第14話 ツインレイの定義

「美羽! どうしたんだ? ほら、俺ならもう退院の手続きが終わって……」

 裕星の言葉が終わらないうちに、美羽は裕星の胸に飛び込んでいった。



「裕くん! 大丈夫? どこもなんともない?」


 涙声で叫ぶ美羽をゆっくりと離して、裕星が不思議そうな顔で言った。

「何がだよ。ほら、もう手術の傷も顔色も何でもないだろ?」



「ううん、さっき裕くんを刺した犯人が来なかった?」


「ああ、そいつらなら、今さっき警察が捕まえていったよ」



「ああ~よかったあ! 間に合ったのね?」

 美羽は裕星の腕の中でヘナヘナと膝から崩れそうになり、裕星に脇を支えられた。


「何が間に合ったって? ……もしかして、あいつらのことを通報したのは美羽だったのか?」


 うん、と美羽が頷いた。

「タクシーで駆けつけたんだけど、裕くんに電話がつながらなくて、このままじゃ裕くんが危ないと思って先に110番しておいたのよ。

 間に合ってよかった! 裕くんが無事で本当に良かった」


「すごいな、お前は、どうしてあいつらのことが分かったんだ?」



 えへへと美羽は鼻の下をこすって、「張ってたの。あの事務所の前で」としたり顔で答えた。


「張ってた? 美羽、刑事じゃないんだから、危ないことはするなと言ってるだろ?」



「でも……たまたまよ。まさかあの人たちもあの事務所の人たちだったなんて知らなかったんだから。でも、見つかっちゃって、追いかけられて……」



「見つかって追いかけられた? それで逃げ切れたのか」



「うん。でも、あ、そうよ。栗栖さんが助けてくれて……」


「栗栖? あいつがいたのか?」


「実は……」


 美羽が言いかけた途端、背後から栗栖が先に声を掛けた。


「やあ、海原さん、退院おめでとうございます。回復されて本当によかったです。ご気分はいかがですか?」



「ご気分は、よくないね。お前、あの事務所の組員だろ? どうして美羽に近づいたり、あいつらを使ってこんな卑怯な真似をしたんだ」

 裕星は栗栖の顔を睨んだ。




「僕は何もしていませんよ。それに、今の僕は組員ではありません。神に仕える身ですから」

 栗栖が落ち着いた笑顔で答えている。



「お前、ふざけるな。美羽がどれだけ危険な目に遭ったと思ってるんだ。お前が捕まるのもそう遠くないんじゃないのか?」

 裕星は美羽を背中に回し、栗栖を警戒している。



「裕くん、違うの。栗栖さんは私をあの人たちからかくまってくれたのよ」

 裕星の背中から美羽が声を掛けた。


「――だとしても、この状況をどう説明するんだ?」


「今はすみませんとしか言えませんが、信じてください。僕はあなた方を幸せにするために来たのですから」



「幸せ? 益々ふざけた野郎だな。それなら、どうして美羽を遊園地で危険な目に遭わせたんだ」



「――でも、あなたが美羽さんを助けたではありませんか」



「それは、たまたまあそこに俺がいたからだろ? もし俺がいなかったら、美羽はどうなっていたか……」



「その、たまたまは偶然ではないのです。偶然というものはこの世にありません。あなたと美羽さんだから起きたことです。二人はツインレイだから」


 病院の待合室の一角で、三人は立ったまま話し続けている。



「ツインレイ?」美羽が栗栖に訊いた。


「ツインレイ、魂の片割れと言い換えられます」栗栖が微笑んだ。



「――あ、それ、シスター伊藤から聞いたわ」

 美羽はパッと顔を明るくした。



「シスターもご存じでしたか。スピリチュアルとして片付けるのは理不尽なことです。あなた方は感じていませんでしたか? お互いに偶然の一致が多いことに」



「こんな時になんの話だ」

 裕星が片目を細めて訊いた。



 栗栖は『ツインレイ』について、滔々とうとうと話し始めた。


「つまり、初めて会ったときも懐かしい気がする。会えないときも、会いたいことを願うのではなく、互いの幸せを思い合っていることが感じられる。

 最初からツインレイの二人は両思いから始まるのですから。


 それに、身を焦がすような恋というものはツインレイではないのです。奪うほど愛するというのも違います。

 自然と二人が繋がり、結ばれる運命にあって、二人とも自分に相手の気持ちを向ける必要がないからです。


 それと、男性の方がツインレイの女性に出会ったとたん、女性に対して消極的になったり逃げたりすることがありますが、それは、自分が彼女と同時に惹かれ合っていることに気付き、片想いを経験してきた男性の場合この自然な両思いが怖くなるからです。


 また、偶然とさっき言いましたが、偶然は何度も起きます。何度も同じ場所で出会い、そして、別れてもまた同じことを始めたり、普段行かない場所で出会う。


 まるでツイン、そう双子のような行動を自然に起こすのです。

 二人の運命にシンクロニシティ(意味のある偶然の一致)が起こるからです。


 家族との関係や同じものへの興味、同じ趣味や嗜好などもね。同じ境遇にあったり、片方の痛みを自分の痛みに感じたりします。


 それから、波長が合うだけでなく醸し出す雰囲気が似ている。ただし、性格は真逆になることが多いです。社交的な彼女に対して、引きこもりがちか彼という風にね。


 ただし、ツインレイには試練が付き物なのです。

 ツインレイが出会うというのは、この世に生まれてくる時のカリキュラムを終えてきた事で出会えるとも言われています。


 つまり、ツインレイというパートナーと、今度は乗り越えるべき試練を乗り越えなくてはいけない時期がきたということです。これまでも色々な難題を乗り越えてきたと思いますよ。


 しかし、今度は二人になり、これまでとは比べ物にはないないほどの試練の連続になるでしょう。しかし、ここを乗り越えなくてはいけないミッションでもあるのです。


 まあ、大体こんなことがツインレイの特徴です。あなたたちは、何度も起きる試練を乗り越えてきたのではないですか?」と二人を交互に見て微笑んだ。







「――栗栖さん。それ当たってます! ね、裕くん?」

 美羽が裕星に合意を求めるように見つめた。



「――ん? ああ、まあ、そうかもしれないな。だけど、それがどうしたんだよ。俺たちの相性がいいというのは、お前に何の関係もないだろ?」

 裕星はまだ栗栖に不信感を持って睨んでいる。




「ええ、関係はありません。しかし、これに気付かせるのが僕の仕事ですから」

 栗栖はまるで本物の神父のような言い方をしている。




 しかし、裕星はすっと立ち上がると、美羽の手を引いてエントランスへと向かったのだった。

「行こう、美羽。これ以上、こいつの妄想を聞いてる暇はない」



「でも、待って、裕くん。栗栖さんはやはり何か理由があってあの事務所にいるんじゃないかしら? そんなに悪い人には思えないのよ」



 すると裕星は急に足を止めたかと思うと、振り向いて繋いでいた美羽の手を離した。

「俺よりもあいつのことを信じるのか?」



「そういうことではないけど……ただ、もう少し話してみた方がいいと思うの」



「俺にはその必要はない。俺がこの目で見たことが真実だと思ってるからね。さあ美羽、一緒に帰ろう」

 裕星が美羽の手を引いたが、美羽は裕星の手をするりと離してしまった。



「裕くん、それなら私も自分の目で確かめたいわ。栗栖さんが本当に悪い人なのかどうか」


 裕星は、頑なにタクシーに乗ろうとしない美羽にため息をつくと、ガッカリしたような表情で一人エントランスを出て行ってしまった。

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