魔王様は心構えを説く
日本に転生してきて、不思議に思う事がいくつかある。
なんでソースカツ丼のキャベツって、こんなに美味いんだろう。キャベツだけで白飯が食えてしまう。
でもただの千切りキャベツにソースを掛けても、ここまでのポテンシャルは発揮できないんだよな。
塩むすびは美味しいけど、塩かけご飯はテンションが下がる不思議さと似ている。
(何人がリタイヤするんだろうな……豚汁、うまっ)
豚汁を口に含みながら、今後の事を考える。今回の掃討戦で心が折れたユニフォームガーディアンが、何人かいると思う。
彼等はユニフォームガーディアンを続けられるだろうか?……答えは否だ。
無理に戦わなくても生活は出来る。好き好んで命を危険に晒す必要はない。
(桜達にも戦う心構えを教えおかないと……電話?)
休みの日に珍しいと思ったら、桜からだった……だらだらしたかったけど、アドバイス位はしてやる。
「しげちゃん、今大丈夫?……ちょっと話を聞いて欲しくて……これから会えるかな?」
声にいつもの元気がなく、落ち込んでいるのが分かる。逃げている時に何かあったんだろうか?
「俺は帰って飯を食って寝ろって言っただろ」
流石に放っておけず、家に来る様に伝えておいた。
「ありがと……後からみんなで行くね」
みんな?四人分のお菓子やジュースないぞ。
(若い子なら炭酸か。いや、百%ジュースもあった方は良いよな……コップは使い捨てで良いか。お菓子はポテチ……うすしおだけじゃ寂しいよな。チョコ系も買っておくか)
結果、必要物品以外にも大量購入。余ったら会社に持っていこう。
◇
重い。空気が重すぎる。女子高生四人に囲まれたおじさん。言葉にすると、華やかなハーレム感が凄い。
でも部屋の空気はどんより重く沈んでいます。
四人全員来たけど、全員俯いたまま押し黙っている。せめてジュースに手をつけよう。温くなっちゃうぞ。
「それで話ってなんだ?」
傷だらけだったのを見ると苦戦したんだろうか?戦闘なんて生きていれば、ラッキーなんだけどな。
「僕達強くなったつもりでいたんだ……でも逃げる時に戦ったワーラットに歯が立たなくて」
ワーラットは、それなりに強い魔物だ。戦歴だけで考えると新兵にも満たない桜達が苦戦しても仕方ない。
「そんな事で落ち込んでいたのか?ワーラットは、それなりに強い魔物なんだよ。負けても不思議じゃない」
生き延びれただけでも、ラッキーだと思わなきゃ。
「俺達が弱いのは分かっている。一緒に戦ってくれた竜崎の奴等は、きちんと倒せていたし……でも、あいつ等、笑っていたんだ。ワーラットを笑顔で……嬉しそうに殺していたんだ。岩倉さん、俺達もああなっちゃうのか?」
いつも強気な秋月が目に涙を浮かべている。
詳しく話を聞いてみると、龍崎の子達は満面の笑みを浮かべながら魔物を殺していたそうだ……反応を見る限り秋月さん達は、まだ大丈夫だと思う。
「その人達を見てないから、なんとも言えません……でも、笑っていた理由ならいくつか推測出来ますけどね」
前世でも、良く聞いた話だ。新兵のアフターフォローって大事なんだよね。
「教えて頂いてもよろしいでしょうか?何人か知っている子もいました……皆さん優しい性格で虫も殺せない人達だったのに」
雪守さんは知り合いがいたのか、それはきついな。
「虫も殺せない位、優しかったからですよ。自分の手で何回も魔物を殺すのは、きつかったと思います。心が耐えられなくなって、魔物を殺す事を正しいって思い込む様になったんですよ。まあ、バーサク系の術式を掛けられている可能性もありますが」
どっちにしろ、危険な状態だ。龍崎の指導方針を問いただしたい。
「事務所の人達にも怒られました。
秘密を隠す為に、生徒がふざけて転んだと報告したそうだ。
言い訳下手かよ……今回は組織の対応が悪過ぎた。下手すりゃ、一年生全滅していたんだぞ。
(まさか使える奴を選別しているとか……それはないか)
