第13話 凶暴な野良犬の逮捕劇
「俺が? 俺は前からパン類は嫌いだって言ってんのに。そんなとこにも行ってねえっすよ」
「そうか、じゃあ、見間違いだったのか。俺は兄貴とあそこでカツアゲやってたから、お前も来てたのかと思ったよ」
「いや、俺はずっと家にいたよ。ここ最近はなんか知らないけど、気づくと寝てて、起きても毎日ぐったり疲れてるから病気なのかなと思って……」
「――まあいい。ところで、
昨日、ニュースになってたぞ。被害者の名前は伏せてあったようだけどな。20代半ばの男だってよ。そいつにお前の面が割れてるんじゃないのか? 警察に行かれたらどうすんだよ?」
兄貴分らしき男が怒鳴るような声で言っている。
「――まあ、大丈夫っしょ。あそこは昔からずっと防犯カメラもないとこだったし、俺を訴えるにも捜せないと思いますよ。それにあの致命傷じゃ、今はまだ病院の中か死んじまったころだろ」
「死んじゃいねえよ。ニュースでやってた。重傷だったみたいだけどな」
「どこの病院すか? そいつが目を覚ます前に、もう一回くぎ刺しといた方がいいかもな」
ナイフ男が
ガタン! テーブルにぶつかって立ち上がった美羽を、男たちは一斉に振り向いて注目している。
美羽は、急いで顔を隠すように下を向いたが、それがさらに怪しかった。
「あっ! あの女、あん時の女だ!」ナイフ男に顔を見られてしまった。
美羽は急いで外へと駆けだした。コーヒー代を払う間もなく、今捕まってしまったら自分だけでなく裕星が危険な目に遭うと思い、まっすぐドアに向かって走った。
慌てて逃げだした美羽を、男たちは呆然と見ていたが、「なにやってんだ。追いかけろ!」ナイフ男が他の連中に向かって叫んだ。
慌てた男たちが、取るものも取らず急いで美羽を追いかけてくる。
4、5人の男たちが美羽の後を追って喫茶店から噴き出すように外に出た。
美羽はどこをどう走ったらいいか分からず、ただ走りに走ったが、それでも背後からずんずん迫ってくる男たちを振り返って確認すると、急いで近くの細い路地に入り込んだ。
――どこに逃げても、このままじゃいつか捕まってしまう。どうすればいいの?
男たちは路地裏などものともせず、まるで狼が獲物を追うような目でものすごいスピードで追いかけてきた。
――捕まったら、きっと殺されてしまうかも。ううん、それだけじゃなく、その後、裕くんにも危険が及んでしまう。
「あそこだ! あそこにいるぞ!」
もうダメだ。そう思った時だった。
「美羽さん、こっちだ!」
声が聞こえた方に美羽は咄嗟に向かった。すると、いきなりグイと腕を掴まれ、大きなゴミ箱の陰に身を縮めさせられた。
「おい、女! どこにいった! あれ? いねえ。どこに隠れてるんだ!」
男たちは美羽の目の前を通り過ぎ、その声はどんどん遠ざかっていった。
美羽はホッと息を吐くと、一緒に隠れている男の方を振り向いた。
「はぁ、助かりました。ありがとうございまし……」
――栗栖だった。
いや、本当の名前は田中陽介、さっきのチンピラの一員なのだ。
「栗栖さん、あなたは一体何者なんですかっ!」
「ごめんね、大丈夫?
「ダメよ! だって、あなたはさっきの人たちの仲間じゃないですか! そんな人を裕くんのところに連れて行くわけにはいかないわ!」
「大丈夫だよ。今の僕は、君の知ってる栗栖なんだから」と笑っている。
美羽はどう信じていいのか分からなかった。栗栖の目をじっと見ると、あの時の優しい瞳のままだったが、さっき喫茶店にいた栗栖の話し方とは全く違っていることに違和感を覚えた。
「でも、どうやってあなたを信じていいか……」
「信じるも信じないも君の選択だからね。でも、僕は今は神に仕える身です」
栗栖は呆然としている美羽に構わず大通りでタクシーを捕まえると、美羽と一緒に裕星の病院に向かったのだった。
そのころ、裕星は受付で自ら退院の手続きをしていた。体は大怪我など何もなかったかのように元に戻り、それどころか走って帰れるほどの元気すら
美羽はタクシーの中から裕星に電話をして事態を知らせようとしたが、裕星の電話は電源が入っていなかった。
裕星が受付けを済ませ帰ろうとした途端、ドカドカとガラの悪い連中が入ってきて、受付カウンターの向こう端に詰め寄り何やら大声で訊いている。
裕星が訝しげにその様子を窺っていると、若い男たちは受付の女性にわざとらしい演技をしているのが見えた。
「そうそう、俺、いや、僕たちの会社の同僚なんですよ。おととい遊園地で刺されて大けがをして入院したって聞いて慌ててお見舞いに来たんですが、部屋を教えてもらえますかね?」
「――あのぉ、その方のお名前は?」
「それが、同じ会社なんですが、名前、ちょっと忘れちゃって……とにかく、おととい遊園地からここに運ばれてきたってだけ連絡もらったんですよー! ねえ、どこの部屋か教えてくださいよ! 心配なんです」
裕星は、それが自分のことだとすぐに気が付いた。横目でチラリと確認すると、若い男3人の中には、おととい自分を刺したナイフ男と空手男がいる。
裕星は見つからないように急いで待合室の一番遠い椅子に座って様子を見ていると、3人はまだ受付の女性に
すると、その中の男が、再三聞き出そうと粘っても一向に部屋を教えてくれない受付に向かって、とうとう
「おい、教えないとあんたの方がこの病院に入院することになるぞ」
女性は真っ青になってカウンターから離れて後ずさりしている。するとそこに、タイミングよく制服の警官が数名現れたかと思うと、受付で凄んでいた男4名を後ろから取り囲んだ。
「お前ら、ちょっと署まで来てもらおうか。さっき通報があった。遊園地で起きた
四人組は大勢の警官に囲まれていたが、どこかに逃げる隙間がないかとキョロキョロ目だけを動かしていたかと思うと、いきなり警官の間から逃げようと突進して行った。
ところが、そこは日頃から厳しい訓練を受けている警官たちだ。男たちをまるで野良犬を捕獲するかのように、暴れ回る四人を次々と捕まえていったのだった。
四人のうち、ナイフ男と空手男の顔は遊園地の防犯カメラですでに確認済みだ。
遊園地側も、度重なる恐喝犯罪に頭を悩ませ、今年からは防犯カメラを各箇所に漏れなく設置していた。それを知らなかったのは、ナイフ男たちだけだった。そのカメラのお陰で面が割れてお縄になるのは時間の問題だったが、今回は誰かの通報のお陰であっさりと逮捕されることとなったようだ。
「ふう、あいつら、ずいぶんとタイミングよく捕まったもんだな。よくここに来ることが分かったな。日本の警察は相当優秀なんだな」
裕星がよっこらしょと立ち上がりながら呟いていると、そこにエントランスからこちらに向かって慌てて走ってくる者がいた。
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