第8話 本物の救世主
するとその時だった。
「やめろ! その手を離せ!」
叫びながら向こうから全速力で向かってくる男がいた。
男は、革ジャンの下の黒のフードを頭からすっぽり被り、サングラスとマスクで正体を見せないようにしている。
「栗栖さん! 助けて!」
美羽はフードの男の姿を見て叫んだ。神父であることが周りにバレないように、フードを深く被り濃いサングラスをしたのだろう。
フードの男は、二人組に近づくなり、「おい、お前ら! 一歩でもその子に近づいたら許さないからな! それとも、警察に捕まりたいのか?」と叫んだ。
「おお、やっと彼氏くん登場っすか? 遅かったな。いいよ、掛かって来いよ、俺たちこう見えても強いぜ。俺は空手で全国大会に出たこともあるんだからな。それにここは昔から防犯カメラもない山ん中のちっせー遊園地だ。俺らは捕まんないよ」と自慢げにニヤニヤしながら挑発している。
ナイフを持った男が、「こっちには武器もある。どうすんだ? 大人しく彼女を渡せよ。こんな可愛い子、お前にはもったいない。俺の彼女にしてやっからよ!」とニヤけている。
―—ふざけるな
男が低い声で唸るように呟いた。
「はあ? 聞こえないっすけどお?」
「ふざけるな! お前らの好き勝手にはさせない!」
男はマスクの奥から鋭い眼光を光らせた。
「こいつ、痛い目に遭わないとわからないみたいだな。おい、
ナイフ男が空手男に催促している。
「おお、そうみたいだな。おい、彼氏君、かかって来いよ! ほれ、ほれ! そんな細い腕じゃ、俺にへし折られて終わりだけどな」
智也と呼ばれた男は空手の型を真似て腕をシュッと突き出したり、回し
しかしフードの男は黙ってそれを見ているだけだった。
美羽が震えながら叫んだ。
「栗栖さん、挑発に乗っちゃダメです。危険です!」
「ほうら、やっぱり怖くて掛かって来れないんだな? 彼女に良いカッコしようとして口だけだったか? じゃあ、こっちから──」
そう言って空手男が男性にパンチを食らわそうと拳を握り勢いをつけて突進してきた。しかしフードの男はサッとその腕の下をくぐり抜けてヒラリと
「こ、こいつぅ……」
パンチが空振りになって前のめりになった空手男は、振り向いてまた男に掛かって行った。
しかし、今度もまた男は空手男のパンチを
「お前、ちゃんと戦え! 俺のパンチが怖いんだろ!」
ハアハアと息を切らしながら、さっきから得意のパンチを全部避けられて頭に血が上った空手男が叫んだ。
すると、男は今までじっと動くことなく立っていたが、両手の拳を胸の前に構えてファイティングポーズをとった。
「ダメです! 栗栖さん、早く逃げて!」
美羽の声が聞こえてないのか、男は相変わらず動かない。
「ほお。じゃあ、彼女のために俺と戦う気だな?」
フフフと不敵な笑い方をして、空手男がじりじり男に近づいて行ったかと思うと、至近距離から大きく腕を後ろに引いて、フードの男の顔めがけてパンチを繰り出したのだった。
「キャーッ!」
美羽が思わず両手で目を覆った。
バシッ!
