第33話 原型館 

「ここからは、三人で行ってらっしゃい」

 ハリーが水玉模様のドアを閉めた。


 その細いドアのこちら側には蜘蛛の巣が幾つもあり、雲助がいっぱいいるのかとその時は思った。

 なんだか誰もこっち側から通ってないみたい。

「このたくさんある蜘蛛の巣は雲助、君の友達かい」

「違う。俺は孤独さ」

「ふーん」

 僕は雲助がいっぱいいて、そして全員がしゃべったり、きゅうりにありついたりを頭の片隅で空想した。

「ヨルダン。見てみたまえ」

 グッテンの声を聞き、僕はその方向へと両目を向けた。


 そこには……天井には豆電球のようなホタルが所狭しと、光りを放っていて。天井は、なんだか世界中の神話の登場人物が描かれてあり、凹んでいたり盛り上がっていたりで、遠くの方には壮大なシャンデリアが飾ってあった。

「ホタルがいる」

 僕は夏の図書館からの帰りに何度も見たホタルを思い出す。

「あの光っている生物が? ホタルっていうのね。どうして光っているのかしら?」

 ロッテが自然なことを言った。

「きっと、どこかから電気を吸っているのでは?」

 グッテンが言った。

 僕は二人が面白くなってそのままにした。


 ドアも両脇に無数にあって、今までの館ではない。

「住んでいる人はいるのかしら」

 ロッテは布袋を片手で持って、手近なドアを開けようとした。

「ロッテ。開けちゃいけない!」

 雲助が叫んだ。

 しかし、ロッテはドアを開けてしまい。中には透明だが何かにぶつかる目に見えないものが現れた。

「きゃあ! 館の亡霊よ!」

 青くなったロッテの悲鳴と同時に僕たちは通路を走りだした。

「逃げなきゃ! 捕まったら大変よ!」

 ロッテが走りながら叫んだ。

「何てこった! ここは幽霊屋敷か! みんな急いで逃げるんだ!」

 グッテンは青ざめて大声を発した。僕たちは必死で走りだす。

 三人は息を切らして、不思議な通路を逃げる。両脇をハイスピードで横切る色々なドアからは、住人がいる気配が感じられない。透明な何かにぶつかるものは、音もなく追いかけてきた。


 所々、そして散々に、通路に落ちているモップやら雑巾を撒き散らした。

「君達! 近くのドアに入ってしまおう! 館の魔法でドアなどは壊れないはずだ!」

 グッテンが薄汚れたジャージの上着のジッパーを開けて、走ったことによる体の熱を外へとだす。

「解ったよ!」

「解ったわ!」

 僕とロッテはそれぞれ、近くのドアを開けて中へと入る。

 グッテンもオレンジ色のドアへと痩せた体を捻じ込んだ。

 辺りが静かになった。僕の入った部屋は黄緑色のドアで、2LDKの広さ、居心地のよさそうな白いテーブルと長椅子が5脚、奥の方にはキッチンとお風呂があった。

 静かになる。


 雲助が僕にトツトツと話しかけてきた。

「坊主。中の中には入るなって言っているだろ。俺が言っているのはここなんだ。この館の奥。ハリーの部屋の奥にあるこの原型館のことなんだ」

 雲助は説明口調で僕の耳に話す。

「え? げんけいかん?」

「そうだ。この原型館は700年前からちっとも変わっていない。何故なら強力な魔法が掛っているんだ。そのせいで俺の知っている限り、遥か昔からこの原型館に行って帰ってくる奴は一人もいないんだ」

 僕はびっくりして雲助を右手に乗せ、顔を近づけた。

「雲助。この原型館に……行って帰ってきた人が一人もいないって、本当なの」

「ああ。ハリーに騙されたんだな。コルジンたちや館の住人も、この館での昔のことを……よく知っている奴はいない。そう学者のグッテンも……。恐らくドアに引き籠ってばかりいるグッテンは、この原型館での遥か昔のことまで知らないのさ」

 僕はびっくり仰天して、しばらく雲助の顔?を見ていた。……どうしよう。グッテンやロッテもいるのに……。

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