魔王様の決意
桜が出て行ったのを見計らってスキルを発動する……でも、スキルってどうやって使えば良いんだ?
漫画とかだと、スキルや技を使う時は叫ぶ。剣道なら分かるけど、実戦だと意味がないと思う。
何より、俺はいい歳したおっさんだ。スキルを叫ぶのは、かなりきつい。
(今は部屋に一人……そして、このホテルはオートロックだ。覚悟を決めるか)
「王権一時復帰っ!」
「しげちゃん、言い忘れた事が……なんか、ごめんなさい」
嘘だろ?叫んだと、同時に桜にドアを開けられたんですけど?お陰で顔が真っ赤です。
なんで、オートロックなのに、開けられるんだ?本来、俺が開けない限り、ドアは開かない筈。
答えは簡単。絶対に師匠の仕業だ。
神域で、顔を赤くしている俺を見て大笑いしていると思う。
「いや、気にしなくて良い。あの方の性格を失念していた俺が悪いんだ」
創造神である師匠の力は、強大だ。指先一つで国を破壊する事も出来る。
だから、師匠は滅多な事では下界に関与しない。その代わり自分の力に耐えられる
「許可なくドアを開けた僕が悪いんだよ……しげちゃん、ストレス溜まっていない?僕で良かったら、話を聞くよ」
桜が生温かい目で見てくる……でも、女子高生に仕事の愚痴は零せないのです。
「大丈夫だよ。それで話って、なんだ?」
ここは強引に話題を変えて誤魔化そう。下手に長引かせれば、胸の傷がさらに深くなる。
「さっき言ってた僕達の日程表を持ってきたよ。流石にあげらないけど、写メすれば良いと思って」
これは有難い。あの冷たい視線は、へこんでしまう。
(初日は殆んど勉強なんだな。二日目は午後三時から自由時間。三日目は、完全に休み。四日目の午後で終了か……うん?)
危機管理アプリから通知が来ている。恐るおそるタップしてみると、NEWスキルの使い方と表示されていた。
さっきまで、こんなのなかったのに。
てか、危機管理アプリで通知する事じゃないだろ!
「助かるよ。流石に不審者で通報されたくないからな」
何だかんだ言っても、俺も男だ。女子高生が水着でいたら、絶対にチラ見……ガン見してしまうかもしれない。
◇
俺が今使えるスキルは、魔力隠蔽(神級)・信者勧誘・前世の縁・王権一時許可・危険察知・角隠しの六つ。
このうち危機察知はアプリと連動しており、魔力隠蔽、角隠しは任意で使えるらしい。
信者勧誘は女神クレエの信徒に誘えるという物。相手が師匠を信仰すれば、加護が受けられるらしい。
前世の縁は、そのまんまで前世で関わった人に会いやすくなるそうだ。
そして問題の王権一時復帰は……
(流石は創造神様だよ。無駄に凝ったアプリを作ってくれちゃって)
王権一時復帰はアプリでした。かなり細かい所まで決められるようだ。
地図アプリと連動していて、王権が及ぶ範囲を決定する。地図をタップして、範囲と時期を指定。時期は四日間で、範囲はホテルと敷地内。
そして法律を作成し、アプリ内にある議会に提出。承認が得られれば、その法律が施行される……つまりエロ漫画みたいに、魔王様はセクハラ無罪みたいな法律は不可能なのだ、
今回俺が制定した法律は
・迷惑行為禁止条例
竜崎ホテル及び敷地内において、迷惑行為を禁止する。
盗撮。相手の意思に反する誘惑(ナンパ等の迷惑行為)等。
こんなの王様が作らなくても、守らなきゃ駄目な事なんだけどね。
そんな魔王様がやって来たのは、仁漁観光協会。恋人達の聖地と書かれたポスターが、でかでかと貼っていた。
「毎度お世話になっております。文武事務機です。やっぱり、仁漁は良いですねー。それじゃ、トナーを交換させてもらいますね」
職員の皆様に愛想を振りまきながら、コピー機のトナーを変えていく。
ホテルの敷地を出れば王権はなくなり、ただのリーマンになるのです。
それに観光協会は大口のお客様、威張るより媚びなきゃ駄目なのです。
「岩倉さん。旅館に車がなかったけど、今回どこに泊っているんだい?」
流石は観光協会の職員さん、チェックが厳しい。
「竜崎ホテルですよ。豪華ですけど、旅館の方が落ち着きますね」
これはお世辞じゃなく、本音だ。波の音を聞きながら、お酒飲むのが楽しみだったのに。
「あそこ学生さんが来ていて、賑やかでしょ?若い子がネットにあげてくれたら、もっと人気出るんだけどねー」
職員さんの視線の先にあるのは、件のポスター……おじさんが歩いたら、怒りますか?
