魔王の威厳
方相の店は、それなりの大きさがある。しかし、人形を飾る棚や着せ替え用の服を展示するケース等に場所を取られて、人が動ける範囲は決して多くはない。
無論、ドールショップとしては何の不都合もなかった。この店の主役はあくまで人形と、それを求める客なのだから。
ここはドールショップ。人形の為に作られた店であり、人が戦う事には適していない。
「この狭さで、まともに戦えるかな?まあ、俺の可愛い人形達からすれば十分な広さなんだけどな……俺達の城に敵が来たぞ。みんな武器を取るんだ」
方相の言葉に呼応して、人形達が一斉に動きだす。猿の人形が、皆に武器を渡していく。剣を受け取ったフランス人形が、椅子から立ち上がった。
店の奥からは鉄パイプを持ったマネキンが、ぎこちない動きで迫ってくる。
それを率いるのは四体の人形。リザードンは一番高い棚へ上り、フランス人形と共に慈人の頸動脈を狙っていた。
ロックゴーレムはマネキンと共に、慈人の前に立ちはだかり牽制している。
ジャイアントバットは妖精のフィギュア達と共に、慈人の周囲を旋回していた。
方相の隣では、インプが不敵な笑みを浮かべている。
「悪いな。室内戦闘のノウハウ位あるんだよ」
慈人はそう言うと、亜空間に手を突っ込むと一本の剣を取り出した。魔王には不釣り合いな白く輝く
魔王時代に慈人が愛用していた剣の一つである。
「良いのかい?こいつ等の中には魔物だけでなく、人間の魂を封じ込めた奴もいるんだぞ。身体が傷つけば、魂も傷つく。つまり、人殺しになるんだよ」
方相はそう言うと、高笑いをした。ここは文字通り方相の城なのだ。戦闘員もいるし、人質も確保してある。
ユニフォームガーディアンに攻め込まれる事を想定して作った城なのだ。
そう……あくまで対ユニフォームガーディアンであって、対魔王ではなかった。
「俺は元魔王だぜ。何万もの人間殺した男だ。いまさら殺人を忌避すると思うか……なにより、俺は元とは言え王様なんだぜ」
慈人はそう言って、目を瞑ると深く息を吸った。
そして目を開けると、何人も犯しがたい威厳を放ち始めた。サラリーマン岩倉慈人から、魔王ジャントへと変わったのだ。
ジャントはレイピアを高々と掲げると、人形達を睥睨した。
「我が名はジャント。俺に剣を向ける意味を分かっているのか?この愚か者共がっ!」
地の底から響いてくる様な、重く低い声である。
普段の慈人の声とは違う威厳に満ちた支配者の声だ。
その声を聞いた何体かの人形が床にひれ伏した。亡くなったとはいえ、彼にとって魔王ジャントは未だに畏怖の対象であり、尊敬すべき王なのだ。
そしてレイピアは戦場で、ジャントが指揮棒代わりに使っていた物である。実際に戦場で見た者もいたし、両親から昔話として聞かされたものもいた。
「お前は誰なんだ?さっきとはまるで別人……」
方相は言い知れぬ恐怖に包まれていた。ケンカもした事のない様なサラリーマンが、一瞬で歴戦の雄に変わってしまったのだ。
「魔王だと言ってるであろう?人間とは言え無辜の民を殺しては、為政者として失格だ。少し大人しくしていてもらうぞ」
そう言ってジャントが亜空間から取り出したのは、業務用のプチプチ。場にそぐわない物を取りだされた事で、方相の恐怖が和らぐ。
「そんな物でどうやって、戦うんだ?お前等、掛かれ」
虚勢を張るかのように指示を出す方相。そんな方相とは真逆に、プチプチを見て恐怖に震える者がいた。
「あんた、馬鹿!良いから、早く私の身体を返して。この店の事も、あんたの事も黙っているから。ううん、身体もいらない。私をここから出して……お願いします」
サキュバスである。サキュバスは、ここから逃れたいあまり方相に土下座して懇願したのだ。
「プチプチの何が怖いっていうんだ?」
