第3話

「こんにちは」

「おチビちゃん。お腹は空いてないかい。よかったら食べていきなよ」

 気軽な口調の中年男性は僕に御馳走してくれるみたいだ。僕は今日一日での初めての食事を切望した。


 その部屋は正面から全て見える。いとこのおにいちゃんのいる1Kのようだった。こじんまりとしていて、手前が大きな鍋があるキッチン。奥の部屋は小さいベットが端っこにポツンとある。独り暮らしのようで、ちょっとだけの生活感。ちょっと留守にするだけで生活感が消えそうな場所だ。


 僕は小さいテーブルに座った。蜘蛛は何を食べるのだろう。

「おい、おじさん。俺にはキュウリを」

 肩に乗った蜘蛛がきゅうりを貰おうとする。

「了解。蜘蛛さんには新鮮なきゅうりをやろう。おチビちゃん待っててくれ、今とびきりの飯をくれてやるから」

 中年男性は意気揚揚とキッチンで包丁を振るい。少しの間で大きな鍋にいろいろな食材を入れるようになる。

 辺りにとてもいい匂いがしてきて、僕は改めて空腹感を覚える。

「ほれ出来たぞ。じゃんじゃん召し上がれ」

 ドッカと小さいテーブルにはみ出しそうな皿が二つ、大きなハムサンドバーガーだった。中の野菜はシチューのように味付けされた鍋の中で出来上がったようだ。分厚いハムは適度に火を通してあり、熱々の肉の旨味を醸し出していた。

「ありがとう」

 僕はとてもおいしいハムサンドバーガーを御馳走になった。

 肩に乗っていた蜘蛛はテーブルに落っこちてきて新鮮なキュウリにありついた。


 中年男性とゆっくりとした食事を終えると、僕と蜘蛛のお腹がいっぱいになり、眠くなってきた。

「おチビちゃん。今日は泊まってきな」

 小さいテーブルに向かいあった中年男性がシチューは美味いかとも言ったが、僕は眠気に打ち勝つことが出来ない頭でただ肯いて、

「ありがとう」

 端っこのベットに寝かせてもらった。中年男性は床にタオルケットを敷いて寝転んだ。時間は今何時だろう。次第に眠気が僕の瞼を重くしていった……。

「坊主。明日はどの部屋で寝るんか」

 肩の蜘蛛が薄い掛け布団の上に乗った。

「どこかにはこの部屋のようなところがあるさ」

 僕はあまり気にせずに楽観視して眠りに着いた。


 翌朝は天気が解らないので、取り合えず気分的に快晴。

「よお、おチビちゃん。おはよう。今、朝食を作るよ」

 中年男性があっという間に起き出した。

僕は今までになかった爽快な気分で起き出す。ここにはあの意地悪な両親がいない。僕とドアの住人と蜘蛛だけだ。そうだ、蜘蛛に名前を付けよう。

「ねえ、蜘蛛。君は名前を持っているかい?」

 ベットの上にいた蜘蛛は僕の肩までやってきて、

「それなら無いぞ。坊主」

「じゃあ。僕が付けてあげよう。蜘蛛……。雲助?雲助にしよう」

 僕はうんと伸びをしてから、


「この館には雲や空が無いから、時々見たくなる空から名前を持ってきたんだ」

「雲助か……。まあいいだろう」

 そんなことをしていると、

「出来たぞおチビちゃん」

 今日はカレー。

 せせこましいキッチンには中年男性と僕だけでスペースがいっぱいになった。カレーの匂いが充満し、それだけでも食欲が満たされそうだ。

「おチビちゃん。何日か泊まるのかい。泊まっていきなよ」

 やさしい中年男性の声に、

「いや、御免。もう出掛けないと……この館の探険をしたいし。あまり遅いとおじいちゃんになってしまうかも」

「どうしても行くのかい」

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