気に食わない救世主

「イヴァリオ様、もうすぐ着きますよ」

「……ん?もう、着いたのか……?」


 レヴェッキオの声でイヴァリオは目を覚ました。どうやら知らないうちに眠ってしまっていたらしい。


 ガタンと馬車が大きく揺れたかと思うと、扉が開き、眩しい光が目をさして、イヴァリオは思わず目を瞑った。

 目を開くと、青い空の下にオレンジ色の屋根の賑やかな街並みが広がっている。

 ここが王都、ラインハルトである。

 

 シュヴェスタル王国を統治する獅子の王がおわす王都ラインハルトは、北のアーナガルム領から南西に下った、王国の中心に在る。


 常に雪が降り、厳しい寒さにさらされているアーナガルムとは異なり、穏やかな気候と適度な降水量がある非常に恵まれた土地だ。

 王都の中心を真っ直ぐ流れる大きな川、ライン川のおかげで世界各地からこの川を使って王都に品物が運ばれ、商業が発達したことにより、多くの人々がこの王都に集まってきた。

 人が増えれば技術の進歩も目覚ましく、毎日新しい発見がある。

 「競い合う先にこそ未来がある」を信条としているクラウディウス王家の膝下としてこれ以上ぴったりな街もないだろう。


 イヴァリオ達は王都の中心に聳え立つ白亜の城、バシレウス城にやってきていた。白い壁が太陽の光を受けて反射し、まるで光り輝いているように見える。

 跳ね橋を渡った城壁の向こうには、大きな鉄の扉が開かれていた。扉の向こうには真っ赤な絨毯が敷かれた廊下が続いている。黄金の天井には見事な英雄達の絵が描かれていた。

 

「イヴァリオ様!」

 

 後ろから、赤毛の少年が笑顔でこちらに手を振って走ってきた。顔の横には小さく結ばれた三つ編みが揺れている。

 スカイラインの地に住む鷲の民、アドラー家の末子、ユピテルだった。アドラー家はスカイラインの領主であり、遥か昔から鷲の民を統べる一族である。獅子の王に忠誠を誓い、末子のユピテルは王を助けるという名目で派遣され、この王都に滞在していた。

 

「……ユピテル殿」

「お久しぶりです。せっかく故郷にお戻りになられたばかりだったのに、呼び戻してしまい申し訳ありません。しかし、急を要する事でしたので……」

「えぇ、分かっています。大丈夫、故郷にはまた帰れば良いのです」

「あぁ、そう言っていただけると僕としてもとても助かります。もしかしたらすごく怒ってたんじゃないかなと思っていたので」


「その通りだよ」と吐き捨てたくなるのをイヴァリオは必死に抑え、無理やり笑みを浮かべた。頬の筋肉がぴくぴくと震えている。しかし、ユピテルはにっこりと笑ってイヴァリオの些細な事には全く気がついていないようだった。または、気づかないフリをしているだけか。

 

「そうだ、せっかくだからご紹介させていただきますね!こちらが先日この世界に召喚された、救世主様、カズキ様です!」


 そう言ってユピテルは隣にいた男を指し示した。

 まさかこんなにすぐに『救世主様』に会えるとは予想外だった。


 その男は、イヴァリオより頭一つ分は背が高く、細身ではあるが逞しい体付きをしていた。枯れ枝のように細いイヴァリオの体の厚みの二倍はありそうである。ブラウンの髪に焦茶色の瞳、端正な顔つきで雰囲気はさっぱりとしていて、王宮内の女性達にはウケが良さそうだ。


獅子堂一輝ししどうかずきです。初めまして」


 にっこりと人好きする笑顔浮かべる青年は、昨日この世界に突如喚びだされたしては、随分と落ち着いているように見えた。

 身にまとっている白い軍服に赤いマントも、まるで元々自分のものであったかのように着こなしている。

 落ち着き払ったその様子と、身長故仕方ないが上から見下すような視線が気に食わなくて、イヴァリオは思わず眉間に皺を寄せた。


「カズキ、殿。初めまして。イヴァリオ・フルーヴァングと申します。……昨日、この世界にいらっしゃったと伺いましたが」

「ん?あぁ、そうなんです。昨日、いきなりね。こういうの、異世界転生?転移?とか言うんでしたっけ?アハハ、笑っちゃいますよね。俺も、ラノベとか読んどけば良かったなーって」

「イセカイテンセイ?……仰っている事はよくわかりませんが、随分と馴染んでいらっしゃるようですね。安心しました」

「あぁ、おかげさまで。ユピテルがこの世界の事については色々わかりやすく説明してくれたんで、なんとか基本的な事は理解したよ。俺は救世主ってやつで、南や北にいる魔物を倒すのが使命なんだろ?まぁ、俺がさっさと退治するからさ。安心してくれよ」


 一輝は爽やかにそう告げると、イヴァリオの肩を軽く叩き、そのまま去っていった。ユピテルもお辞儀をし、慌てて一輝について行く。

 その後ろ姿を見つめながら、イヴァリオは拳を握り、汚い言葉が自らの口から吐き出されないよう、必死にこらえていた。


 軽々しいあの態度も、嘘くさい笑顔も、全てが気に食わない。 


 他の人間から見れば好青年なのかもしれないが、なぜかイヴァリオにとっては、一輝の全てが苛立ちを助長させるものでしかなかった。たった一度話しただけで、ここまで人をイラつかせる事ができるというのはある意味貴重ですらある。


「イヴァリオ様」

「聞いたか?レヴェッキオ。あの男、さっさと俺が退治してやる、だそうだ」

「……そうですね」

「随分とおめでたい奴だ。魔物がどのように恐ろしいか、その為に僕達がどれほど力を注いできたか、まるでわかっていない」

「……」

「僕はアイツが嫌いだ。理由はわからん。が、嫌いだ」


 イヴァリオはそう吐き捨て、廊下を早足で歩く。

 レヴェッキオは少し困ったような顔をしながら主人の後をついて行った。

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