前世の事教えて下さい
怒りには私憤と義憤の二つがあるという。今俺が感じている怒りは、間違いなく義憤だ。
(まさか俺がセイレーン達を見て義憤を覚えるとわね)
多分、人間社会で揉まれて、成長したんだと思う。昔はあいつ等を厄介者扱いしていたんだけどね。
……それは良いとして、車内の空気が重いです。桜達は俯いたまま、口を閉ざしている。
そりゃそうだ。今度戦うのは、見た目が人間に近いセイレーン。
しかも、あんな姉妹愛を見せられたら、戦意を喪失すると思う。
「そう言えば、あの子達『ジャント様を裏切った』って言ってたけど、何かあったのか?」
空気を読んだらしく、大村が口を開いた。
「セイレーンの男版をマーマンって言うんだ。前も言ったけど、セイレーンの好みは細身の優男。当然、マーマンにも、そんな奴が多かった。当然、俺は嫌われていたのさ」
モテるマーマンの条件。優しくて、争い事を嫌う。愛の歌が上手い。イケメンで、線が細い。魔王様とは、真逆なのです。
「少女漫画に出てくる王子様タイプが人気なんだね。でも、それだけでしげちゃんを裏切ったの?」
あの事件にセイレーンが関わっていたなんて、さっき知ったんですけど……多分、あいつ等が人払いの歌を歌っていたんだと思う。
「俺は水軍を強化する為に、マーマンを鍛錬所にいれてゴリマッチョにしたからな。戦地から帰ってきた婚約者がマッチョな荒くれ者になっていた……あの時は、苦情凄かったな」
部下になったマーマンは少女漫画の王子様キャラから、暑苦しい格闘漫画の熱血キャラに……そりゃ、セイレーンも怒るよね。
「裏切りがばれて、セイレーン達は魔族から孤立。日本に来る事を断れなかったと……スーパーに着いたな。お前等、さっきの元気はどうした?」
大村が話し掛けるも、桜達は無反応。さっきはお菓子を買うってはしゃいでいたのに。
「セイレーンとの戦いは心配するな。対策は考えてある……大村、介部が指定してきた場所分かるか?」
ちゃんと魔石を設置してくれていたら、助かるんだけど。
「ナビ送ってきている。ここらしいぞ」
そこは林を抜けて階段を降りた先にある砂浜。どう見ても地元民も近づかない場所だ。
問題はなんで介部が、ここを知っていたかだ。
「サンキュ。俺は飯と必要な物を買ってくる。桜、秋月さん奢ってやるから、元気だせ」
とりあえず魔王様は魚介類を買い直して、大型犬用のペットシート買いました。
◇
俺、逮捕されないよね?
次の日、早目に仕事を終えた俺はホテルへ直帰。ホテルのロビーでは、夏空さんと……桜達が待っていました。
「慈人さん、待ってました。それじゃ、行きましょう」
俺を見るなり満面の笑みを浮かべる夏空さん。素敵な笑顔だから、おじさんの罪悪感は膨れ上がる訳で……。
「一回、着替えて来ても良いですか?……なんだよ、桜」
今の魔王様はスーツ姿。こんな格好で夏空さんと歩いていたら、余計に目立つ。
桜達はニヤニヤした顔で俺達を見ている。目立つから、やめて下さい。このホテルには、お客様の家族も勤めているんだぞ。
「別に……しげちゃん、逃げたら承知しないからね」
桜は俺の家族以外にも師匠とも繋がっている。手綱を超えて、命綱を握られているレベルなんですが。
「逃げないっての……後からセイレーン戦の打ち合わせをするからな」
いや、もしかして先生方からチェック入るかもってビビっていたんだけど、学校関係者は桜達しかいない。
(師匠が干渉したんだろうな)
俺や桜と縁を結んであるから、師匠ならこれ位造作もない事だ。でも、ロビーに監視魔法が展開されているのが気になります。
天界で上映会とか開いていないよね?
◇
夕暮れに染まる砂浜。海も砂もオレンジ色に染まっている。
「綺麗ですね。車の窓越しに見た事はありますけど、こんなに綺麗だとは思いませんでしたよ」
観光課で力を入れているのも納得だ。後、魔王様はロマンティックな空気が苦手なので口数が増えています。
「素敵な光景ですよね。私、大人になって、今日の事をずっと覚えていると思います」
将来の旦那様に悪いので、綺麗さっぱり忘れて下さい。
そう言って俺に近づく夏空さん。緊張しているのか、その体は震えていた。
(こういう場合はどうするのが正解なんだろうな?)
大人としてリードする……それとも気付かないふりをしてスルー。どっちも正解で、どっちもアウトな気がする。
「だったら、ゆっくり歩きましょう。陽が沈むまで、まだ時間はありますし」
半歩だけ夏空さんに近づく。これが俺の精一杯なんです。
「そう言えば慈人さんの前世って、どんな感じだったんですか?桜ちゃん達に聞いてもニヤニヤするだけで、教えてくれないんですよ」
俺が口止めしていたし、元婚約者なんて言えないと思う。でも、一人だけ何も知らないのは不味い。成り行きとはいえ、春告鳥先生も知っているんだし。
「田舎街で生まれた魔族です。そこの孤児院で育ちました」
出来るだけ、フェスティの事に触れない様に話していく。
「そうなんですか。寂しくなかったですか?」
後から聞いた話だと前世の親は人間に殺されたそうだ。
当然、顔すら覚えていない。親と言われて思い出すのは、今の両親……父さん、母さんごめん。不肖の息子は未成年と砂浜散歩しています。
「孤児院の皆もいましたし、隣村に良くしてくれる人達がいましたので」
俺の役割は隣村に孤児院で作った野菜を届ける事。そこでフェスティやフェーアさんと知り合ったのだ。
「前世の記憶か……私も薄っすらだけどあるんですよ。小さい村にいて……隣には優しそうな男の子がいるんです」
それ、俺です。その頃は、まだ戦いのたの字すら知らなかったもんな。
「前世は前世ですよ。俺みたくしっかり記憶が残っているなら別ですけどね」
良く考えたら、孤児院にいた頃以外は戦い漬けだったもんな。
「孤児院の人や村の人はどうなったんですか?」
そこは言っても平気か。フェスティの名前を出さなきゃ、大丈夫だろうし。
「孤児院も村も人間に襲われて無くなりました。俺は偶然野菜を売りに行っていて、難を逃れましたけど……そこから修行をして強くなったって訳です。でも、最後は人間に負けて殺されましたけどね」
あれだけ人間を恨んでいた俺が良く社会人をしているって誉めてあげたい。
「む、村の名前は何て言うんですか?」
(帰ったら伝票整理しないとな……村の名前?)
「ポーセリンという村です。磁器が名物でした」
考え事していたら、うっかり村の名前を言ってしまった。
ちなみにポーセリンの磁器はエルフやドワーフにも好評だった。人間界でも売られていたらしいし。
「ポーセリン?……フェスティ……ジャント?あれ、なんで私泣いているんだろ?」
もしかして俺やらかした?とりあえずこれ以上刺激するのは不味い。
「ゆ、夕陽が眩しかったんじゃないですか?ほら、太陽が沈みますよ」
太陽が海原に消えていく。ポーセリンの丘でフェスティと夕陽を眺めていたんだよな。
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