セイレーンも救いましょう?

 外からは若人の賑やかな声が聞こえてくる。青春を謳歌している様で、為政者としてはうらやま……嬉しい。

  学生さんは皆でワイワイキャッキャッしているが、魔王様は一人で晩御飯です。シングル歴も長いので、ぼっち耐性もついたのです。


「今日も一日がんばりましたっと」

 缶ビールのプルタブに指を掛けた瞬間、ドアがノックされた。もう喉が泡を求めているんですが。


「岩倉、休んでいる所悪い。車を出してもらえるか?」

 大村先生だ……もう勤務時間だから、ドアを閉めても許されると思う。魔王様は便利屋さんじゃないんだぞ。


「どこにだよ?生徒が無断外出でもしたのか?」

 先生も大変だなと思う。特にラルム出身じゃない大村は雑用を押し付けられている。


「行方不明になっていた岡流都のお兄さんが見つかって、病院に運ばれたそうなんだ。面会の許可が降りたらしいんだけど、流石に一人で行かせる訳には行かないだろ?」

 過保護過ぎないか?もう高校生なんだから、タクシーで行かせれば良いと思うけど……道中何かあったら、学校の責任になるんだもんな。


「分かったよ。ったく、顔を見てバイバイって訳には行かないよな」

 面倒くさいけど、大村は親友だ。それに岡流社長の絡みもある。あまり無下に出来ないのです。


「いや、病院にご両親も来ているから送るだけで良いそうだ」

 岡流兄が入院している病院までは片道十分位だ。それなら許容範囲だし、良しとしよう。


「分かった。ホテルの前に車を回しておく。くれぐれも親御さんによろしく言っておいてくれ」

 岡流父は大恩ある社長の友人である。だから危険を顧みず、あそこで暴れたんだ。でも、面倒なので絡みは大村に丸投げします。


「しーげちゃん、早く行こ。帰りコンビニかスーパーに寄ってもらえる」

 大村の後ろから、桜が声を掛けてきた。ついでに弁当かお菓子を買うつもりだな。


「岩倉さん、疲れている所悪いな都が知らない男の人の車は怖いって言って、私達も乗っていく事になったんだよ」

 秋月さんが申し訳なさそうに謝ってきた。本当良い子だよな。

 確かに知らないおっさんの車に乗るのは怖いと思うよ。でも、岩倉先生も一緒なんだけど……。

(……岡流兄の事で不安になる事でもあったんだろうか?)

 怪我や発見状況は聞いているけど、それ以外の詳しい事は聞いていない。運転中に、それとなく聞いてみるか。


 期待していた訳じゃない。でもさ、今までの流れ的にワンチャンあると思うじゃん。

 夏空さんと雪守さんは、部の集まりがあって来られないらしい。


「この人が病院まで連れて行ってくれる岩倉慈人さんだ。春里達が、後部座席にいるので、そっちに乗る様に」

 大村先生は、そう言うと助手席に乗ってきた。先生なら、不安な生徒に付き添うべきだと思います。


「岡流です……今回は申し訳ございません」

 岡流さんは、深々と頭を下げながら車に乗ってきた。所作が正しくてお嬢様って感じです。


「いえ、特に用事もありませんでしたし……それでは出発します」

 既に日が落ちて夜空には星が瞬いている。明日は夏空さんと浜辺散歩をした後に、セイレーン討伐になる……あれ?明日もお酒飲めないのでは?


「でも、お兄さんが見つかって良かったね。怪我も酷くないんでしょ?」

 あらかじめ桜には、それとなくお兄さんの事を聞く様に頼んでおいたのだ。


「うん。でも、凄く怯えているみたいなんです……水が襲ってくるってうなされているいるみたいで……溺死した霊にでも、襲われたんでしょうか?」

 普通のお嬢様だと思ったら、流石はオカルト少女。でも、岡流兄から悪霊の気配は感じなかった。

(水に潜む、または操る魔物か……対策を練っておいて損はないな)

 俺一人なら、何とかなるけど桜達が襲われて後手に回ったらアウトだ。


「それは心配だよな。何かあったら遠慮なく言ってくれ。相談ならのるから」

 秋月さんって世話焼きな所あるよな。流石はお姉さんだ。


「本当ですか?お兄様が取材に行く予定だった場所があるんですけど、ご一緒していただけませんか?」

 カフェへのお誘いみたいに言っているけど、それって心霊スポットの取材だよね。


「……い、良いけど、なんて所なんだ?」

 ルームミラーで確認したら、秋月さんの顔が引きつっていた。それと背後から視線を感じるのは気の所為でしょうか?