「知り合いが勤めているので、宣伝をお願いしておきますよ。皆様、お変わりありませんか?」
これは質問っていうより、挨拶みたいな物。観光協会は仁漁町内の事情に詳しいから、凄く助かります。
魔物関係で困っていたら、魔王様が解決して差し上げます。
「これから海水浴シーズンだから、皆さん気合が入っていますよ。ネットのお陰で、オカルト目当てのお客様も来てくれますし」
困っているかと思ったら、流石は商売人。中々したたかです。
「海から歌が聞こえてくるでしたっけ?」
セイレーンに魔王権限で、演歌でも歌わせようかな。ブラザー船とか。
「その他に沖でシーサーペントを見たとか、半魚人を見たとかですね。流石にドラキュラを見たは笑いましたけど」
……それ全部、うちの国民だと思います。
(ドラキュラ?おまさかブラッドの奴じゃねえだろうな?)
ブラッドは魔王軍五大軍団長の一人。
魔法軍 ヴァンパイアのブラッド
水軍 クラーケンのオクト
陸軍 ケンタウロスのバージョ
空軍 ドラゴンのガイーゾ
魔王軍司令官 デビルのグライガ
いずれも一騎当千の力を誇る自慢の部下達だ。しかも全員忠義に厚い。
中でも、ブラッド生真面目でストイック。又の名を魔王軍の風紀委員長。俺にも厳しいんだよね。
◇
次の営業先に行く途中、女性の叫び声が聞こえて来た。見ると波打ち際で女性が溺れている……様に見える。
(前世の縁の力なんだろうな)
女性は美人だし、波はそんなに高くない。普通の男だったら、助けに行くと思う。
しかもマーマンの魔力も感じる。
セイレーンを餌にして海中に引きずり込む……または美人局でもするつもりなんだろうか?
「なんだ。セイレーンとマーマンか……こっちで馬鹿な事しようとするんなら、ただじゃおかねえぞ」
俺が魔王していた頃のマーマンなら、話をつけやすいんだけど。
「ちょっと、普通女が溺れていたら、助けるのが人間でしょ?さいてー」
普通に泳ぎだしたセイレーンが、文句をつけてきた。お前等の手口で、何人の国民が被害に遭ったと思っているんだ。
「おっさん、俺の女をいやらしい目で見たろ?慰謝料として食い物を持ってきな」
現われたのは、チャラそうなマーマン。細身でセイレーン好みかも知れないが、魔王軍の入隊テストには受からないぞ。
「誰に慰謝料なんて言葉を教わったんだよ。舐めた口をきいていると、魔王軍の鍛錬所にぶち込むぞ」
昔はマーマンを片っ端からぶち込んで、マッチョなマーマンにしたんだよな。
「はん?そんな脅しが通じると思っているのか?鍛錬所なんて餓鬼を脅す嘘じゃねえか。ジャントがいるなら連れて来てみろよ」
「ちょ、やめなよ。うちのおじさんとか、ジャント様を呼び捨てにしたら、ガチ切れするんだよ。あれって、凄い迷惑なんだよね」
俺の所為で、昔の部下が老害化してんの?
「良いから餓鬼は、お家に帰れ。今やばい奴等が来ているから、浜に近づくんじゃねえぞ……
ユニフォームガーディアンと言い、今回のセイレーン達といい……餓鬼まで巻き込んで、何をしようとしているんだ?
◇
仕事を終えてホテルへ帰還。今の時間、桜達は夕食だ。つまり学生さんと鉢合わせる危険性は皆無。
とりあえず、風呂に入って会社に今日の成果と明日の予定をメール。
(六時か……もう待たなくても良いよな?)
アイテムボックスの中には五人前の寿司と刺身の盛り合わせ。そして途中で買ったフライ盛り合わせとビール。
今日は日常から離れて、プチ贅沢をするのです。
寿司はともかくフライを食べても文句は言われない筈。
「しげちゃん、ドアを開けてっ……ホテルのご飯少なくてさ」
「慈人さん、野菜がないですよ。もう、目を離すと、すぐこれ何だから」
「フライに寿司か。俺はこっちの方が良いな」
「美味しそうですね。私も頂いて良いんですか?」
一人酒が一気に賑やかな物に変わった。人間も魔族も変わらない。俺は子供達を守る事を優先しよう。
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