第36話

「確かに古文書にはそう書いてあったんだ。この原型館には700年前から、不思議な動植物が根付いているとのことだ」

 僕はそれを聞いて雲助の言ったことを忘れてしまいそうになる。

 本当にここから魔法が掛っていて出られないのかな?

 もし出られなかったらどうしよう?住んじゃおうか?


 僕が珍しく考え事をしていると、グッテンが右の淡いピンクのドアを開け放った。中から肉の焼ける匂いがしてきたからだ。

「どうやら。この原型館にも住人がいるな」

 グッテンは奥にある部屋を見つめて言った。

「こんにちは」

 ロッテが部屋へと入るとそこには誰もいなかった。ただ肉の焼ける匂いがするだけ。

そして、僕だけ……なのかな……は早くも食料が手に入ったと勘違いした。

「うまそうだな。……何の肉だ」

 コルジンが肉の匂いを真剣に嗅ぐ。

 その部屋はコルジンの部屋のように狭かった。手前の部屋には大きい流し台があって、キッチンになっている。その奥はベットが一つポツンとある。キッチンには冷蔵庫があった。でも、かなり小型だ。


 ロッテは早速、肉の入った鍋の所に行って匂いを嗅いでいる。グッテンはその部屋の住人を探すために四方のドアを開けたり閉めたり。どうやら、住人は遠くへと出掛けているのだろう。

 僕はここにいる住人から黄金の至宝の在り処を聞きたかった。

「住人はいないみたいね。この鍋のお肉を少し分けてもらいたいのに」

 ロッテは残念がって、鍋の中にキッチンから持ってきた大き目スプーンを入れる。

「勝手に食べるわけにはいかないし、困ったわ」

「それじゃあ。住人を探そうよ。きっと、余り遠くに行っていないはずだし」

 僕は鍋の中の肉がつい最近、火がよく通っただろうと思った。つまり、ちょっとの間に誰かが調理をしたのだ。

「こんな旨そうな肉を逃す手はないな。きっと、少しなら分けてもらえるはずさ」

 コルジンが豪快に笑った。

四方にあるドアからグッテンが強張った顔を出し、

「みんな来てくれ」

 みんなでグッテンの方へと行くと、ドドメ色のドアに男の死体があった。それは下半身を何かの強力な力で引き千切ったような。けれど、あまり出血をしていない死体だった。


 上半身はホクロだらけの顔に、茶色いロングヘアーの男性だ。下半身は遥か遠くに吹っ飛んでいた。

「こりゃひどい……。館の亡霊にしては強い力だ」

 コルジンが青冷めた顔をした。

 このドドメ色のドアの向こうには廊下だけだ。遥か遠くまで伸びていて、壁にはたくさんの顔だけの肖像画がある。

「何にやられたのか解らない死体。一体……?」

 グッテンが震える手で男の死体の下半身をボールペンで突っつく。

「それにその化け物は近くにいるようだ」

 すぐに体勢を整えたグッテンが、オールバックの髪型を手櫛で整える。

「あのキッチンにあるお肉を、みんなで急いで食べるのは駄目かしら?」

 ロッテはコルジンの後ろに隠れる。

 僕はドドメ色のドアをゆっくり閉めて、遥か遠くまで続く廊下を歩きだす。何だか解らないけど先を急ぐしかないかな。

「ヨルダン危ないぞ!」

 雲助が叫んだ。


 壁にある肖像画の人々が僕を一斉に見た。

「僕はヨルダン。この人を殺したのは誰?」

 僕は肖像画に向かってきつく尋ねる。

 肖像画は何も言わずに僕を見ていた。

 背筋に嫌な汗がつたう。

 一番端っこ。ドドメ色のドアのところにある肖像画が、僕を充血した目で見ている。その顔はひどく年寄りだが精悍な顔で、男の顔だった。肖像画と目が合う。

「ヨルダン!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る