甘さと辛さ
この世には神も仏もいないのか……いや、ここに来る様に指示したのは、リアル
「このお店、前から来たかったんです……流石に家族とは来られませんし」
俺達が来たのは、ファンシーでお洒落なパンケーキ店。夏空さんが家族とは来られないと言ったのは、客層の所為だと思う。
客の六割はカップル、三割は女性のグループなのだ。年齢は十代と二十代が主……早い話が、俺一人では絶対に来れないお店なんです。
(師匠はどこで、この店の事を知ったんだ?)
俺を来させた理由は分かる。自分がパンケーキを食べたいのと、ファンシーな店で居心地悪そうにしている
仮にも俺は元魔王だぞ。ドラゴンや魔族を従え、猿人共を恐怖のどん底に突き落とした残虐非道な魔王ジャント……それが俺様だ。
こんなメルヘンな店……昔だったら、灰燼に帰していただろう。
「お二人でお越しの岩倉様、ご案内致します」
ポップでカラフルな制服を着た店員さんに呼ばれる。前世だったら“猿人の娘が、俺に直答だと?笑わせてくれる”とか言って怒った思う。
でも、今は大人しく店内に移動します。
だって、今の俺はしがないサラリーマンなんだもん。ましてや一緒にいるのは、女子高生……暴れてお巡りさんに通報されたら、社会的に死んでしまう。
「夏空さん、行きましょう。テラス席やテーブル席、色々選べるみたいですよ」
でも、お願い。テラス席だけは止めて。おじさん、晒し者にはなりたくないの。
夏空さんとは不釣り合い過ぎて、パパ活おじさんにしか見えないし。
店員さんの笑顔も引きつっているし、胡散臭い目で見ているもん。
「それなら……このカップル席が良いです……駄目ですか?」
夏空さんがおずおずと指さしたのは、半個室のカップル席。料金は少し高めだけど、プライバシーは保護される。
(師匠の供物を確保しなきゃ、駄目なんだよな)
手をつけていないパンケーキが、いきなり消えたら違う意味で不審に思われてしまう。
しかし……しかしだ。おじさんが女子高生とカップル席って、犯罪だよね。
知人に見つかったら、叱られると思う。
「い、良いですよ。夏空さんが嫌じゃなかったら、構いません」
でも、
「それでは、こちらに……注文が決まりましたらお呼び下さい」
俺は幾千もの戦場を駆け抜けてきた古強者だ。大抵の事で、ビビる事はない……でも、これはあかんです。
(いくらなんでも、狭すぎるだろっ!最近の若い子って、こういうの平気なの?)
公序良俗的にアウト過ぎないか?まあ、カップル席だから、恋人同士しか利用しないと思うけど。
「思ったより、狭くて照れ臭いですね。でも、ここなら慈人さんとゆっくりお話出来そうです」
夏空さんは耳まで赤くしながら、席に座った。彼女も恥ずかしいに決まっている。それでも勇気を出して座ったのだ。
大人の俺が躊躇っていたら、彼女を傷つけてしまう。止まり木は、泰然自若に振る舞おう。
「そうですね。まずは注文を決めて、ゆっくり話をしましょう」
大人な態度を取ってみせる魔王様なんですけど、耳まで赤くなっているのが自分でも分かります。
「私は苺のパンケーキと紅茶にします」
今更だけどパンケーキとホットケーキって何が違うんだろう?お洒落なホットケーキの事をパンケーキって言うんでしょうか?
