第2話 天使と悪魔

 若者は園長を見つけると、バザー品を見るでもなく、真っ直ぐに園長の方へと向かって来た。



「お久しぶりです、お元気でしたか?」



「――おお、君は! 元気ですよ。今日は教会の方へいらしたのですか? それともバザーを見に?」




「教会に用事があってまいりました。でも、天使の家の入り口前にバザー会場と書いてありましたので、久しぶりにお邪魔してみたくなりまして」



「おお、そうですか。でも、残念ながら、もうほとんどが売り切れてしまいました。もし、何かまだお好きなものが残っていましたらいいのですがね」




「大丈夫ですよ、買い物が目的ではないので。ちょっとだけ見て回ってもいいですか?」


「ええ、どうぞごゆっくり」



 すると富岡園長が「美羽、ちょっと来てくれないかな?」と、部屋の隅で残っているバザー品を整理している美羽に声を掛けた。




 美羽は振り返ってペコリと頭を下げると、商品を手早く片付けて急いでやってきた。




「はい。なんでしょうか?」


「美羽、こちらは隣町の教会で神父をされている豊田栗栖とよだくるすくんです。栗栖くんは以前ここの孤児院にいたことがあったんだよ。美羽もまだほんの子供だったから覚えてないかもしれないけど。


 栗栖くん、こちらは天音美羽くん、天音神父の娘さんです。覚えてないと思いますが、今はここの孤児院のスタッフとして働いてくれているんですよ」



 栗栖くるすと紹介された青年は、少し明るい栗色の髪と同じ色の瞳をしており、顔立ちは外国人の血が入っているのか、肌が白くとても異国情緒に溢れた、いわゆるハーフ系イケメンと世間では言われるような美青年だ。




 園長が二人を紹介すると、栗栖は美羽に片手を差し出した。

「天音神父様の娘さんだったのですか。父が天音神父様と親しくしていただいております。どうぞよろしくお願いします」



「こちらこそよろしくお願いします。来栖さんも神父さまなんですか? ここの孤児院にいらっしゃったなんて、一緒に遊んだこともあったかもしれませんね」と微笑んだ。


 栗栖は美羽の言葉を聞いて優しく微笑みながらじっと見ている。

 美羽は慌てて「あの、私の顔に何かついてますか?」と自分の頬を触った。


 しかし栗栖はクスリと笑うと、「いいえ、僕は君のことをよく覚えているのに、君はもう忘れてしまったのですね?」

 真剣な目でまた美羽を見つめた。




「すみません……。私、記憶力がないみたいですね。孤児院にいたときのことはハッキリ覚えているのに……」

 来栖が必要以上に見つめるので、美羽はたじろいで一歩下がりながら答えた。



「――仕方ないです。ほんの小さな子供の頃のことでしたから。僕も君のことは『みうちゃん』という名前でしか覚えていませんでした。まさか天音神父さまの娘さんだったなんて……」


 そう言うと、満面の笑みで商品の陳列してあるテーブルへとゆっくり向かって行った。




 美羽と栗栖との様子を部屋の奥から見ていた裕星は、こちらに来た栗栖を横目で鋭く睨みながらテーブルの後ろで腕組みをして座っている。


「裕星さん、ちょっと怖いよ、その顔」

 陸が小声で隣の裕星に言うと、「ふん。……あいつ、さっきから見てたけど、美羽を口説こうとしてるようだ。あの軟派野郎、どっかで見かけたことがある気がする」と口をへの字に曲げた。




「まあまあ、裕星、美羽さんはあの人の案内を頼まれただけのようだ。仕方ないだろ」

 光太がなだめるように口を挟んだ。






 栗栖は裕星の前まで来ると、テーブルの商品を眺めながら、あれやこれやと美羽に質問している。


「これはどういうときに使うものですか?」


「あ、それは……」


 栗栖が人形の形をした珍しいワインオープナーを見ている。


「それは酒を飲まない人には用のないものですよ」ぶっきらぼうに裕星が先に口を挟んだ。




「酒? ああワインのコルク抜きですか?」栗栖が裕星に微笑んだ。


「裕くん、そんな言い方。来栖さん、神父さんはお酒を召し上がれないのですか? 父が飲んでいるのを見た事ないので」

 美羽が慌てて裕星のフォローをして訊く。


「いいえ、特に決められておりません。私も少しならいただきますよ。特に赤ワインは好きです」



 栗栖がカトリック教会の神父であっても酒は飲めると聞いて、裕星は、ふん、とそっぽを向いて横目で栗栖の顔を睨んだ。



「でも、そんなにたくさんはいただきません。ただ、赤ワインはキリスト教では『キリストの血』と言われていますから、時々ありがたく頂いております。それにこんな珍しいオープナーは初めてです。頂きましょう、おいくらですか?」

 来栖がオープナーを手に取って裕星に差し出している。



「裕くん、いくらなの? 包んであげてね」


 差し出したオープナーを見もせず裕星は、「――1000円」と言っただけだった。





 美羽が慌てて、傍にあった袋にオープナーを入れて、千円札と引き換えに栗栖に渡した。

「ありがとうございます。これで美味しいワインを召し上がってくださいね」




 終始笑顔の栗栖と相反して終始無言で仏頂面の裕星は、外見ではどちらも背が高く、色白で端正な顔立ちをしていながら、性格はまるで正反対の天使と悪魔のように思えた。





 栗栖を笑顔で見送った美羽が、会場を片付けている裕星に近寄って小声で言った。


「裕くん、さっきの態度はどうしたの? お客様に対して不愛想だったわよ。まだ私のこと怒ってるの? 

 それに、さっきお話していたら、来栖さんって裕くんと同い年だそうよ。なのに、まったく正反対というか、来栖さんはあんなに大人でしっかりしていて、いつも笑顔で本当に神父さんらしくて、まるで天使のよう……」




 美羽の来栖を褒める言葉に裕星はどんどん表情が険しく変わっていき、運んでいた椅子をバタンと音を立てて倉庫に投げるように置いた。


「あいつの正体は天使の皮を被った悪魔じゃないのか? あいつによく似た男を見たことがある。そいつは到底天使なんかじゃなかったけどな」

 裕星は憤慨したように言うと、さっときびすを返して、園の外に停めておいた車に向かったのだった。





「裕くん! 知りもしない人のことを悪く言って、そういうところが子供だっていうのよ! どうしていつまでもそんなに機嫌が悪いの?」

 美羽は車に乗り込もうとしている裕星を追いかけて裕星の背中に叫んだ。


「美羽、外見に騙されていたら、自分の信じてるものをいつか見失うぞ」

 裕星はそう言い残すと、車に乗り込んで美羽をおいてきぼりにしたまま先に帰ってしまったのだった。






 この騒ぎを聞いて後からやってきた光太が、呆然と外を見ている美羽の肩に手を置いた。

「裕星はどうしたの? 今朝からずっと機嫌が良くなかったようだね。喧嘩でもしてたの?」



「――光太さん。実は……」

 美羽は今朝あった出来事を話すと、光太は呆れたような顔で言った。


「そんなことで裕星は怒ってるのか? それもバザーが終わるまでずっと? 何考えてるんだろ。俺からあいつに話しましょうか?」



「いえ、大丈夫です。ただ、裕くんの忙しさを考えてあげずに頭ごなしに怒った私の方が悪かったんですから」




「それにしても……ここまで子供だとは知らなかったな。俺も今日の裕星の態度には呆れてるんです。あの神父に対しては今日一番態度がひどかったですしね」


 普段穏やかな光太も、流石に裕星の態度の悪さには苦言を呈したのだった。

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