第11話 本物の来栖さん
「いいえ、僕は神に仕える身です。嘘ではありません」
「ほお、まあいい。それで? どんな秘密を守れと?」
「君に怪我をさせたのは僕の責任です。ですから僕は奇蹟を起こしました。君は明日にでも退院出来るはずです。ただ、美羽さんには、僕を孤児院の幼なじみだということにして頂きたいのです」
「幼なじみ? 図々しいにもほどがあるだろ。お前は美羽の何者でもない」
「ええ。でも美羽さんは僕のことを幼なじみだと認識しています。それを崩さないで欲しいのです」
「──ああ、そういうことか! 美羽があの頃のことを全く覚えてないのをいいことに、 美羽の思い出をねじ曲げて吹き込んでるのか?」
「はい。すみません。でも、必ず美羽さんは分かる時が来ます。それまではまだ秘密を守って欲しいのです」
その時、美羽が花を入れた花瓶を持って部屋に入ってきた。
「綺麗なお花をありがとうございます。あの、ところで何をお話してたんですか?」
美羽は今朝、光太から聞いたことが頭の隅にあったが、優しい笑顔の栗栖を見て、まだ信じることができずにいたのだった。
「いえ、もう済みましたから。昨日のことを謝りにきただけです」と頭を下げ、出ていこうとしている。
「あ、待って、栗栖さん!」
廊下に出た栗栖を追って美羽も部屋を出た。
「栗栖さんは、昔、孤児院にいたとき、私と仲良くしてくださっていたと園長先生にお聞きしました。もしかして、あの遊園地でも私と一緒にいて、それで、私を助けてくれたんですよね?」
「ええ、その通りです。助けたなんて大袈裟ですけど、君を守るために当たり前のことをしただけですよ」
「――私の親友のことは覚えていらっしゃいますか?
「紗枝さん? ええ、よく覚えていますよ。君と仲良しで、とてもお転婆でしたよね?」フッと笑った。
「はい。今でもそうです」
うふふと美羽も笑うと、「その紗枝なんですけど、昔から寂しがりやでいつも私の傍にいたんですよ。いつも私の手を離さないというか、ベッタリ私にくっついていて、本当は怖がりだったんです。
ただ、あの遊園地ではどうして紗枝は私と一緒じゃなかったのかなと思って不思議なんですよ。その代わりに私はあなたとずっといたんですよね?」
美羽はじっと栗栖の顔を見ながら訊いた。
栗栖は目を閉じて思い出すようにしていたが、「ああ、あの時はきっとこうでした。紗枝さんが君の傍にいなかったのは、他のお友達と別行動していたからではないかな?
だってあの時僕が先に君を独占しちゃったので、仕方なく別のお友達と遊んでいたというのが真実でしょう」と自信ありげに答えたのだった。
「――そうですか。よく分かりました。ごめんなさい、だいぶ昔のことを訊いてしまって。でも、あなたに助けていただいたから、今の私は元気に生きていられるんです。本当に感謝しています」
美羽は笑顔で頭を下げたのだった。
美羽は栗栖の後ろ姿が廊下の曲がり角に消えるまでずっと見送っていた。そしてまた病室に戻ると、裕星がさっそく美羽を呼んだ。
「美羽、いい加減にしろよ。あいつとはもう関わり合うな。あいつは危険だ」
「―—裕くん、本当にごめんなさい。私、裕くんのことを誤解してたわ。この間のバザーの時、栗栖さんに怒っていた訳を光太さんに聞いたよ。
でも、全然信じられなくて……。だけど、今ハッキリ分かったわ。栗栖さんが嘘をついていることが」
「嘘をついていた?」
「うん。さっき廊下で少し話をしていたの、あの頃のこと」
「あの頃?」
「私が孤児院にいた5歳くらいの頃、遠足であの遊園地に行ったのよ。当時は、親友の紗枝とずっと手を繋いでいたわ。
紗枝は他の子とは馴染めなくて、どんな時も私と手を繋いでいる寂しがりやだったからなの。今では考えられないけどね」ふふと笑った。
「でも、あの頃、栗栖さんも同じ孤児院にいたそうで、一緒にあの遊園地に行ったと言ったのよ。
そのことは私自身よく覚えていなかったけど、私と仲が良くていつも私の傍にいたと、さっきご本人が言っていたわ。
でも、可笑しいの。私はいつも紗枝と一緒だったし、昨日、紗枝はずっと私の手を離さなかったと言っていたわ。ただ、私が観覧車に行こうとしたときに、つい手を放してしまって後悔してるって。
それなのに、栗栖さんは、紗枝は他の子と別行動していたと言ったのよ。紗枝の言葉と矛盾するし、あの頃の紗枝の性格からしてあり得ないことよ。
栗栖さんは紗枝の思い出を自分のことのように話しているみたいに思うの。
――だから、あの時ももしかすると……」
「あの時って?」
「野良犬に襲われた私を助けてくれた男の子がいたって言ったでしょ? ――でも、今思うとそれは孤児院の子ではなかった気がするの。
思い出したのよ、遠足の時は孤児院の子達は必ず腕にバッジを付けることになっていたの。天使の家と書かれた天使のイラストの書かれた丸いバッチ。その子にはなかったわ。
それなのに、孤児院にいたはずの栗栖さんが、私を助けたのは自分だと言ってて……」
美羽は肩を落としてため息をつきながら話した。
「――そうか。やはり昔のことで美羽が覚えていないのをいいことに、他人の思い出を乗っ取っていたんだな」
裕星は体を起こしながら言った。
「裕くん? 大丈夫? 手術した傷は痛くないの?」
「傷? いやちっとも。それよりももう普通に歩ける気さえするよ」
体をずらしてベッドから降りようとするので、美羽は裕星の体をベッドに押し戻した。
「ダメよ! 手術した昨日の今日じゃない! 無理したら傷口が開くわよ!」
「――でも、さっきの美羽の話、どっかで聴いたことがある気がするな」
「そう? あの時もニュースになってたかも。でも、あの時の男の子はそれ以来姿を現さなくて。未だにお礼も言えていないわ」
裕星は、少し考えているようだったが、ふーん、と鼻を鳴らしてごろりと横を向いた。
「――ちょっと疲れたな。少し休むよ。美羽はもう帰った方がいい。俺のせいで眠れてないだろ? 俺ならもう心配いらないから、ゆっくり休んで欲しい」
「――裕くん、もう大丈夫ね? それじゃ、私も帰って少し休むわね」
そっと病室のカーテンを閉めて部屋を出たのだった。
翌朝、自宅マンションから教会に向かった美羽は、通勤途中にある栗栖の教会に立ち寄ろうとしていた。
「豊田神父の教会ね。豊田神父がまさか栗栖さんを養子にしていたなんて……」
美羽が一人大きな扉の前で中を窺おうとしていた時、「何かご用ですか?」遠くから声が聞こえて振り返った。
宿舎からやってくる一人の男性が見えた。男性はカソック(*神父が着る黒い平服のこと)を着ている。
「こちらの神父さん、ですか?」
美羽は初めて会った若い男性に訊ねた。
男性は少し髪が明るく、その容姿から外国人のようにも見えた。
「はい。私は神父の豊田と申します」
美羽はその名前を聞いて驚いてしまった。
「え? もしかして……豊田神父さまの息子さん、なんですか?」
「―—はい。私はアメリカから先月帰国したばかりです。私の養父はこちらで神父をしております豊田です。僕は、豊田神父に養子に迎えて頂いた
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