魔王様は後輩の為に動く

 あれは闇属性の魔力、しかもかなり質の悪い物だ。魔力が上がったお陰で病室の特定は簡単に出来る。

 病室が近づくにつれて、魔力が濃くなっていく。

(この術式は魔族の物じゃなく、人が使う物だな)

 どちらかというと呪いに近い性質である。まあ、わざわざ厄介ごとに首をつっこむ義理はない。


「あれ?岩倉さんじゃん。岩倉さんもお見舞い?」

 そのまま病室を通り過ぎようとしたら、意外な人物に会った。


「ええ、白樺さんもですか?」

 前に合コンで会った白樺さんが、花瓶を持って立っていたのだ。


「うん、高校の時のダチがここ入院しているんだ」

 高校の時のダチ?ここに入院しているのは、アクセサリーショップの店員の筈。伊庭は“少し前まであの店に凄く可愛い店員がいたんですよ。一生懸命だし笑顔も可愛くて……辞めちゃったのかな”と言っていた。同じ高校なら事情を知っている筈なのに。


「そうなんですか……伊庭とも仲が良かった人なんですか?」

 同じ高校だからと言って知り合いとは限らない。それなら伊庭の言葉に矛盾はなくなる。


「伊庭っちから、聞いてない?入院しているの、伊庭っちの元カノだよ……元とか言ったら怒られそうだけどね」

 そういやあいつチャラい割りに、彼女の話とかした事ないよな。なんでも


「入院している人ってアクセサリーショップの店員さんですよね?うちの取引先なんですけど、伊庭からそんな話聞いた事なかったです」

 恋愛関係のプライベートな話は、あまりした事なかったもんな。


「あいつって変に気を使うでしょ。岩倉さんに心配を掛けたくなかったんだと思いますよ」

 なんでも入院しているのは、伊庭の幼馴染みらしい。伊庭のチャラさは、周囲の心配を掛けない為の空元気でもあるそうだ。


「ここで聞いた事は秘密にしておきますね。俺も見舞いがあるので、失礼します」

 厄介ごとに首を突っ込む事にした。頑張っている後輩の為、先輩が一肌脱いでやろう。


 ◇

 病室から大勢の話し声が聞こえきたので、アナライズを掛ける。男性二人に、女性が六人。個室だから良いけど、凄く入り辛いです。聞き耳を立てている様に思われそうなので、ロビーに移動。


「すいません、ちょっと用を足してきます……よう、遅かったな」

 どうやってあの子を救うか考えていたら、大村が話し掛けてきた。


「偶然知り合いに会ってな。随分と賑やかだな」

 病室では騒がないのが、マナーなんだぞ。確かに個室かもしれないけど、隣の部屋の人も考えないと。


「秋月実とパーティーを組んでいた生徒も見舞いに来たんだよ」

 なんでも戦線復帰の誘いらしい……まだ体力回復してないのに、気が早いな。


「それじゃ剣崎って生徒も来ているのか?」

 怖くはないけど、また絡まれると面倒くさい。適当な理由をつけて、車に戻るか。


「なんだ?剣崎とも知り合いなのか?」

 あれで知り合ったと言って良いんだろうか?


「前ラルムに行った時、マスコミと勘違いされて絡まれたんだよ。入校許可証とかないのか?」

 最近はラルムに行く機会も減ったし、必須ではないけどあったら助かる。


「事務に聞いておくよ。最近取材の申し込みが増えていて、ユニフォームガーディアンの関係者はピリピリしてるんだ。許してやってくれ」

 先生って大変だよな。普段生徒に馬鹿にされていても、なにかあったら庇ってやらなきゃ駄目なんだし。


「剣崎君に行方不明のお兄さんやおじさんがいるって聞いた事ないか?」

 勇者の苗字はどんな漢字を使うのか知らないけど、可能性はゼロではない。


「……なんで知っているんだ?剣崎のおじさんもラルムの生徒だったらしいんだ。でも、合宿中に行方不明になったって話だ。詳しい話は情報規制が敷かれていて分からないんだよ」

