魔王様は押される

 理事長室に向かう足取りが重たい。今日は間方の件で、理事長と副追さんと会議なんでだけど……。

(大丈夫。まだ手を繋いでいないどころか、デートすらしていないんだし。それに俺と夏空さんは、ただのお友達。やましい事は何もない)

 ……流石に生徒さんとデート?の約束をした後に、理事長室に来るのはプレッシャーが半端じゃない。心の中でも言い訳しまくりの魔王様なのです。


「失礼いたします。文武事務機の岩倉です」

 ノックをして返事を待つ……急な来客とかで会議延期にならないかな。


「お待ちしておりました。入って下さい」

 理事長先生、敬語は止めてもらえませんか?日本だと貴方の方が、社会的地位が高いんですよ。


「失礼します……」

(マジかよっ!空気が重過ぎるんですけどー)

 部屋には理事長先生と副追さんが待っていた。二人共、眉間に皺を寄せており、部屋の空気が重たい。

 俺、元魔王だ。修羅場には慣れている。でも、今はリーマンな訳で、ここから逃げ出したいです。


「岩倉さん、ご苦労様です。もうご存じだと思いますが、間方が留置場で死亡しました。今回は、その事でご意見を伺いたいんです」

 死亡か。殺されたって言わないのね。死因は不明。突然苦しみだし、そのまま死んだらしい。


「十中八九。口封じですね。俺が間方に寄生させたダニが、竜崎と土貴に移動していました」

 かなり小さめに品種改良してあるので、気付かれる事はないと思う。


「竜崎と土貴にアポを取ってみますか?留置場に聞けば、誰が面会に来たか分かりますし」

 副追さんの顔が強張っている。まあ、事態が事態だし、仕方がない。でも、それは悪手だ。


「止めた方が良いですね。今は刺激を掛けない方が得策です……これを見てもらえますか?」

 間方の魔石をテーブルに置く。それを見た二人は息を飲んだ。


「岩倉さん、これは」

 重苦しい沈黙の後、理事長先生がようやく口を開く。


「間方の魔石です。穢れが溜まりまくって、呪物レベルになっていますけどね」

 魔力抵抗の少ない人が触ったら、精神に支障をきたすレベルだ。


「これは持って帰らない方が良いですね」

 学生に命懸けの戦いを強いるユニフォームガーディアンには、反対派も多いらしい。特にここ数年は死者も出ている。こんな呪物紛いの魔石を持って行ったら、確実に反対派が勢いづく。


「あれでしたら、私が封印しておきます。それと学校に結界を張る事も可能ですよ」

 文具を買ってくれたら、それを触媒にします。今ならお好きなレベルの結界を張る事が可能ですよ。

 防犯もばっちりだし、マスコミ除けも出来ます。


「マスコミ除けも出来るんですか……後日、発注を掛けさてもらいます」

 追加で関係者用に結界を付与した高級シャーペンの発注も頂きました。魔王様、ホクホクです。


「結界を張る時は、不審に思われない様に誰かを同行させてもらえれば助かります」

 第一希望は大村先生、第二希望は桜です。


「同行で思い出しました。岩倉さん、我が校の林間合宿に同行して頂けますか?」

 前なら水着女子校生を見れるチャンスって、喜んでいただろう。でも、今は気が重いです。


 ◇

 友達と知人の境界線って、どこでしょうか?最近、夏空さんからのライソが増えた感じがします。

 夕べも二時間近くライソしていました……まだ知人で通せる筈。

(夏空さんからライソ?今から行きますね?)