「音良峠と言う所なんですが……着きまたね。岩倉様、ありがとうございました」

 確かそこって霊が出るって噂がある所だよね。流石に自己責任だから、もうおじさんは祓わないぞ。


 岡流さんを送った後、桜のリクエストもあり海岸線を走る。若い頃って、海沿いを走るだけで、テンションが上がるよね。

(シューブやサザソを掛けたら……盛り上がるのは、俺と大村だけか……うん?)

 気になった事があったので、車の窓を開けて確認してみる。


「しげちゃん、エアコン掛けているのに、窓を開けてどうしたの?……嘘?子供の泣き声が聞こえる!」

 桜の言う通り、波の音に混じって子供の泣き声が聞こえてきた。この声は……流石に放っておけないか。


「安心しろ。幽霊の声じゃないから……ちょっと行って来る」

 幽霊じゃないけど、人間の声でもないんだけどね。車を停めて、声のする方へと向かう。

「お姉ちゃん、お腹空いたよー。おちゃかなとってー」

「ごめんね。ここで勝手に魚を捕ったら怖い人に怒られるの」

(いるのは二人……姉妹ってところか)

 足音を消しながらゆっくり近づいていく。


「岩倉、あれって……」

 声の主の正体を確認した大村の顔が青ざめる。いや、桜や秋月さんの顔色も青くなっていた。


「あれがセイレーンだよ。恐らく姉妹だな……困っている様だけど、どうした?……心配するな。俺も関係者だ」

 わざと魔力を解放してセイレーンの姉妹に近づく。嘘じゃない。前世は、魔王なんだから、立派な関係者だ。


「うるさかったですよね……すいません、妹がお腹を空いたみたいで」

 どうやら俺が怒っていると思ったらしく、お姉さんセイレーンが必死位に謝ってくる。姉は十代前半、妹は八歳位だろうか?

 確かに俺は怒っていた。それは姉妹に対してじゃない。こんな幼い姉妹を巻き込んで、まともに飯も食わせていない新生魔王軍にたいしてだ。


「腹が空いているなら、仕方ないって。ほら、これを食べな」

 昼間に買った魚をアイテムボックスから取り出し姉妹セイレーンに手渡す。


「おじさん、ありがとう」

 妹さんの方は余程お腹が空いていたのか、直ぐに魚に喰らいついた……出来たらお兄さんって言って欲しかったな。


「そんな悪いですよ。貴方も配布食糧は少ないんですよね。それに勝手に魚も獲れないし……」

 その配布食糧も妹さんに分けていると思う。さっきからお腹が鳴っているし。


「俺はこっちの世界に潜入工作をしているから、心配ない。早く食べて戻りな……潜入工作の事は内緒で頼む。それと出来たら、君達に起きた事を教えて欲しい」

 そこから姉セイレーンは自分達に起きた事を、堰を切った様に話し始めた。


「私達セイレーンはジャント様を裏切って、フォンセ様につきました。その所為で、他の魔族から疎まれて……異世界に来るしか選択肢がなかったんです」

 しかし、実際に来てみると環境は劣悪。住環境はすし詰め状態。配布食糧は、かなり少ないらしい。しかも地元の漁師にばれるからと、魚を獲る事を禁止されたそうだ、

 主な仕事は研究所の近くで歌を歌い、漁師を近づけない事。


「一つ頼みがある。お前達がいつも仲間と歌を歌う場所があるだろ?そこに、この魔石を置いてきてもらえないか?……それだけじゃ足りないだろ?これも持って行け」

 アイテムボックスから魔石と残りの魚介類を取り出し、姉に手渡す。姉妹は何度も頭を下げながら海に戻っていった。


「しげちゃん、僕あの子達と戦いたくないよ」

 今の話を聞いた桜と秋月さんは戦意喪失していた。でも、戦わないと介部の好きにされてしまう。それに竜崎の連中は、平気でセイレーンを殺すだろう。


「心配するな。策は練っておく……久しぶりに本気で怒ったからよ」

 新生魔王軍は全員ぶっ飛ばす


 同刻、竜崎財閥魔石研究所。新生魔王軍水のアクーアは研究所の一室で、ヴァンパイアのブラッドと相対していた。


「本当にジャント様の翼を持っているんですよね?」

 ブラッドが日本に来た理由はただ一つ。敬愛するジャントの身体を取り戻す為。


「ええ、この研究所を守っていただければ、お渡しします。しかし、この世界の人間は馬鹿ですよね。私の言葉をあっさり信じるんですから」

 アクーアは仲間の侵略を止めたい。その為に魔石の研究を手伝わせて欲しいと言って近づいたのだ。


「興味がありません。私は前払いの報酬分は仕事をするだけです」

 既にブラッドは前払いとして、ジャントの右腕をもらっていたのだ。

 彼にとって大事なのは魔王ジャント。新生魔王軍に興味はないが、主の身体を傷つけられたくないので、協力しているのだ。

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