海はきな臭い?

 海のない街で育ったので、若い頃は独特の憧れがあった。だって海って青春って感じがするじゃん。

青い空と海。好きな子の水着姿。ロマンティックな夕日で縮まる二人の距離。海岸での追いかけっこ……でも。全て遠い夢になりました。

ただ今朝の四時、魔王様は愛車のハンドルを握っています。


「海なんて久し振りだな」

 最後に行ったのは元カノとのデートだから、もう五年は過ぎている。そこから海とは無縁な生活を送ってきた。

 しかし、今回行くのはプライベートビーチありのホテル。人気の少ない時間なら、散策しても問題はないと思う。

早朝に一人海辺をさすらう。大人になったから、出来る楽しみ方だ。


「お前、仁漁に営業に行っているんじゃないのか?」

 今回も助手席に乗っているは、大村先生。理事長先生のご希望で、俺と大村は仁漁に前乗りする事になりました。

何が悲しくて、おっさん二人で海に行かなきゃいけないんだよ。


「正確に言うとビーチな。おっさんが一人でビーチにいたら不審者扱いされるだろ?俺等と近い年齢だと、家族連れが殆んどなんだぞ。行くのは市場か飯屋だよ」

今の魔王様にとって海は魚介類の宝庫。ビーチではなく市場にしか行かなくなりました。


「それで水着は買ったのか?お前の事だ。夏空に、なんか約束させられたんじゃないか?」

 鋭い。でも泳ぐんじゃなくて、海岸お散歩です……林間合宿中に、そんな時間あるのか?


「買ったのは、かりゆしウェアとハーパンだよ。海中戦なんて、負け確定な事したくないしな」

 水中で水生生物に勝てる可能性はゼロに等しい。下手に近づけば引きずり込まれて、溺死させられてしまう。


「この戦闘脳が。流石にプライベートビーチで、魔物と戦かう事はないだろ」

 でもなー、なんかきな臭いんだよな。

 営業先の風俗店で、筋の人と話したら

“仁漁?気を付けた方が良いですよ。最近、食い詰め者を集めて仁漁に送っている業者がいますので”

 なんて有難い情報をくれました。間方のお店を潰した&警察のガサ入れ情報を事前に流したので、とっても感謝されたのです。


「俺は何とでもなるさ。問題はお前の所の生徒だよ。海で遊ぶ時間とかあるのか?」

 全校生徒を守るのは、流石の魔王様でも骨が折れる。

守るのはある程度距離をつめないといけない。でも絶対に信用されないと思うし、下手すりゃ不審者扱いされてしまう。


「林間合宿だから勉強がメインだけど、自由時間は作ってある。下手に外に行かれるより、ビーチで遊んでいてくれた方が管理しやすくて助かるしな」

 お坊ちゃまやお嬢様が多いとは言え、そこは高校生。年に何人か問題を起こす生徒がいるらしい。

 何より大村達、教師陣の頭を悩ましているのが外部の男性。ナンパや盗撮等、ブロッサムのお嬢様方目当てに大勢集まって来るらしい。

(若い頃って、奇跡が起きて自分にもワンチャンあるかもって期待しちゃうんだよな)

 たいてい黒歴史になるんだけどね。

お前等に言っておく。あのお嬢様方のハードルとんでもなく高いぞ。素で持ち物のお値段をチェックしてくるし。


「林間合宿は三泊四日なんだろ?それ位の期間ならナンパや盗撮を防げるぞ」

 俺のメインは営業だから、どうしてもホテルから離れなきゃいけない……日中は、あまり近づきたくないし。

 でも、立場上トラブルは少なくしておきたい。その為に対策は練っておきました。


「本当にか?」

 大村が喜色満面の笑みを浮かべる。

数年前に夜中にホテルから抜け出した生徒がいて、教師陣は一睡も出来なかったそうだ。それでいて管理不行き届きと怒られる理不尽さ。

ちなみに外出理由は、彼女と星を見たかった……馬鹿なの?


