第6話 神父の不思議な行動
朝食を終え、事務室で待っていると、ほどなくして栗栖がやってきた。
しかし、そのいで立ちは、およそ神父の仕事をするにはかけ離れた派手なものだった。
スウェットの黒いフードの上に革ジャンを羽織り、細身のジーンズに身を包んだモデルのようなスタイル。部屋に入ってきたときは、栗栖であることさえ分からなかったほどだ。
「く、栗栖さん? どうしたんですか、その恰好は……」
「今日は美羽さんに僕の仕事を手伝っていただきたくてきました」
「手、手伝うって、その恰好でですか?」
「ええ、変ですか?」
「い、いいえ、変ではないですけど、神父様のようには……」
すると、栗栖はフッと笑って、美羽の腕を取った。
「今日は僕がちゃんとリードしますから、僕の言う通りに仕事をしてくださればいいのですよ」と美羽の耳元で囁いた。
栗栖につれられて教会を出た美羽の目の前には、派手な赤い外車が停まっていた。
「すごく大きい車ですね? どなたのかしら?」
美羽が車の横を通り過ぎようとすると、「さあ乗って」と栗栖が背後で車のドアを開けて待っている。
「ええっ? あの、この車、栗栖さんのなんですか?」
「はい。さあどうぞ。これから車で移動します」とニコリとした。
美羽は恐る恐る助手席に乗り込んだが、栗栖が運転席に乗り込むなり不安になって訊いた。
「あのお。お仕事場はどちらでしょうか?」
心配そうな表情の美羽を横目に栗栖は車を発進させた。ギュインと発進すると、すぐに高速に乗ったのだった。
「あのお、栗栖さん? どこに行くんですか?」
美羽が不安になって再び訊いた。
「大丈夫です。心配いりませんよ」
来栖は微笑んでいるだけだった。
美羽はもうそれ以上栗栖に行き先を聞けずにいた。じっと我慢して、時折来栖の横顔を窺いながら車に揺られ30分ほどが経ったころだった。
「さあ着いたよ」
栗栖の言葉で、ようやく顔を上げて窓の外を見た。
「―—ここはどこですか?」
美羽が訝しげな表情で車を降りながら辺りを見回している。
美羽の目の前は広い駐車場になっていた。
「あの……ここのどこに教会が?」
「ここに君に見せたい場所があるんだ」
そう言うと、車を降りるなり美羽の手を引いてどんどん歩いていく。
「あ、あの、本当にもうどこに行くのかくらい教えてください!」
美羽は掴まれた手を振り払って立ち止まり栗栖に訊いた。
栗栖は驚いたように振り返って美羽を見ると、優しく微笑んだ。
「どうしたの?」
美羽がなぜそんな態度を取るのか理解できないというように平然としている。
「だって、栗栖さん、全く説明してくれないじゃないですか。それに、お仕事の手伝いと言いながら、ここは山の中ですよ! こんなところでどんなお仕事があるんですか!」
「なあんだ、そんなことですか。大丈夫、僕を信じて付いてきて」
あそこです、と栗栖が指さす先にこじんまりとした遊園地が見えてきた。
「え……ここは」
「うん、君が孤児院にいた頃に毎年遠足で連れてきてもらっていた遊園地だよ。どう? 懐かしい? あれから少しはリニューアルしたと思うけど、それほど変わってないみたいだから、きっと思い出すはずだよ」
美羽は半信半疑で栗栖について行くと、入り口にある切符売り場で栗栖は入場券を二枚買っている。その一枚を美羽に渡した。
「さあ行ってみよう!」
まるで子供のように
美羽が栗栖に手を引かれるままについていくと、「ほら、コーヒーカップ! 乗ってみよう」と誰も並んでいない簡素な遊園地のコーヒーカップ乗り場に走っていく。
「待って!」
美羽も栗栖の後を追って駆け出した。
「おいで、美羽! ほら、このコーヒーカップ覚えてる?」
スタッフがゲートを開けたとたん、真っ赤なコーヒーカップに乗りこんで手を振っている。
「栗栖さん……?」
美羽は困惑しながらたどりつくと、栗栖が手招きして待っているコーヒーカップに乗り込んだ。ブーとブザーが鳴って、コーヒーカップが大きく回り始めた。
「さあ回すよ! 子供のころはこのハンドルが重くてあまり回せなかったけど、ほら、どう?」
来栖が中央の丸いハンドルをグルグルと回すと、美羽が体が放り出されると思うほど速くカップが回り始めた。
「キャー、やめて! もう回さないで! 目が回っちゃう!」
美羽は急いでカップの淵に掴まった。
美羽の言葉など聞こえないように、栗栖は笑いながらハンドルを回し続けている。
「ホントに、もうやめてください! 気持ち悪くなっちゃう」
美羽が栗栖の腕に触れると、やっと栗栖はハンドルを回すのを止めたのだった。
「ね、思い出した?」
「―—いいえ。でも、このコーヒーカップにのったことはなんとなく……」
「そう? じゃあ、次行こう!」
そう言って、またグイと美羽の手を引いて連れていこうとしている。
園内を歩いている人も
「あの、ここは普通の遊園地ですよね? 教会に行くんじゃないんですか?」
美羽はさっきからあちこち振り回され息切れをしながら、繋がれている手の先にいる栗栖に訊いた。
「実は、ここに連れてきたかったんだ。思い出してほしいからね」
「わかりました! わかりましたから、お願い、もう帰らせてください! 他の男の方とこんなとこにいたら裕くんが心配するので」
「裕くんて誰? その人のことが好きなの?」
「もちろんです! だって私たちいつかは結婚するつもりですから」
ハアハアと手を引っ張られて走りながら、やっとのこと言葉を出した。
「――結婚かあ。本当にその人と結婚してもいいのかな? ちゃんと君のパートナーとして
さっきまで笑顔を絶やさなかった栗栖が真顔になって言った。
「私たち、ずっと付き合ってきて、もうお互いのことなら自分のことのように分かってます、から……」
美羽はそう言ったが、言った後で少し不安になって語尾を飲み込んだ。
栗栖は、ふうんと言ったきりだった。
栗栖が次に美羽を連れて行ったのは、園内をぐるりと一周する汽車乗り場。二、三人ほどしか並んでいない列の最後に並んでいるとすぐに順番が来た。
汽車の一両目に乗り込むと、走り出した汽車の煙突から時折上がる白い蒸気が美羽たちの席までたなびいてきて油の匂いが漂っている。
「楽しい? ねえ、何か思い出さない?」
栗栖が訊くと、美羽は少し目を伏せて首を振った。
「いいえ。でも、この汽車にはあの頃もきっと乗っただろうなというのは分かります。私、こういう乗り物の方が好きだった気がします。ジェットコースターみたいにハラハラしなくていいですし、景色を堪能できますから」
「ふうん、君はこの遊園地に最後に来たときはいくつだった?」
「私が最後にここに来た時? そうですね……たぶん小学生の時かしら? 中学校に入る年にはもう遊園地には行かなくなったので」
「そうか。それじゃ、大分前のことだな」
「栗栖さん、私に何を思い出させようとしてるんですか?」
美羽は改めて隣に座ってにこやかに景色を満喫している栗栖の横顔に訊いた。
「別に。ただ、君にとって必要なことだからね」
来栖は美羽を振り向きもせず答えている。
「私に必要なこと? それはどういう意味ですか?」
「僕との思い出をちゃんと思い出してほしくて……」
次はあそこに行こう、と栗栖が向こうの方を指さすと、その先に大きな観覧車が見えてきた。
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