魔王様は戦いに備える

 何が原因なんだ?状況を飲み込めず困惑してしまう。気持ちを落ち着かせる様に、右角を手で掻く。

(そうか、きっと魔力が強すぎたんだな)

 秋月さんが今まで会った魔族の中で一番強いのサキュバスだ。今の俺はサキュバスとは比べ物にならない魔力がある。驚くもの無理はない。

 

「ジャント、私だ。フェーアだ。私は今セイの口を借りて喋っている。セイは精神に負担が掛かり過ぎていたから、眠らせた」

 声は秋月さんだけど、魔力や気配はフェーアさんの物である。


「すいません、お手数を掛けます。少し、軽率過ぎました」

 魔王時代は睨んだだけで、人を殺す事が出来た。全盛期だったら、秋月さんは死んでいたかもしれないのだ。


「正直、お前の魔力に驚いている。まさか、ここまで強くなっているとはな……まだ全ての力が戻った訳じゃないんだろ?」

フェーアさんの言う通り、全盛期にほど遠い。体感として二割戻っているか、どうかってところだ。


「ええ、でも制御は出来るので安心して下さい。角も隠せますし」

 漫画とかなら力に溺れるとかあるけど、これは元々俺の力なんだし。


「やっぱり気付いてなかったか。お前、魔族に戻りつつあるぞ……言い難い事だけど、今のお前はもう人間じゃない」

自分自身にアナライズを掛けて愕然とした。フェーアさんの言う通り、俺は人間ではなくなっていたのだ。

 でも、それなら納得出来る。

 動物園のライオンや熊が怖くないのは、檻に入っているからだ。敵意がなくても、目の前に野生のライオンや熊が現れれば、人は命の危険を感じてしまう。

秋月さんは俺の魔力ではなく、俺自体に怯えていたたのだ。


「……そうみたいですね」

 戻ったのはまだ右手と右角だけである。それだけで、ここまで影響が出るとは。


「気をつけろ。お前は困った時に右の角を掻く癖があるんだよ。当たり前だけど、角のない人間は、そんな事をしない。でもお前は無意識に角を掻いた。意識も魔族に戻りつつあるんじゃないか」

 前世の記憶が戻ってから、俺は意識的に人間を演じていた。家族や知人を悲しませない為に、人より人らしくあろうとしたのだ。


「体に引き摺られたみたいですね。気を付けます」

 常に意識していないと、人前で魔法を使ってしまうかもしれない。何より今の俺はためらいなく、人を殺せると思う。


「私が言いたいのは、そういう事じゃないよ。このまま、前世の身体を取り戻していったら、お前はこの世界に住めなくなるぞ」

 でも、前世の身体を悪用されたら人に被害が出てしまう……人を守る為に、日本に住めなくなる可能性があると……。


 結界を解いて、病室へと戻る。


「晴君、顔が青いけど大丈夫?」

 いち早く変化に気付いた夏空さんが秋月さんに駆けよる。


「大丈夫だ。サキュバスは俺のミスで逃がしてしちまったけどな」

 流石に俺に怯えたとはいえなかった様で、秋月さんが咄嗟に嘘をつく。


「晴、サキュバスが出たの。勇気、行かなかなくて良かったじゃん。あんたが行ってたら、一発で魅了されていたと思うよ。でも、良くそのおじさんは平気だったね」

 剣崎君をからかっているのは、ギャルっぽい少女。多分、実さんのパーティーメンバーだと思う。

 彼女は俺に興味を持ったのか、じりじりと近づいてくる。


宝石たからいし先輩、岩倉さんはサキュバスなんかに魅了されませんので」

 いつの間にか夏空さんが間に入ってきた。それは少し買い被り過ぎだと思います。


「こっちをはめる気が見え見えでしたので……皆さん、喉が渇いていませんか?ジュースか何か買ってきますよ。飲みたい物があったら、これに書いて下さい」

 ポケットにいれておいたメモ帳を弾いて、ボールペンと一緒に夏空さんに手渡す。ちなみにそのボールペンは、今季一押しの物です。

 サキュバスが向かった所を特定したいのだ。なにより病室で浮いているのが分かって、いたたまれないのです。



「これで全員書いたな。岩倉さんだっけ?私も一緒に行くよ。一人で持つのは大変だろ?」

 宝石さんがメモを持ちながら、近づいてくる。白樺さんと良いコミュ力高過ぎませんか?


「先輩は病室ここで待っていて下さい。私が行ってきますので」

 満面の笑みを浮かべた夏空さんが再びカットインしてくる。なんか笑顔が怖いです。

 桜助けて、超助けて。でも、桜はこの場にいない。大村に視線を向けて助けを求める。


「少し岩倉さんと話があるので、私が行ってきますよ」

 先生モードの大村が二人を制してくれた。流石に二人共、大村先生には逆らわない。


「助かったよ……大体あの辺だな」

 地図アプリを立ち上げ、サキュバスが向かった場所を探す。


「何しているんだ?……それと何があった?」

 流石は先生、気付いていたか。


「サキュバスが向かった先を特定してるんだよ……まじか」

 サキュバスは魔力に対して犬並みの嗅覚を持つ。プレゼン魔法にかかったサキュバスは、絶対に伊庭の彼女を意識不明にした奴の所へ行く。

(アクセサリーショップの入っているビルじゃないか……入っているテナントを調べてみるか)


 調査した所怪しい店が一つだけあった。アクセサリーショップの隣にあった人形専門店である。

 怪しいと思った理由はただ一つ。店主が元ユニフォームガーディアンだったのだ。

 名前は片相かたそうとおる、春告鳥先生とパーティーを組んでいたらしい。

 ジョブはドールマスター、スキルを活かして起業か。うらやましい。

(人形か……あまり詳しくないんだよな)

 調査し行きたいけど、怪しまれないだろうか?

アクセサリーショップに顔を出したついでに寄る……アクセサリーショップは、俺の担当じゃないから無理だ。

 行ったところで確たる証拠がないと、問い詰めるのは難しい。


「先輩、金曜日仕事終わり暇すっか?」

 考え事をしていたら、伊庭が声を掛けてきた。いつもと同じ明るい口調だけど、事実を知った今は痛々しく感じる。


「ラルムから呼び出しをも来てないから、暇だよ。どうした?」

 こいつは俺みたいおっさんを先輩として慕ってくれる。なんとかしてやりたい。


「前にホラーが売りのファミレスの話をしたじゃないですか?あそこの予約が取れたんで、付き合って下さい」

 ホラー系には興味はないけど、伊庭の気分転換になるなら良いと思う。


「分かった。奢ってやるよ」

 ユニフォームガーディアンで給料が上がった。でも使う暇もないです。他の部屋に家財道具揃えておくかな。


「ありがとうございます……後だしで悪いんですけど、カップル限定チケットで四人なんですよ」

 問題が発生した。金ではない。ファミレスだから、そんなに金は掛からないと思う。


「カップルって、相手はどうするんだよ」

 桜達を連れて行くのは流石にまずい。絶対にドン引きされる。


「そこは任せて下さい。そこに凄く当たる占い師がいるそうなんです。俺占って欲しい事があって……」

 彼女の治療法か。ここは一肌脱いでやろう。

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