「俺はコーヒーと抹茶と栗のパンケーキ……それとキャラメルバナナのパンケーキにします」
ちなみにキャラメルバナナを師匠のリクエストです。
「慈人さんも林間合宿に行くんですよね……やっぱりユニフォームガーディアン関連ですか?」
まあ、普通に考えて部外者が林間合宿に同行するのはおかしい。ましてや、海辺だし。
「表向きは営業ですけど、指示してきたのは理事長先生ですから……まあ、気になる噂も聞いたので、丁度良かったですよ」
竜崎女学院のロード、それにセイレーン……家でやきもきしているより、よっぽどましだ。
「時間が出来るのは夕方位ですか?」
いつもなら三時頃に仕事を終えて、市場で買い物。定時と同時に居酒屋に行っていた。
念の為に言っておくけど。市場にも顧客がいるからサボりにはならない。
「そうですね。メンテナスや営業をしていたら、どうしても夕方にはなりますし」
昼間は出来るだけ、海岸に近づかない様する。いくら関係者とはいえ、おっさんがウロチョロしていたら、怪しまれるし。
「だったら、ここ一緒に散歩してもらえませんか?」
夏空さんはスマホを見せてきた。そこは夕日が見える海岸。確か恋人達の聖地で、観光協会が推している所だ。
(俺が行っても怒られないよな?)
ちなみに観光協会も、うちのお得意様です。知り合いの漁師に見られたら、絶対にいじられるよな……セイレーンに見られたらブーイングの嵐だろうし。
「それなら海岸の調査で申請しておきますね」
これで大義名分はたつ……でもラルムの生徒さんに見つかったら、どうしよう。
「良いんですか?……パンケーキが来ましたね。コーヒーにお砂糖は何杯いれますか?」
ブラック派なんだけど、その日のコーヒーは妙に甘く感じた。
ちなみに桜達に散々いじられました。
◇
……出社と同時に社長に呼び出された……まさか夏空さんとのデートがばれた。
「岩倉です。何かありましたか?」
素知らぬ顔で社長室に入る。内心ドキドキです。
「ああ、こちら岡流企画の社長さんだ。こいつが岩倉です」
社長室にいたのは、胡散臭い中年男性。金のネックレスをぶら下げ、胸元をはだけさている。
(岡流企画か……確かオカルト雑誌を作っている会社だよな)
一回読んだけど、胸糞が悪くなる内容だった。
霊を食い物としか見ていないゴシップ誌みたいな記事、捏造しまくりな心霊写真。配下のリッチに見せたら、絶対に切れると思う。
「始めまして、岩倉慈人です」
いくら胡散臭いと言っても、相手は社長のお客様だ。最低限の礼儀で接します。
「君が岩倉君か……
いや、自分の部下に行かせろよ。
岡流は挑発的な態度をとっている。さっきのは、脅しのつもりなんだと思う。お前の秘密をばらされたくなかったら、俺の言う事を聞けって言うやつだ。
でも残念。魔王様の方が、そういうは得意なんです。とりあえず理事長と副追にチクってやろろう。
「私は社用で仁漁に行きますので、弊害が出ない事でしたら受けますが」
俺は文武事務機の看板を背負って行くのだ。社名に傷がつく様な真似は出来ない。
仁漁まんじゅうを買って来いとかなら受けてやる。それか魔王様の興味を引く内容かだ。
「うちの息子が仁漁に取材に行ったっきり、連絡が取れなくなったんだ。息子を………
そう言って岡流社長は一枚の写真を差し出してきた。そこに映っていたのは、金髪のチャラ男。どう見ても一般常識のある社会人には見えない。
「……良いですけど、警察か興信所に頼んだ方が良いんじゃないですか?」
普通に考えたら警察案件だ……つまりお巡りさんに言えない
「こいつは、俺の高校の同期なんだ。興信所には、もう頼んだそうだ。しかし、興信所もお手上げらしい。藁にもすがる思いで、俺に頼んできたんだよ」
大恩のある社長に頼むよと言われたら、断れない。
自称霊能力者に頼んだそうだけど『私の手には負えません』と断られたらしい……良いけど、そんなの一般社員に頼むなよ。
「あくまで法律の中で良いのなら、情報を集めて来ますが」
あまり乗り気じゃなかったが、登が取材していた内容を聞いて気持ちが変わった。
その内容は仁漁にある竜崎財閥の研究所で謎の生物が目撃されているって物だった。
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