魔王様は激高する

 飲み会で自分がついていけない身内ネタで盛り上がられるときついよね……卒業生の話や行事の話をされても魔王様参加出来ないんですが。

 でも、二人共気付いていないと思う。だってお互いの事しか見えていないって感じだし。

 今、変顔してもバレないと思う。どこまでしたらバレるだろう?とりあえず鼻をほじってみるか……虚しくなりそうだからやめます。

(大村も年貢の納め時か……飲みに誘いにくくなるな)

 寂しいけど、友人の幸せは素直に嬉しい。

俺は前世も含めると三百年近く生きている。もう立派な大人だ。嫉妬等せず祝ってやろう。

 とりあえずスマホでも見て気を紛らわします。この間見た掲示板をチェックしてみる。

仁漁じんりょう海岸で正体不明の歌が聞こえてくる。音良おとよし峠の廃ホテルに霊が出るか……直ぐに動く案件はないな)

 海で歌って言えばセイレーンだけど、配下にいなかったし。セイレーンって線の細い優男が好きだから、俺を見ると逃げるんだよな。


「仁漁海岸か……岩倉、お前あそこにも、お得意様がいるのか?」

 もう少し詳しい情報がないかと、仁漁海岸のホームページをチェックしていたら、大村が話しけてきた。


「俺の担当区域だよ。月一で顔出ししているぞ」

 仁漁海岸は、夏になると大勢の海水浴客が訪れる。でも俺が担当しているのは、観光客があまり行かない街中。

 漁村だけに新鮮な魚が美味い。漁師さんが集まる居酒屋で、一杯やるのが秘かな楽しみだ。


「うちの学校でも毎年林間合宿で世話になっているんだ。竜崎財閥で運営しているホテルがあるだろ?あそこで世話になっているんだよ」

 うん、存在は知っている。くそ高いホテルだよね。ちなみに魔王様はお約束のビジネスホテルです。


「先生も大変だな……春告鳥先生にお聞きしたいんですが、今でも昔の仲間と付き合いはあるんですか?」

 ようやく聞きたかった話題に辿り着けた。セキュリティーガーディアンが実際に元ユニフォームガーディアンに接触してきているか?

 既に繋がりがある元ユニフォームガーディアンはいるのか?

 この二点を聞き出したい。



「パーティーを組んでいた人達とは、たまに連絡を取っていますよ。私も岩倉さんにお伺いしたい事がありまして」

 先生、方相はパーティメンバーじゃなかったんでしょうか?

(避けられている事に気付かなかったんだろうな)

 方相の言い訳を真に受けていたんだと思う。この調子じゃ相手の腹を探る力はないと思う。


「私で答えられる事だったら、なんでも答えますよ」

 大村の好みや元カノの話なんでも教えてあげよう。そして魔王様は頃合いをみて、違う部屋で待機をさせてもらいます。


「夏空祭とは、どういうご関係なのでしょうか?前にこんな事を聞かれたのです。『大人の男の人は、何をしたら喜びますか?』と……私なりに調べて岩倉さんの事じゃないかと思いまして」

