魔王様は気遣う
ただ今朝の四時。まだ暗いけど、朝露を取れる時間は短い。
「大村、起きてるかー。朝露を取りに行くぞ」
飲み過ぎた所為か、まだ眠い。あの後大村の愚痴がヒートアップ。あのオカルト女子は、不法侵入やかなり罰当たりな事をしていてる問題児だそうだ。
「起きてるよ……お前、髭剃った方が良いぞ」
鏡を見て納得。無精ひげが伸びていた。ワイルド系と言いたいけど、俺だと何かみすぼらしく見える。
「分かった。お前はあいつ等に連絡を頼む。隣の部屋に集合な」
転移用の魔法陣は別部屋に設置してある。寝ている時に誤作動とかしたら大変だし。
「しげちゃん、おはよー。転移って準備必要じゃないの?」
なんで、そんなに元気なんだ?ちゃんと化粧もしているし、若い子って凄いな。
「向こうにも魔法陣を設置してあるから、魔力を流すだけでオッケーだ」
でも六人同時に転移するのは、ちょっと骨が折れる。
「岩倉さん、今日は頼むぜ……これで、ようやく実の呪いが解けるんだな。その……ありがとうございます」
秋月さんは涙を流しながら深々と頭を下げてきた。俺にしてみれば、朝飯前の事だから面映ゆい。
「お礼は呪いが無事に解けてからで良いですよ。皆さん、準備は出来ましたか?出来た方はスポイトと密閉容器を持って下さい」
あらかじめ準備しておいたスポイトと密閉容器をみんなに手渡す。
「おはようございます。これで朝露を集めれば良いんですね」
雪守さんは、そう言うと道具を手に持った。流石はお嬢様、早朝だというのに、礼儀作法に隙が無い。
「ええ、量があればあるだけ助かります」
出来るだけ上質な物を作りたいから、量があって困る事はないのだ。余ったらエリクサー作れるし。
「あの……岩倉さん、おはようございます。き、今日はよろしくお願いします」
夏空さんはそう言って挨拶をすると、さっと離れていった……俺なにかやらかしたのか?
「そ、それじゃ行きますよ。魔法陣の中に入って下さい……
一気に魔力が減る……なんとかエリクサーを作らないと
◇
……やっぱり、そういう事か。
植物園に着いた途端、魔力が回復し始めた。
「朝靄が凄いね。しげちゃん、どこに行くの?」
その朝靄が問題なのだ。正確には朝靄に混じっているマナなんだけど。
「みんなは朝靄を集めていて下さい……やっぱり気付いたか」
蘭の周りに植えられていた木が一斉に動き出した。
「あれがドリアード?大きさはともかく、なんか虫みたくないか?」
大村君正解です。こっちに伝わっているドリアードと、向こうのドリアードは少し違うのだ。
「肉食性の巨大なナナフシさ。でかい奴は3mを超える。木に擬態して、近づいてきた獣や人を襲って食べる」
でも、植物園に獣が入ってくる事は稀だし、人を襲ったら大問題になる。だから下水道にいたヴァンパイアが、下僕化した人間や獣をここに連れて来ていたんだろう。
(昨日の焼き肉の匂いに刺激されたのか)
ヴァンパイアを殺された所為で、ナナフシは餌にありつけなかったらしく、獰猛になっている。
「大丈夫なのか?結構数がいるぞ」
ざっと数えた所、全部で六匹。まあ、問題はない。
「誰に物を言っているんだ?余裕だよ。まあ、どっちにしろ、調べたい事があるから、あいつ等にはお暇してもらわなきゃいけないからな」
ナナフシの武器は鋭い牙と硬い外皮。一気に攻められたら、苦戦するかもしれないが、きちんと対策は練っている。
「岩倉さん、気を付けて下さいね」
夏空さんの応援?に手を振って答える。
「そっちには行かせないので、安心して朝靄を集めて下さい……木酢液ボール」
亜空間から木酢液を取り出し、球状に変化させナナフシの顔目掛けて放つ。
もだえ苦しむナナフシ。魔王様が、そんな隙を見逃す訳ない。
「凄い。丸太みたいに太いナナフシを一刀両断した」
桜が驚いている。剣を使うから、実力差が分かるんだろう。
「節を狙えば簡単だよ……次っ!」
ここでナナフシに構っている時間はない。今回の目的は二つ。朝露の確保、そして検証である。
逃げるナナフシを追って、奥へと進んでいく。
◇
うん、俺の予想通りだった。
(ピクシールーサンか……久しぶりに見たな)
そこに生えていたのは、向こうの世界で良く使われている牧草。他にも向こうの世界にしか生えていない植物が沢山生えていた。
猿森が大気からの変化とすれば、
多分、向こうの魔物を呼ぶ為だと思う。せっかく送還しても、食物がなきゃ無意味だ。
問題は、この場所をどうするかだ。壊すのは簡単だ。
でも壊せば怪しまれる。怪しまれない為に、わざわざ木酢液を使ったのだから。
残しておけば、新たな魔物が送られて
くる。でも利点が一つだけあるのだ。ここなら俺の魔力を回復出来る。
「岩倉さん、大丈夫ですか?……あれ、あのお花どこかで見た気が……」
夏空さんの視線の先にあったのは、小さなピンク色の花……あれはまずい。
「だ、大丈夫ですよ。さあ、戻りましょう」
あれを見てしまったら、フェスティの精神が身体を乗っ取ってしまう危険がある。いくらフェスティの事を愛していても、それだけはしてはいけない。
◇
朝露に蜂蜜を加えて、光の魔力を流していく。
「これで完成です。これを実さんに飲ませて上げて下さい……それと回復したのは、しばらく秘密にした方が良いと思いますよ」
密閉容器を渡すと、秋月さんはしっかりと受け取ってくれた。
「岩倉さん、我がままついでにお願いがある。俺を病院まで乗せて行ってくれないか?早く実を治してあげたいんだ」
真剣な目でお願いしてくる秋月さん。ビール飲んでダラダラしたいって言える空気じゃないです。
「分かりました。またサキュバスが来たら駄目なので、俺は病室の外で待機しています」
多分、その場にいたら俺も泣いてしまう。そんな所は見せたくない。
病室の外で待っていたら、二人の号泣が聞こえてきた。
サキュバスが来る気配もない。多分ご両親も来るだろう。ここにいてもたら部外者が報酬を強請っている様に見える。
俺はそっと病院を後にした。
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