魔王様は気付かない

 軽薄そうな青年まがたの目はどろりと澱んでいた。これだけの戦力差があったら、なりふり構わず逃げる筈。しかし、間方は怯えながらも、その場にとどまっている。

(かなり穢れが溜まっているな……まあ、逃げられるよりましか)

 欲望のまま、力を使いまくったんだと思う。間方は命の危機より、己の欲望を優先したのだ。

 わざと魔力を弱くして、まがたが針に掛かるのを待つ。


「魔力が弱まった?……さっきのは、気の所為だったんだな。おい、おっさん。そこをどけ」

 途端に調子づく間方。いや、もっと疑おうよ。おじさんの心配?をよそに間方の視線は、夏空さんと海灘さんをロックオン。初めてエロ本コーナーに来た中学生並みにガン見している。


「はい、そうですかってどくと思うか?まあ、頭の中が、どピンクの間男に言っても無駄か」

 一歩だけ後方に下がる。なんとかして間方をアパートにおびき寄せないと。


「邪魔だって言ってんだよ。死にたくなきゃ、女をこっちに寄越せ」

 そう言うと間方は腰ポケットから、何かを取り出して手にはめた。

 こいつは、どれだけ俺を怒らせば済むんだ?


「ケルベロスの牙をはめ込んだメリケンサックか」

 ケルベロスの牙には、毒があり人間が噛まれたら死んでしまう。


「良く分かったな。こいつを殺すのは、苦労したぜ。」

 はい、余罪が発覚しました。あの牙の大きさからして、まだ子供犬のケルベロスだ。日本で言えば子犬を虐めて、自慢している様なもんだぞ。


「夏空さん、ここは俺に任せて二人と避難して下さい」

 おんなのこを逃がす事で、確実に食いつかせる作戦だ。


「慈人さん、分かりました!私について来て」

 慈人さん?俺の聞き間違いでしょうか?

 なんか夏空さんが、滅茶苦茶キラキラした目で返事してくれていたんですけど。


「逃がすかよ。死にな、おっさん」

 右手に硬化の魔力を流し、牙を受け止める。人間にとっては毒だけど、魔王である俺には無害である。魔王時代は、成犬のケルベロスに、毎朝甘噛みされていたんだぞ。


「玩具を持ったからってはしゃぐ年でもないだろ?良い年した大人が、子供の恋愛を邪魔するんじゃねえよ……ほーらよっ」

 前に雪守さんに使った魔力猫だましを間方に喰らわす……自分で言っておいてあれだけど、中々のブーメランだと思う。

 エレベーターは、無事俺の住む階に到着。エレベーターを呼び戻しつつ、副追さんにメッセージを送る。


「ふざけた真似しやがって……残念だな。エレベーターはまだ来ねえぞ」

 おぼつかない足取りでこっちへ向かってくる間方。知っている。俺、ここに何年住んでいると思っているんだ。


「残念ながらエレベーターは今着いたぜ。もう遅い時間だ。子供は、家に帰って小便して寝なさい」

 今帰れば、まだ人生やり直すチャンスはあるぞ。まあ、絶対に追って来る流れだけど。


「お前は馬鹿か。女共が降りた階は、もうチェック済みだ。警察呼んでも無駄だぜ。俺の力を使えば、全員言いなりになるんだからな」

 先に言っておく。今のセリフはフラグになるぞ。


 ◇

 そこは闇に包まれた空間。足元を見るだけで、吸い込まれそうな感覚におちいる。


「なんだ?ここは!エレベーターが消えた!?」

 当然、初めて来た間方は、状況が掴めず慌ていた。

 俺も保守点検の時にしか来ない……嘘です。仕事でやらかした時、ここでへこんでいる時があります。


「ここは俺が作った結界の中だよ。アパートで騒がれたら、近所迷惑だしな」

 魔王様はお前に襲われるより、ご近所さんに迷惑を掛けない方が大事なんです。


「嘘だろ?こんな大規模な結界を作られるなんて……それにケルベロスの毒も効いていない……お前は一体?」

 ここは俺が作った結界。俺の支配下にあり、日本の領域外になる。


「未成年に催淫術を使った罪、そして強引に飲み屋で働かせた罪、まだ幼犬のケルベロスを殺した罪……何より愛し合う恋人同士を引き裂こうとした罪。よって魔石剝奪の刑に処す。魔王セイテン審判ジャッジメント

 師匠からもらった手袋をはめて間方と対峙する。手袋を借りていて良かった。あんな穢れた魔石に、素手で触りたくないもん。


「なんだ?体が動かねえ」

 間方は余程怖いのか、顔が青ざめている。それと俺が魔石を引っぺがすまで動けませんので、あしからず。


「汚ねっ!穢れが溜まっているってレベルじゃねえぞ……確か厚手のビニール袋を入れておいた筈だよな……あった、あった」

 間方から強引に引っぺがした魔石をビニール袋に入れる。念の為、二重にしておく。


「た、助けて下さい。命だけは……」

 何人の女の子、同じ事を言ったんだろうな……でも、魔王様はあえて言いません。


「生き延びたかったら、俺から逃げてみな」

 魔力を全開にして、あえて角を出す。


「ば、化け物っ!」

 失礼な。俺からしてみたら、お前の方が鬼畜な化け物に思えるぞ。

 結界から出て副追さんに電話を掛ける。


「間方がそっちに向かいました。女の子の保護と、後始末をお願い致します。それと間方の魔石は私が回収しましたので」

 結界は間方の店と一時的に繋げている。魔石を取られた間方は、ただの一般人。当然、女の子に掛かっている術も解ける。


「外まで悲鳴が聞こえてきていますよ……間方も無事に確保出来ました。魔石は後日受け取りますので。ご苦労様でした」

 俺は、あらかじめ副追さんに店の近くで待機してもらっていたのだ。そう、お巡りさんと一緒に。

 術の解けた女の子はパニックになり、泣きわめくだろう。そこに間方が現れれば、一斉に間方を責め立てる筈。アフターフォローの為に、精神を癒せるヒーラーも同行してもらっている。

(後は魔石を解析すれば……うん?)


「慈人、ちょっと良いか?」

 真剣な表情の大村と春告鳥先生が立っていた。その横にはワクテカ顔の桜、秋月さん、雪守さんの三人……何があったの?

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