随分興味を持ったようだった。顎に手を当て、静かに何かを考え込んでいる。
「……それじゃあ、早速魔力を測ります。手に持った石に集中してください」
イヴァリオにそう指示され、一輝は手のひらに置かれた黒い石をじっと見つめた。すると、みるみる内に黒い石が火にかけたように真っ赤に染まり、小さい煙を吐き出したかと思うと、そのまま粉々に弾け飛んでしまった。
「なっ……!」
イヴァリオは驚きのあまり、開いた口が塞がらなかった。一輝の魔力保有量が膨大過ぎて計測する為の魔法石が弾け飛んだのである。今までにこんな事は例がなかった。
「……俺、間違えました?」
「いや、これは……」
「信じられない魔力量ですね」
イヴァリオの背後からぬいっとエリーゼが顔を出す。無表情だが、その瞳は先ほどとは違い、爛々と煌めいていた。
「私達魔力部隊に所属している者達全員を合わせてもカズキ様には敵わないかもしれません。魔力の質もわたしたちの持っているものとはちょっと違うかもしれない……いや……外部からの取り込み?それにしても保有量が異常だわどこにこんな魔力が……」
エリーゼはブツブツと一人でつぶやき続けている。こうなってしまった彼女は最早誰にも止められない。
「……エリーゼはこうなったら納得するまでこのままなんです。しばらくは止まらないだろうな。とりあえずここまでにして、昼食にしましょう。レヴェッキオ、エリーゼを連れて先に食堂へ行っていてくれ。ムラージもだ。僕はカズキ殿と少し話がある」
「……わかりました」
レヴェッキオは一瞬渋ったが、イヴァリオに言われた通り、エリーゼを連れて部屋から出て行った。それを確認し、イヴァリオは部屋の扉を閉め、鍵を掛けた。
そして一輝の前のデスクに腰掛ける。
「さて、はっきりさせておこうか」
それは小さな宣戦布告だった。
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