第12話 天使な神父は悪魔なヤクザ

「―—そ、そんな……。あ、あの、失礼なことを伺ってもよろしいですか? もしかして、ここにはもう一人栗栖さんという神父さんがいらっしゃるんでしょうか?」



「いいえ。栗栖という名前は私だけですよ」と笑っている。




「そ、そうですか。すみません、失礼なことを言ってしまいました」

 美羽は慌てて頭を下げたが、美羽は訳が分からなかった。目の前にいる来栖と名乗る神父は、確かに異国情緒溢れる顔立ちの青年だが、美羽の知っている来栖とは似ても似つかない別人だ。とにかくこの不可解な現状を何とかして確かめようとした。



「あの、実は、私はこの近くの教会の隣にある孤児院で働いています天音美羽と申します。

 父も私もこちらの豊田神父さまにお世話になっておりますので、息子さんの来栖さんにもご挨拶にと」

 美羽が咄嗟にごまかしたが、神父は首をかしげて不思議そうにしている。



「わざわざわたくしに? それはそれは、ありがとうございます。わたくしの方こそご挨拶が遅れて申し訳ありません」



「では、本当にこちらにいらっしゃる来栖さんという方は貴方だけなのですね? それと、子供の頃うちの孤児院にいらっしゃったことはないのですか?」



「孤児院に? いいえ。わたくしは子供の頃日本に住んでいた時にアメリカ人の両親を事故で亡くし、その後、豊田の父母に引き取られてずっと一緒に暮らしておりました。


 ただ、高校を卒業してすぐアメリカに神父見習いとして留学しており、先日こちらに帰ったばかりですので、まだ近所のことすら分からなくて……。


 むしろ、これからお世話になるかもしれませんので、こちらの方から貴女のお父様のところにご挨拶に伺おうと思っていました」




 美羽は狐につままれたような気持ちだった。――やはりあの栗栖は嘘をついていたのだ。美羽には確かめておきたいことがあった。



 美羽は教会を出るとすぐ園長に電話を入れた。

「園長先生? 美羽です。あの……突然で本当にすみませんが、今日はお休みさせていただけますか? 

 ――いいえ、はい、大丈夫です。裕星さんは元気になりました。もしかすると今日の午後にでも退院できるかもしれませんので。

 そうですか? ありがとうございます! それではお言葉に甘えてお休みさせていただきます。失礼いたします」



 ――よかったわ。これで今日一日自由に動けるわ。


 次に美羽が電話をしたのは、光太のケータイだった。


「光太さん? 美羽です。昨日はありがとうございました。裕星さんは大分よくなって、昨日は明日にでも退院できるかもしれないと言っていたくらいです。まだ病院から連絡がありませんが、早くて午後には退院できるかもしれませんね。──はい、ありがとうございました。


 それと、昨日のお話の事で栗栖さんのことが気になったのですが、栗栖さんが出入りしていた事務所というのはどこにあるのでしょうか?


 ――いいえ、大丈夫です。そんなことはしません。ただ、ちょっと様子を見てみたくて……。はい、もちろん、遠くから見るだけにします。はい、分かりました。ありがとうございます」


 そう言って電話を切った後、美羽は早速、光太に教えてもらった住所を頼りに、裕星が栗栖を見かけたという事務所に向かったのだった。





 事務所はここから電車で二つ目の駅前にあった。立地もいいところに大きなビルが建っており、ビルの正面の看板には『黒銅興業こくどうこうぎょう』と普通の会社のような名称が掛けられている。



「あそこが、裕くんが栗栖さんを見たという? すごく立派なビルなのに、そんな人たちの隠れみのになってるなんて……」




 美羽がしばらく見ている間にも、時折何人かの黒ずくめの男たちが出入りしていた。

 大きなが黒光りしている外車が停まったり、中からサングラスのいかつい体つきの男たちが出ていったりと、まさしく「如何いかがわしい」と光太が言った意味が分かる気がした。