「あくまでホテルの中とプライベートビーチの範囲ならだぞ。それと生徒間のトラブルは、ノータッチだからな」

 上手くいけば竜崎の自称ロード教師への対策にもなる。

魔応対君主ロード。俺は腐っても統治経験のあるガチ魔王だ。自称君主のハーレム小僧に負ける訳にはいかない。


「十分だよ。シャーペンか何か買えば良いのか?」

 流石にビーチにシャーペンを埋めるのは、まずい。うちで扱っている文具だってばれたらやばいし。


「どこまでがホテルの土地か分かる地図があれば大丈夫だ」

 せっかく、師匠からもらったスキルなんだから有効活用してやる。


 仁漁に近づくに連れて濃くなる潮の臭いと……魔物の気配。


「この魔力は……まじでセイレーンがいるのか。面倒くせーな」

 思わず漏れる溜息。魔王様、セイレーンとの相性が最悪なのです。


「随分大きな溜息だな。セイレーンって、あれだろ?歌で船員を惑わすっていう人魚みたいなモンスター。お前でも苦手な魔物がいるんだな」

 いや、あいつセイレーンは特別枠だ。為政者時代でも、嫌々関わっていたってのに。

まさか転生してまで関わる事になるとは。


「貨幣文化を持たないから、税金を払わない。その癖、苦情と要望は多い。しかも線の細い男以外認めないから、俺の事を毛嫌いする……お前に分かりやすく言えば、一族総出のモンスターペアレントだよ。マーマンかシーサーペントがいれば、間に入ってくれるのに」

 しかも口が達者で徒党を組んで文句を付けに来るんだよな。噂話が大好きな上に、殆んどの海に棲息しているから、尾ひれ付けて噂が広がるし。

 そこから俺はセイレーンに関する愚痴をこぼしまくった。


「それは前世での話だろ?女性に縁がなかった魔王時代と違って、前は彼女もいたし、女性の顧客もいる。今なら上手く接する事が出来るんじゃないか?」

 セイレーン相手に営業か……そう考えれば、何とかなるかも知れない。


「しかし、あいつ等仁漁の海で何しているんだろ?」

 フォンセも、俺と同じ位嫌われていたから命令に従うとは思えないんだけど。


 マジか?本当にここへ泊って良いのか?

 竜崎ホテルは、普段俺が出張で泊まるホテルとは、ランクが三つも四つも違う感じがする。絶対にクオカードパックとかなさそうだ。


「お前の部屋は三階だ。生徒と同じ階だけど、離れているから安心しろ。俺はホテルの人に挨拶に行って来る」

 チェックインはまだ出来ないので、フロントに荷物を預ける。

(今のうちに地図アプリで確認しておくか……これは面白くなってきたぞ)

どこまでがホテルの土地なのかを確認いておかないと、今回の作戦は上手くいかない。

 だから早めに確認したら、面白い事が分かったのだ。

ホテルと研究所は隣接していた。しかも境界線は海岸にあり、特に目印もなし。散策中にうっかり無断侵入ってパターンもあるのだ。


 きな臭レベルがアップしまくりです。営業しながら、岡流の情報を集めた所、興味深い話が聞けました。

・岡流だけじゃなく、多くのマスコミが研究所を探っていた。そのうち数名が行方不明に。

・行方不明者の殆んどは竜崎ホテルに泊まっていた。

・研究所の近くに海で、綺麗な歌声を聞いた事がある。でも、どこか不気味で直ぐに遠ざかった。

・二本足で歩くトカゲを見た。

 向こうの世界の力を悪用するってのなら、魔王様は容赦しないぞ。

 俺は魔を統べた王ジャントだ。人間なぞ、恐れるにたらず。

 ……でも、このパターンは勘弁して欲しかったな。

(そんな白い目で見なくても、おじさんにも人権があるんだぞ)

 昼休みにホテルに戻ったら、ブロッサムの生徒から白眼視されました。確かに宿泊客の大半は学校関係者だから、おじさんは異物だよ。

 そんな冷たい目で見なくても良いじゃん。


「あの……馬鹿!なんて部屋を選んでくれたんだよ」

 フロントから気配を殺して抜き足差し足で自室に来たのは良いけど、部屋から出れません。

 だってドアの外から若い女の子の声が聞こえてくるんだもん。


「しげちゃんの部屋、僕達と同じ階だったんだね」

部屋番号を教えたら桜が遊びにきた。そう、俺のフロアは女性生徒が泊まる階でした。

 いくらハーレム防止の為とはいえ、肩身が狭すぎる。


「部屋から出にくくて、参っているよ。桜、後からタイムスケジュールを教えてくれ。生徒さんがいない間に出入りする。そして七時以降は部屋から出ないからな」

 夜中にコッソリ抜け出して居酒屋に行くつもりだったのに……酷すぎる。


「しげちゃん、魔王なのに世間体気にし過ぎだよ。同じ看板を超えなきゃ、何も言われないと思うよ」

 甘い。世の中、そんな甘くないぞ。三十過ぎて独身って言うだけで、変な目で見られる事もあるんだからな。


「部屋に来るまでも、冷たい視線に晒されてきたんだぞ。今日は部屋で持ち帰りの寿司でも食うか」

 確か持ち帰りオッケーな寿司屋があった筈。


「だったら、五人前お願いね。皆で遊びに来てあげる」

 桜達は全員同じ部屋らしい。美少女四人が部屋に遊びに来る。高校生の時なら喜んでいたと思うけど、今は胃が痛くなるだけです。

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