 どこにと思っていたら、誰かに肩を叩かれた。


「滋人さん、一緒にお昼ご飯食べませんか?」

 振り返ると、満面の笑みを浮かべた夏空さん。魔王様、理事長室を出て数分で夏空さんに確保されました。


「残念ですけど、弁当とか持って来ていないんですよ」

 亜空間には入れてあるけど、あれは非常食……決して周囲の目が気になるからじゃないぞ。


「それなら僕が購買でお弁当を買って来てあげる。しげちゃんは、祭と話をしていれば良いよ」

 逃げようとしたら、桜がブロックしてきた。普通はおじさん相手に妨害こそすれ、協力しないと思うんですけど。

 桜に二千円を渡しておく。


「それじゃ、裏庭に行きましょう」

 ウキウキ顔で歩き出す夏空さん。学園有数の美少女だけあり、注目の的だ。しかも一緒にいるのは見知らぬおっさん、余計に注目を集めてしまう。

 魔王様は胃が痛いです。


「祭に岩倉さん?……俺も一緒して良いか?……岩倉さん、今の祭は周りが目に入っていないんだ」

 秋月さんは、小声で教えてくれた。どうやら、俺の顔を見て察してくれたらしい。助かります。


「しげちゃん、お待たせ、はい、唐揚げ弁当」

 そして四人で食事を開始……桜はちゃっかり自分の弁当も買っていた。


「いただきます。おっ、美味いな」

 流石はブロッサム。弁当のレベルも高い。


「滋人さん、野菜も食べて下さいね」

 夏空さんは俺の隣で食事を開始……これが高校時代だったら、心の底から幸せだったと思う。でも、今は世間体が気になるのです。


「しげちゃん、理事長先生に呼ばれていたみたいだけど、何かあったの?」

 監視されているので、嘘はつけない。


「間方の件で、ちょっとな。本業はひと段落したから、今週はゆっくり休める」

 お約束で、なんの用事もないけどね。


「それじゃ、慈人さん今週の土曜日に出掛けませんか?」

 そこから会話は終始夏空さんペースで進んでいき、お出掛けの日にちも決定。

(土曜日に二人でカフェか……傍から見かたら、どう見られるんだろ)

 親子……年齢的に無理があるか。おじさんと姪……距離感が遠すぎます。俺、夏空さんにため口で話せないし。パパ活おじさんと女子校生……どう見ても、これにしか見えないと思う。

 でも、それは夏空さんの沽券に関わる。つまり不信感をもたれない様に幻術でも掛けておくべきか。


「休みの日に付き合って頂き申し訳ありません……そうだ、俺も林間合宿に同行するから」

 夏空さんの押しに圧倒されっぱなしです。一度桜にパスを出して会話の流れを変える。


「同行って、何するの?まさか僕達の水着を見る為?」

 桜も空気を変えようとしたらしく、冗談で返してきた。


「理事長先生から頼まれたんだよ。名目上は向こうでの営業になっているけど、泊まるのは竜崎ホテルだ」

 俺が承諾すると福追さんが、どこかに電話した。そうしたら、即メンテナス依頼が入ったのだ。


「猿森の時と一緒か。水着見られなくて残念だね」

 何十人もの女子校生の水着姿。しかも美少女率高し。確かに残念だ。


「そうだな。でも、高校生の集団におじさんが混じっていたら、警戒されるだろ?……秋月さん、あの人誰ですか?」

 あれは、まずい。どうにかしないとやばい事になるだろう。

 ショートボブで小動物系の美少女なんだけど、沢山の霊に憑りつかれている。


岡流おかながれ都。俺達と同じ一年生だ……何か視えるのか?」

 視えるっていうか、大勢付き過ぎていて判別出来ないレベルだ。


「都ちゃん、心霊スポットで動画配信するのが好きなんですよ……慈人さん、祓えますか?」

 だから、あんなに憑いているのか……寮だったら、同室の子にも霊障が出るレベルだ。


「前も言いましたけど、俺のは浄霊じゃなく消霊なんですよ。輪廻に支障をきたします。何より元から断たないと意味がないですし……どれだけのレベルか見ますか?」

 まずは心霊スポット巡りを止めさせないと意味がない。全員が頷いたので、霊視の能力を付与する。


「……なんだよ、あれは?岩倉さん、なんとかしてくれ。あんなのが近くにいると思うと、勉強に集中出来ないよ」

 秋月さん、涙目。いや、俺以外全員涙目なんだけどね。殆んどが悪霊で、嫌な笑みを浮かべている

 お約束で、三人の反応に気付いたのか数体の霊が寄ってきた。


「俺の昼飯の邪魔しようってのか……消えな」

 せっかく大好きな素パスタを食べようとしていたのに。


「嘘でしょ?しげちゃんが睨んだだけで、幽霊が消えた」

 幽霊は精神体だ。魔力を込めて睨めば、消す位簡単である。


「悪霊の癖に、魔王様おれの飯の邪魔をしたのが悪いんだよ」

 俺は唐揚げの下に敷いてある素パスタが大好きなんだぞ。それを食う邪魔をしたんだ。有罪に決まっている。


「器、小っちゃ!確かに僕達が何とかしてって言ったけどさ」

 ……春人さんに弁当代請求するぞ。お前が食っているハンバーグ弁当の方が高いんだからな。


「とりあえず配信を止めさせた方が良いぞ。夏空さん、土曜日お願いしますね」

 もうこれ以上女子校生と関わるのは危険だ。今でさえ、やっかみの視線が酷いのに。


「はい、楽しみにしています……後、水着買うのに付き合ってもらえますか?」

 夏空さんは、はにかみながらそう言った……幻術の前に、性欲を抑える魔法を創ります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る