第2話
中はきっちりと掃除が行き届き、重厚な造りは見た事もない。まるで東の王様や貴族の部屋にも負けないくらいだ。僕は大きな天蓋付きのベットを通り過ぎ、世界中の宝石がありそうな化粧ダンスに向かう。その宝石の輝きはどんなだろう。僕は財布から一番輝く500円玉を取り出して、見比べてみようとした。
けれども、500円玉は僕の手からするりと下に落ち、コロコロと、冬を覗かせる窓際への質素なドアへと当たる。
「こんなところに何でドアがあるの?」
僕は不思議がり、冬の外と繋がるドアを開けようとした。
「坊主……中の中には入るなと……」
ドアは開いた。
そのドアは本来ならば、冬空を覗けるはずの外ではなく、向こう側には僕の家のおよそ百個分はある広大な館の延長があった……。
「その館はな。とても不思議なところなのさ。世界中の不思議な部屋やドアがたくさんあると言われているんだ。……中の中には入っちゃなんね!」
僕は好奇心は人一倍無い方だと、両親からよく言われていたけど、この時はその好奇心がこの不思議な館を隅々まで探検し、調べ尽し、あまつさえ住んじゃおうということさえ考えさせた。
そう思うと、もう止まらない。
僕はその冬の外と繋がるはずの灰色のドアへと入った。
すると、後ろを振り向く間もなくドアが消える。入ったその直後に……。
僕はそれでも気にしなかった。ドアが突然消えるものではないとは解かっていても。
広大な館の延長線は、見るからに常識離れしている。まるで、夢の世界だ。僕はまだ布団の中で、ぐっすりと眠りこけているのだろうかとさえ思わせる。……広すぎる。見渡す限り部屋、部屋、部屋だった。いったいいくつあるのか数えることができないほど、不思議なドアがいっぱいある。
赤や緑、黄色とオレンジなど中にはどんな色なのか表現しにくいドアもある。それにおじいちゃんの館より大きく、途方もない。およそ100階はあるんじゃないかな。吹き抜けのある階段が天までとどいている。見上げると首がどうしても垂直になってしまう。
僕はこの館の主になって、一生暮らせられるのかと、ふと思った。
さあ探検の始まりだ。
僕は一番近いところのドアを開けた。
それは、緑色のドアだった。ドアの向こうには正面へと通路が続いていて、何の変哲もなかった。僕はがっかりして歩いていると、壁に立て掛けてある何枚もの絵がひとりでに動きだし、そして、一斉に床に落ちた。パリンと乾いた音がしたと思ったら、絵の中身の絵の具が染み出てきて僕の靴を汚した。
「どうなっているの?」
「中の中には入っちゃなんね!」
蜘蛛が口走る。
絵の具の量は留まることを知らず床一面をカラフルに彩りだし、絵の具特有のシンナーの匂いが通路に充満しだした。
それから、絵の具は跳ね上がり散々に壁にぶち当たり、最後には人の形になっていく。
「ヨルダン逃げた方がいいぞ! この館には危険がいっぱいだ!」
蜘蛛の一言で僕は通路をまっすぐと全速力で走り出した。
あっという間に息が切れる。しかし、絵の具の人の形は僕を物凄い速さで無茶苦茶な色をして追ってくる。
「おい蜘蛛! あの絵の具はどこまで追ってくるの!」
後ろを見ながら蜘蛛に早口で叫んだ。
「知らん! 中の中には入っちゃなんね!」
「どうなっているんだよ?! 蜘蛛!」
僕は堪らなくなって走りながら叫ぶ。
絵の具の匂いがプーンと強くなった。
通路はいくら走っても通路のままだ。絵の具は疲れないようで僕を追ってきている。
「あ、そこ! 穴がある!」
蜘蛛が叫ぶ。
走りながら見てみると、少し先に小さい穴が壁に出来ていた。
僕はその壁の穴に頭から突っ込んだ。
死にもの狂いで穴をモグラの様に這っていく。這いつくばる姿は誰でも笑える姿だった。
……この僕が死を怖がっているかって……冗談じゃない。
絵の具はこの中まで入れないようだった。
しばらく、壁に出来た穴を這っていくと出口が現れた。真っ暗な穴から光が差し込んでいる。僕はそこまで這っていくと、また別の通路へと出た。
その通路はドアがいくつかあり、また、安全だった。
「おい、蜘蛛。お腹が空いてきたよ」
僕は朝から何も食べていなかった。おじいちゃんの死を知らされてから、今まで走りっぱなしだった。
「そのドアを開けてみな」
蜘蛛の言う通りに赤いドアを軽くノックして開けると、
「いらっしゃい。おチビちャん」
中には、包丁片手に黄色のエプロン姿の筋肉隆々の中年男性がいた。髪は少し茶色を覗かせている。白い色のズボンとシャツを着ている。精悍な顔つきはボクシングでもしているのだろう。
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