 生徒にそんな事を言われたら、気になるよね。調査している内に俺に辿り着いたと……下手に隠す方が不利になるな。


「どうといわれましても、校外指導員と生徒としか言えませんよ。桜……春里さんと夏空さんが親しいので、何度か校外で会った事はありますが」

 やましい事は一切していないのに、冷や汗が背中を伝っていく。師匠かみに誓って言う。手も繋いでいません。


「でも、彼女は貴方に知人以上の好意を抱いている感じがするんですよ」

 しかし春告鳥先生の不信感は解けず。疑問に思って当たり前だ。俺は冴えないおっさんなんだし。

 助けて、大村先生!チラ見をして親友おおむらに助けを求める。


岩倉こいつに前世の記憶があるって話をしましたよね。夏空とは前世で婚約者同士だったらしいんですよ」

 助かる。俺が言っても胡散臭いだけだし。何より春告鳥先生が、どれだけ俺の情報を知っているのか分からない。


「ついでに言うと夏空さんに宿っている魔石も婚約者の物です。彼女が俺に好意を抱いているとしたら、魔石の影響が大きいかと」

 いや、それ以外有り得ないんだけど……そして大村が前世の事をかいつまんで話してくれた。魔王の件は隠してくれたので、大変助かります。


「転生して巡り合ったら、年齢差があった。しかも記憶があるのは岩倉さんだけ……物語みたいな話ですけど切ないですね」

 春告鳥先生は悲しそうな顔をしているけど、俺はもう吹っ切れている。


夏空フェスティさんが幸せにしている。それだけで、俺は満足です。気掛かりなのは敵討ち位ですよ」

 イフリートのフレイガ……あいつだけは絶対に俺の手で倒す。


「それを聞いて安心しました」

 春告鳥先生の顔が和らぐ。さっきまで不信感全開でした。ほっと胸を撫で下ろした瞬間、部屋のドアが開いた。


「たこ焼き持ってきました……岩倉さん、ちゃんと野菜も食べて下さい!」

 部屋に入って来たのは夏空さんと秋月さん。夏空さんは部屋に入るなり、俺の隣に着席。そして野菜を焼き始めた……春告鳥先生の目が怖いです。


「向こうはカップルだらけだろ。なんか居づらくてさ……誰かさんが落ち着かないし」

 秋月さんが悪戯っぽく笑う。二人以外はカップルだけだもんな。カップル?

(間方の場所は……近づいて来ているな)

 まあ、ここいる限り近づく事も出来ないんだけど。


「それは大変でしたね。夏空さん、海灘さんはどうしていますか?」

 友達に囲まれているとはいえ、知らないおっさんの家だとくつろげないと思う。


「さっき永倉君とジュースを買いに行きましたけど」

 マジかよ……冷蔵庫にジュースを入れておいたのに『そこまで甘える訳には』と言って買い物に行ったらしい。


「大村、間方が近くに来ている。俺は二人を助けに行く。春告鳥先生は二人が戻ってきたら保護して下さい」

 取る物も取らず、外へと向かう。


「私も一緒に行きます」

 夏空さんの言葉を聞きながら、俺は階段を一気に飛び降りた。

(二人を確保するより間方をぶっ飛ばした方が早いな)

 挨拶はしたけど、信頼関係は無いに等しい。なにより命のやり取りに巻き込む訳にはいなかい。


 間方まがた音鳥カナリアは、一人ほくそ笑んでいた。彼の目の前にいるのは一組の男女。仲睦まじく、普通の人が見れば微笑ましく思うであろう。

(今のうちにいちゃついておけ。後少しで体も心も俺の物になるんだからな)

前日、せっかく手にいれた女子校生を突然現れた男に奪われてしまった。

その所為で店長に手ひどく叱責されたが、汚名返上のチャンスがやってきたのである。

店長から何とかもう一度篭絡して来いと厳命され、ラルムに潜入すると、とんでもない幸運が訪れたのだ。

海灘が霞んでしまう様な極上の美少女が四人も集まるたこ焼きパーティーの情報を掴んだのである。

(どの子から味見しようかな。もう少しで酒池肉林の天国だ)

 彼はまだ知らない。自分が行くのは天国ではなく、地獄である事を。そして背後から規格外の化け物が近づいて来ている事を。


 永倉真面目と海灘真理は他愛のない話で盛り上がりながら、アパートに向かっていた。そんな二人に一人の男が近づいていく。


「すいません。道を教えて欲しいんですが」

 話し掛けてきたのは、人の良そうな男性。間方音鳥である。

間方は下卑た笑顔を笑顔の仮面で隠しながら、二人に近づいてきたのだ。


「良いですよ。どこに行きたいんですか?……真理ちゃん?」

 真面目が振り返ると、真理は青ざめた顔でガタガタと振るえていた。


「こりゃ、良い。術は解けても、俺の事を覚えているんだ。真面目な彼氏の前で寝取り、乙だね」

 間方もう下卑た顔を隠す気はなかった、舌なめずりをしながら二人に近づいていく。


「真理ちゃん、逃げてっ!」

 真面目が真理を庇う様にして間方の前に立つ。その勇敢な行動さえも間方にとって寝取りのスパイスである。

今間方は幸せの絶頂であった。そう、人生最後の幸せである。


「無駄だよ……これを見な……あぐわぁ」

 間方がインキュバスの指輪を真理に見せようとした途端、意味不明な言葉を放ってその場に崩れおちた。


「そんな物、女性に見せるんじゃねえよ。ここはおじさんが何とかするから、アパートに戻って下さい」

 慈人が間方の指をへし折ったのだ。元魔王である慈人にとって人の指を折るのは造作もない事。そこに一切の罪悪感は働かない。


「岩倉さん、大丈夫……みたいですね」

 後ろから駆けつけてきた祭がホッと胸を撫で下ろす。


「かえって良い女が手に入ったぜ……なんだ、このふざけた魔力は?」

 ポーションをがぶ飲みした間方が祭に目をつける。もう一度インキュバスの指輪を使おうとした瞬間。間方はこれまで味わった事がない濃密な魔力に怯えだした。


「今度こそ守るんだ……俺の大事な人に指一本でも触れてみろ!本当の地獄に送ってやらあ」

彼は一番やってはいけない事をしまったのだ。そして慈人も激高するあまり、当の本人まつりがいる事を忘れていたのである。

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