魔王様は気遣う

ただ今朝の四時。まだ暗いけど、朝露を取れる時間は短い。


「大村、起きてるかー。朝露を取りに行くぞ」

 飲み過ぎた所為か、まだ眠い。あの後大村の愚痴がヒートアップ。あのオカルト女子は、不法侵入やかなり罰当たりな事をしていてる問題児だそうだ。


「起きてるよ……お前、髭剃った方が良いぞ」

 鏡を見て納得。無精ひげが伸びていた。ワイルド系と言いたいけど、俺だと何かみすぼらしく見える。


「分かった。お前はあいつ等に連絡を頼む。隣の部屋に集合な」

 転移用の魔法陣は別部屋に設置してある。寝ている時に誤作動とかしたら大変だし。


「しげちゃん、おはよー。転移って準備必要じゃないの?」

 なんで、そんなに元気なんだ?ちゃんと化粧もしているし、若い子って凄いな。


「向こうにも魔法陣を設置してあるから、魔力を流すだけでオッケーだ」

 でも六人同時に転移するのは、ちょっと骨が折れる。


「岩倉さん、今日は頼むぜ……これで、ようやく実の呪いが解けるんだな。その……ありがとうございます」

 秋月さんは涙を流しながら深々と頭を下げてきた。俺にしてみれば、朝飯前の事だから面映ゆい。


「お礼は呪いが無事に解けてからで良いですよ。皆さん、準備は出来ましたか?出来た方はスポイトと密閉容器を持って下さい」

 あらかじめ準備しておいたスポイトと密閉容器をみんなに手渡す。


「おはようございます。これで朝露を集めれば良いんですね」

 雪守さんは、そう言うと道具を手に持った。流石はお嬢様、早朝だというのに、礼儀作法に隙が無い。


「ええ、量があればあるだけ助かります」

 出来るだけ上質な物を作りたいから、量があって困る事はないのだ。余ったらエリクサー作れるし。


「あの……岩倉さん、おはようございます。き、今日はよろしくお願いします」

 夏空さんはそう言って挨拶をすると、さっと離れていった……俺なにかやらかしたのか?


「そ、それじゃ行きますよ。魔法陣の中に入って下さい……転移ムーブ!」

 一気に魔力が減る……なんとかエリクサーを作らないと


 ……やっぱり、そういう事か。

 植物園に着いた途端、魔力が回復し始めた。


「朝靄が凄いね。しげちゃん、どこに行くの?」

 その朝靄が問題なのだ。正確には朝靄に混じっているマナなんだけど。


「みんなは朝靄を集めていて下さい……やっぱり気付いたか」

 蘭の周りに植えられていた木が一斉に動き出した。


「あれがドリアード?大きさはともかく、なんか虫みたくないか?」

 大村君正解です。こっちに伝わっているドリアードと、向こうのドリアードは少し違うのだ。


「肉食性の巨大なナナフシさ。でかい奴は3mを超える。木に擬態して、近づいてきた獣や人を襲って食べる」

 でも、植物園に獣が入ってくる事は稀だし、人を襲ったら大問題になる。だから下水道にいたヴァンパイアが、下僕化した人間や獣をここに連れて来ていたんだろう。

(昨日の焼き肉の匂いに刺激されたのか)

 ヴァンパイアを殺された所為で、ナナフシは餌にありつけなかったらしく、獰猛になっている。


「大丈夫なのか?結構数がいるぞ」

 ざっと数えた所、全部で六匹。まあ、問題はない。


「誰に物を言っているんだ?余裕だよ。まあ、どっちにしろ、調べたい事があるから、あいつ等にはお暇してもらわなきゃいけないからな」

 ナナフシの武器は鋭い牙と硬い外皮。一気に攻められたら、苦戦するかもしれないが、きちんと対策は練っている。


「岩倉さん、気を付けて下さいね」

 夏空さんの応援?に手を振って答える。


「そっちには行かせないので、安心して朝靄を集めて下さい……木酢液ボール」

 亜空間から木酢液を取り出し、球状に変化させナナフシの顔目掛けて放つ。

 もだえ苦しむナナフシ。魔王様が、そんな隙を見逃す訳ない。


「凄い。丸太みたいに太いナナフシを一刀両断した」

 桜が驚いている。剣を使うから、実力差が分かるんだろう。


「節を狙えば簡単だよ……次っ!」

 ここでナナフシに構っている時間はない。今回の目的は二つ。朝露の確保、そして検証である。

 逃げるナナフシを追って、奥へと進んでいく。


 うん、俺の予想通りだった。

(ピクシールーサンか……久しぶりに見たな)

 そこに生えていたのは、向こうの世界で良く使われている牧草。他にも向こうの世界にしか生えていない植物が沢山生えていた。

 猿森が大気からの変化とすれば、竜崎植物園こっちは土壌からの変化だ。

  多分、向こうの魔物を呼ぶ為だと思う。せっかく送還しても、食物がなきゃ無意味だ。

問題は、この場所をどうするかだ。壊すのは簡単だ。

でも壊せば怪しまれる。怪しまれない為に、わざわざ木酢液を使ったのだから。

 残しておけば、新たな魔物が送られて

くる。でも利点が一つだけあるのだ。ここなら俺の魔力を回復出来る。


「岩倉さん、大丈夫ですか?……あれ、あのお花どこかで見た気が……」

 夏空さんの視線の先にあったのは、小さなピンク色の花……あれはまずい。


「だ、大丈夫ですよ。さあ、戻りましょう」

 あれを見てしまったら、フェスティの精神が身体を乗っ取ってしまう危険がある。いくらフェスティの事を愛していても、それだけはしてはいけない。


 朝露に蜂蜜を加えて、光の魔力を流していく。


「これで完成です。これを実さんに飲ませて上げて下さい……それと回復したのは、しばらく秘密にした方が良いと思いますよ」

密閉容器を渡すと、秋月さんはしっかりと受け取ってくれた。


「岩倉さん、我がままついでにお願いがある。俺を病院まで乗せて行ってくれないか?早く実を治してあげたいんだ」

 真剣な目でお願いしてくる秋月さん。ビール飲んでダラダラしたいって言える空気じゃないです。


「分かりました。またサキュバスが来たら駄目なので、俺は病室の外で待機しています」

 多分、その場にいたら俺も泣いてしまう。そんな所は見せたくない。

 病室の外で待っていたら、二人の号泣が聞こえてきた。

 サキュバスが来る気配もない。多分ご両親も来るだろう。ここにいてもたら部外者が報酬を強請っている様に見える。

 俺はそっと病院を後にした。

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