 美羽は近くの喫茶店に入り、ビルの入り口が良く見える窓際の席についてコーヒーを注文した。


 ――ここからなら、向こうの様子を見てても危なくないわよね。


 コーヒーをすすりながら、じっとビルの入り口を見ていると、突然、カランカランと喫茶店のドアベルが鳴って、数人の男たちが入ってきた。



「オヤジ、いつもの! あ、こいつらにも同じヤツ」

 一人の男がひと際大きな声で注文すると、ドサッと美羽の斜め後ろのテーブル席に腰を下ろした。


 すると、他の男たちも、後からそのテーブル席に次々ドサリドサリと乱暴に腰を下ろしていく。



「しっかしなぁ、最近はなかなか金が集まんねえな! クソッ、こんなご時世じゃ、俺たちも商売上がったりだよ。なあ、オヤジ! どうだ、最近はもうかってんのか?」

 男がまた大声で叫んだ。他に客がいることなどお構いなしだ。



「はあ、全然ですよ。お客がなかなか来ませんねえ。町はずれにできた大きなショッピングセンターのフードコートのせいで、そっちに客を取られて」

 オヤジと呼ばれた喫茶店の痩せて年老いたマスターがへこへこ頭を下げながら言った。




「ショッピングセンターねえ。あそこには俺らの事務所も入れないからなあ。審査がかなり厳しいらしい。だけど、オヤジみたいに所場代しょばだい払ってくれるとこが少なくなると俺たちも厳しいなぁ」


 男がソファーにふんぞり返って話している。





「――な、何の話? もしかして、後ろの人たちはあそこのビルの……? どうしよう、怖いわ。じっとして目立たないようにしてなくちゃ……」




 すると、別の若手の男が話し始めた。

「俺たちなんて、おととい山ン中のちっせー遊園地で遊んでたんすよ。あそこ、客が少ないから、カップルから金を巻き上げるのに最適なとこなんすけどね。

 兄貴がカワイ子ちゃん見つけていい気になってたら、その子の彼氏にやっつけられちゃってさ。情けない目に遭ったっすよ。


 ああ、でもこの俺がナイフでそいつの背中を突き刺してやりました。そいつ、あの後もしかすると死んじまったかもしれないすけどね」

 へへへと不敵に笑っている。





 美羽はその話を聴いているうちにみるみる真っ青になっていった。

 ――な、なんですって? おととい遊園地でナイフって……裕くんを襲った犯人なの?



 美羽は背後の男の話している情景が分かった途端、頭から血の気が失せてしまったようにクラクラした。


 ――あの時の張本人が、今、斜め後ろに座っているんだ。どうしよう、あの時、私の顔も見られたわよね? 今見つかったら大変なことになるわ。




 するとそこにもう一人、入り口のドアをバタンと開けて慌てたように入ってきた。

「遅れてすいません! 寝坊しました。あー、オヤジ、俺もアイスコーヒー!」


 美羽はその声に聞き覚えがあった。 



「なんだ、陽介、お前、生きてたのか? 俺はてっきり嗟嘆さたん組のやつに殺されたと思ったぜ。今まで何してたんだ」



「何って、別に。死んだように寝てました。ここ最近は気付いたら昼まで寝てて自分で驚きましたよ」



「ふん。いけしゃあしゃあと、仕事もしねえでよお。俺たちは金集めに忙しかったのになあ。

 オメエ、ハーフでモテるからって女にみつがれていい気になってんじゃねえぞ!」




 斜め後ろから聞こえてくる話し声は、なんとも恐ろしい話題で盛り上がっている。


「全然モテないっすよ! 俺、昔からこの顔のせいで、ガイジン、ガイジンてイジメられてきたから、ハーフなことにいい思い出なんてないっす」


 後から遅れて入って来た声の主は、美羽の記憶にも新しい、明け方まで聞いていた声――あの栗栖に間違いなかった。




 美羽は、一秒でも早くこの場を去りたかったが、もし今立ち上がったりしたら、確実に顔を見られてしまう。

 恐ろしさのあまりソファーの中に体を縮めていたが、それが却って奴等からは死角になって見えなかったようだ。



「ところで、陽介。お前のことを昨日の遊園地で見かけた気がするんだけどよ、まさか、お前じゃないよな?」

 美羽を襲ったナイフ男の声が聞こえてきた。


「はあ、俺をどこでだよ」


「山ん中の遊園地だよ!」


「遊園地で? ガキじゃあるまいし、なんで俺が遊園地に行かなきゃなんねえんだよ」



「ふーん、そうかあ? もしかして、女とデートでもしてたかと思ってさ。遠目だったけど、お前、ホットドッグ屋の前に並んでいなかったか? 随分似てるやつがいるなあと思って見てたけどな」

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