方相は気付いていなかった。プチプチがまるで意思を持っているかの様に動きだし、人形達に近づいている事を。
「分からないの?あいつは魔素が含まれていない
サキュバスが言い終えようとした瞬間、プチプチが人形達を飲み込んだ。
「そんな大袈裟な物ではない。封印魔法を応用しものだ……そうさな、梱包魔法とでも名付けようか」
鷹揚とした態度で話すジャントであったが、サキュバスはその実力に怯えていた。
(新しい魔法を創れる魔族なんて一握りもいないのに……こんな短期間で、魔法を創れるなんて)
実際に魔法を使える魔族だからこそ分かる魔王の底知れぬ力。
「早く魂を解放しなさいよ。あいつは人間と自分に逆らわない者……それを区別する為だけに、新しい魔法を創って、力を解放したの。勝てる訳ないの」
サキュバスは方相を助けたくて、忠告したのではない。この場から一刻でも早く、逃げたいから忠告したのだ。
しかし、方相の耳にサキュバスの忠告は届かなかった。 サキュバスが口を開いたと同時にジャントは残った人形を切り刻み終えていたのだ。
「嘘だろ?俺の兵隊が瞬殺だと?まだリピードがいる」
かつて仲間と共に死力を尽くして、ようやく倒せた魔王リピード。一対一で勝てる存在はいない筈であった。
「お前が言っていたのは、こいつかい?残るはお前だけだぜ。俺の可愛い後輩にふざけた真似をしたんだ。覚悟は出来ているんだろうな!」
ジャントは方相の目前にレイピアを突き出してきたのだ。その剣先にはリピードだった物が、刺し貫かれていた。
リピードは抵抗すら出来ずに、貫かれていたのだ。
「俺の何が悪い?命懸けで、戦ったのに……俺のお陰で、平和に暮らせているのに……女は誰も俺を見ない」
方相は泣きながら叫んだ。しかし、相手が悪すぎた。もし、ジャントが魔王時代に権力を使えば、世界中の美人を手に入れる事も可能であったのだ。
目の前にいるのは、欲より王として責務を全うした男である。
「戦いなんてのは、誰の為でもない。自分と、自分の大切な物の為だけにするんだよ。褒章も責任も、手前だけのもんだ。ユニフォームガーディアンの銭で、この店を建てたんだろ?おかわりなんて、みっともない真似すんじゃねえ」
ジャントはレイピアを構えると、方相の腹に突き立てた。狙ったのは、方相の腹にある魔石。ジャントは、レイピアを通じて魔石に魔力を流し込む。
ものの数秒で、方相の魔石は粉々に砕け散った。
「俺の兵隊が……仲間が……」
動かなくなった人形を見て、絶望する方相。魔石が砕け、スキルの呪縛から解放されただの人形へと戻ったのだ。
ジャントは方相に無言で近づくと、その顔面を思いっ切り引っ張たいた。たまらず気絶する方相。
「ネクロマンスッ、魂よ、元の身体へ戻れ。戻れない奴は、こいつに憑りついて、今までの恨みを晴らせば良い。なにかするなら、そいつの家でしろ……お前も好きにしな……いないか」
ジャントはサキュバスを焚きつけようとしたが、肝心のサキュバスは既に方相の店から逃げ出していた。
サキュバスが向かったのは、虜にした一人の男性の家。上司にも報告していない人の良い青年の安アパートである。
◇
車に戻ると、伊庭が人形を抱きしめていた。暗がりの中、人形を抱きしめる青年…なに、これ怖い。
取りあえず、通報されてなくて良かった。
「伊庭、病院に行くぞ……それと、いつでも電話に出れる様にしておけ」
五分位経っただろうか。伊庭の携帯が鳴ったかと思うと、車内に涙声が響き始めた。
「あり、ありがとうごじゃいます……はい、今がら向かいまずので」
良いけど、これって完璧私用だよね。ガソリン自分持ちか。
(まあ、後輩の笑顔で充分お釣りがくるな)
嬉し泣きしている伊庭が見れた。今回の報酬は、それで十分である。
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