 つまり勇者の甥っ子である可能性が高くなったと。


「そうなのか。そろそろ病室に行くか?」

 大村がいれば剣崎も絡んでこないだろう。なにより大村がいないと、高校生の集団に混じれる自信がないです。


「そうだな。戻るか」

 ……なんで、こんな時に限ってスマホが振動しないんだ。今なら迷惑メールでも、口実にして病室から逃げるのに。

 病室にいるのは俺以外芸能人級の美男子美女ばかり。正直肩身が狭いです。


「岩倉さん、この度は本当にありがとうございました」

 そんなおじさんの気持ちを知ってか知らずか、最高の笑顔でお礼を言ってくる実さん。自然と視線は俺に集中。

 大村達は俺の事を知っているからまだ良い。春告鳥先生をはじめ実さんのパーティーメンバーはぽかんとしている。


「そんな大層な事はしていませんよ……やっぱり来たか。大村、お前は病室から出るなよ」

 この気配はサキュバスの物だ。そうだよな、魅了解除できる実さんが戦線に復帰したら、まずいもんな。

 でも魔王様は褒めてやる。なんだったら勲章をあげよう……二階級特進で。


「祭、静香、俺達も行くぞ。岩倉さん一人だと、何をしでかすか分かったもんじゃない」

 いや、長期戦に持ち込んで時間稼ぎをするだけだよ。


「変身は出来なくても、監視は出来るもんね」

 夏空さん、誤解されるからやめて下さい。他の子達が訝しんでいますよ。


「春告鳥先生達は大村先生と剣崎先輩を守って下さい。サキュバスに魅了されたら、面倒ですので……岩倉さん、あまりサキュバスに触れたら、祭が怒りますので、気を付けて下さいね」

 剣崎君がめっちゃ睨んでくる。変な事はしていないからな。

(この状況で時間稼ぎは逆効果だよな)


「全員病室に戻って下さい。廊下ごと結界に閉じ込められたみたいです」

 随分と大掛かりな術式を使うな。


「のこのこ現れたわね、DV男!貴方の所為で、私の可愛いペットがみんないなくなったのよ」

 サキュバスさん、激おこです。巣に掛かった蝶を逃がされた蜘蛛みたいなもんだから、怒るのは当たり前だけど。先に喧嘩を売って来たのは、そっちなんだぞ。


「岩倉さん、なんか身体に力が入らないんですけど……」

 夏空さんはそう言って床に倒れ込んだ。


「結界の中の空気は私達の世界の空気なのよ。魔力が濃すぎて人間には毒なの……DV男、なんでお肌が艶々になっているのよ」

 そりゃ、俺にとっては栄養満点な空気なんだもん。


「秋月さん、病室に結界を張りますので、二人と一緒に避難して下さい」

 秋月さんに回復魔法を掛けて避難を促す。この中で俺の正体を知っているのは、秋月さんだけだ。


「二人共、掴まれ……春告鳥先生、二人の事をお願いします……岩倉さん、俺はきちんと戦いを見届けたいんだ」

 秋月さんはサキュバスに呪いを掛けられた当事者である。

 夏空さん達が病室に入ったのを見届けて、結界を張る。魔力遮断の他に防音効果も忘れない。


「はっ?あんた、そいつはDV男なのよ。頼るなんて、おかしいわよ」

 ……いや、お前秋月さん姉妹に呪いを掛けたじゃん。盗人猛々しいなんて、レベルじゃないぞ。


「あのな、俺は他種族の女に興味がないんだよ。俺から見れば、お前はゴブリンやオークの雌と同じなんだよ……しかし、よくこんな結界張れたな」

 魔族は種族が多いので、近しい種族にしか性的興奮を覚えないのだ。


「当り前よ。私にはこれがあるの。魔王ジャントの右角……これを使って、再びペット天国と安定した生活を築くの!そしていつか素敵なインキュバスの彼氏と日本で暮らすのよ」

 転勤が決まったサラリーマンみたいな事を言いやがって……でも、これはまずいぞ。

(角を奪うのも、サキュバスを倒すのも簡単だ。でも、そうしたら夏空さん達が疑われる)

 なにか良いアイデアはないか。サキュバスの戦意を削げば……いいや、サキュバスの興味を他に移せば良いんだ。


「俺の本当の名前を教えてやる。ジャントって言うんだよ……角よ、戻れ」

 角が戻ったお陰で、飛躍的に魔力が上がった。

 窓ガラスに映るのは一本だけ角が生えたおじさん。似合わな過ぎて、コスプレにしか見えません。


「ま、魔王ジャント……竜族や鬼族も傘下に加えた伝説の魔王、生きていたなんて……こんなの聞いてないわよ!」

 サキュバスさん、がん泣きです。チートなアイテムもらったら、敵が本家本元だった。そりゃ泣きたくもなるか。


「ちょっと色々弄らせてもらうぞ……記憶改竄&プレゼン魔法!」

 まずサキュバスの記憶を、日本に来たばかりの頃まで戻す。そして伊庭の彼女の病室に漂っていた魔力をプレゼン。これでサキュバスは、伊庭の彼女を襲った奴の所へと行く。

 豊潤な魔力があってこそ、出来た魔法だ。


「秋月さん、こっちへ……秋月さん?」

 俺の目に映ったのは、涙目で怯える秋月さんだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る