鈍い大きな音が聞こえた。
―—栗栖さんが……ああ、どうしよう。
気味が悪いほどの静けさに、美羽が顔を覆った両手をそっと降ろしていくと、目の前で空手男が出した右手のパンチを左手一つで受けとめている男の姿があった。
空手男はブルブルと腕が震えているが、フードの男は全く微動だにしていないようだった。
次の瞬間、フードの男は掴んだ空手男の拳をそのままグイと握ったかと思うと、ぐるりと左に捻って回した。
すると、空手男は拳を回された方向に体ごとぐらりと回り、そのまま地面に崩れ落ちたのだった。
「うわあ!」
叫んだのはナイフ男だった。
ナイフ男は、空手男が倒されたのを見て怖くなったのか、持っていたナイフを咄嗟に美羽の方に突きつけてきた。
「見ろ! 彼女にケガさせたくなければ、大人しく金を出せ!」
そう言いながら、美羽の体を後ろから羽交い絞めにして、喉元にナイフを突きつけている。
「彼女を放せ! 俺が相手してやる!」
フードの男が叫んだが、ナイフ男は怯えたような目でブルブル首を横に振った。
その間に、空手男も立ち上がって男の背後でまた構えたのだった。フードの男は前後を挟まれ絶体絶命の窮地に陥っている状態だった。
「栗栖さん、逃げて! 警察を呼んでください。私は大丈夫ですから」
美羽は弱々しい声を出した。
しかし、男は逃げずにマスクの下から二人組を交互に睨んでいる。
空手男が男の両腕を背後から羽交い絞めにすると、ナイフ男に言った。
「彼女を連れていけ。俺がこいつを捕まえておくからよ」
ナイフ男が美羽を羽交い絞めにしたままじりじりと出口に連れていこうとしたとき、フードの男は体を勢いよく捻じって空手男の腕を解き、美羽の元へと駆けてきた。
驚いたナイフ男が手を緩めた隙に、美羽もその手を振りほどいてフードの男の方へと走った。
しかし、何を思ったのか、ナイフ男は美羽の背中目掛けてナイフを突き刺そうとして
美羽に手が届くほど近づくと、ガッとナイフを振り上げて突き刺した。
しかし、美羽の背中に刺したはずのナイフは、一瞬早く美羽を抱いてくるりと身を
「ううっ……」
フードの男は低く唸って美羽を抱きしめたまま地面に倒れていった。
しかし、その時ですら、美羽の体が地面に打ち付けられて怪我をしないようにと、片手で美羽の体を抱いたまま背中から地面に落下していった。
そして、自分はナイフで刺されているにもかかわらず、胸に抱いた美羽へ「――大丈夫か?」と心配そうに訊いたのだった。
その瞬間、美羽は昔のことを一気にフラッシュバックした。
あの時の恐ろしさ、自分を庇って代わりに野良犬に噛まれたあの男の子のことが頭の中によみがえったのだ。
フードの男は何も言わずに、痛みに震えながらもじっと美羽を抱いて庇っている。しかし、恐る恐る目を開けた美羽は男を見てハッとした。
「あなたは……」
辺りには、さっきまでどこに隠れていたのだろうか、大勢の人間が集まってきて、倒れている二人を遠巻きに見ている。
するとその時、誰かが通報したのか、ウーウーウー、ピーポーピーポーとけたたましいサイレンが聞こえて、パトカーと救急車が到着した。
しかし、さっきの二人組はこの騒ぎに紛れて逃げたのか、いつの間にか姿を消していた。
バタバタとやってきた救急隊員が、倒れている二人に駆け寄った。
「怪我をしているのはあなたですか? 立てますか?」とフードの男に訊いている。
男はゆっくり体を起こして美羽から離れ、立ち上がろうとして、うっと声を上げて地面に倒れた。ポタポタと背中から真っ赤な血が足元に滴っている。
「タンカー! 早く!」
隊員が声を掛けると、後からタンカーを運んできた隊員たちが急いで地面に広げて男を載せた。
美羽はタンカーが救急車に載せられるのを虚ろな目で見送っていたが、救急隊員が美羽に怪我がないことを確かめた上で一応病院で検査をするよう同乗させたのだった。
ぐったりと目を閉じていた男がゆっくりと瞼を開けて美羽を見ている。サングラス越しから見えた目が美羽に微笑んだ。
「大丈夫だよ……」
その言葉に美羽はまたハッと我に返った。前にも同じことがあった気がしたのだ。
しかし、男はすぐに瞼を閉じてぐったりしている。救急車の中で美羽は声を出せずずっと男の手を握っていた。
すると、隊員が処置のために男のジャケットを脱がせ、中に着ていたフードをハサミで切って体を露わにした。
背中の傷からはまだ血が止まらず次から次へと湧いてくるようにシーツを赤く染めていた。
隊員が止血の応急措置をしていると、男のポケットの中のケータイのバイブレーションが聞こえた。
隊員はそれを別の隊員に引き渡し応対させている。男の家族か友人の誰かが掛けてきたのだろうと美羽は漠然と見ていた。
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