ユニフォームガーディアンが不足している中、それは悪手だ。やはり内通者がいるって考えた方が無難だ。
ここは戦いの……いや、人生の先達としてアドバイスをしてやるか。
「正義の為に戦うのは危険ですよ。戦うのなら、自分か大事な人や物の為にした方が良い」
魔王の時も国や正義の為に戦えとは言わなかった。
“人間は身勝手な生き物だ。魔石や素材が欲しいという理由だけで、魔族や魔物を殺す。国や正義の為に戦えとは言わない。お前達の大切な者の為に戦うのだ。家族や恋人を守る為に剣を取れ。お前達が守りたかった者の、安全と生活は俺と国が保証する……行くぞ、俺に続け”
そう言って先陣を切って、出陣したものだ。
でもあれは王という立場にあったから言えた言葉。今は生活の保証なんて出来ないし、下手すれば誤解されてしまう……おっさんが女子高生に生活を保障してやるなんて言ったら、犯罪臭しかしない。
「正義が危険って、どういう事?」
桜、そこは流して欲しかった。こう言うのって説教臭くなるだよな。説教おじさんなんて、若い子に一番嫌われるタイプじゃん。
「正義ってのは、凄く曖昧で信条や立場で変わるんだよ。屁理屈を並べれば、どんな事でも正しいって主張出来るのさ」
魔王様、やった。なんか曖昧な絞め方で、それなりに良い事を言った感じで終えれたぞ。
(女子高生がおじさんの戦闘論になんか興味はない筈。後はジュースとお菓子のコンボで流してしまおう)
「もう少し詳しく教えて下さい。正義の味方だけでは駄目なんでしょうか?みんな味方してくれると思っていたんですけど」
雪守さんが真剣な目で尋ねてくる。そして残りの三人も頷く。もしかして逃げ口を塞がれた?
「あー、じゃここから素の言葉使いにさせてもらいます。正義の為に戦っていれば、周囲は褒めて持ち上げてくれる。特に戦う力を持たない連中はね。理由は簡単、自分は傷つきたくないから。でも、こういう奴等は凄く身勝手なんだよ。最初は感謝していても、守ってもらう事が当たり前になってくる。当たり前って言えば当たり前だけど、一人で守れる数には限界があるのさ。命懸けで戦っても、守ってもらえなかった奴や大事な人を亡くした奴は、逆恨みしてくるんだよ。殺した相手だけじゃなく、守ってくれなかった奴をね」
長すぎたか?でも、こういうのって一気にまくし立てた方が得策なんだよね。
(お茶を飲んで話が終わった感を演出しよう)
「恨まれるって、そんな人ばかりじゃないだろ」
コップに手を掛けようとした瞬間、秋月さんが討論?に参戦。ですよねー、で閉めれる空気じゃない。
「正義をお題目にして戦っていると、厄介な連中が近づいてくるのさ“あの魔物に家族を殺された”“大事な物を奪われた”“土地を占拠された”だから助けて下さい、正義の味方様ってね。でも蓋を開けてみれば、先に戦闘を仕掛けたのはそいつ等の方だったり、お宝や土地は元々魔物の物だったりするのさ。早い話が神輿として担ぎ上げて、良い様に使おうとする奴等が出てくる。そして、そういう奴は口が上手い。いかに自分は悲劇の存在なのかって事をアピールしまくって、頼みを断るのが悪って感じにしちまうんだよ」
それを真に受けて魔族は悪って決めつけてくるから、たまったもんじゃない。でも正義の味方を自認する奴等って、こっちの話に耳を貸さないんんだよね。
「それじゃ、どうすれば良いんですか?私達には、誰が正しいかなんて分かりません」
夏空さんが丸投げしてきた。前世だったら、俺に任せておけって言ったんだけどな。
「依頼の選別や責任は、大人である俺と大村が持つ。だからお前等は何の為に戦うのか、きちんと考えろ。秋月さんなら妹さんの為、桜は実家の工場の為……戦う理由なんてのは、自分本意で良いんだよ。今日はお菓子でも食って、元気をつけろ……俺も明日に備えて早めに休むし」
これなら長居される心配もない。ビールを飲みながら、だらだらして早く寝るんだ。
「しげちゃん、明日なにか用事があるの?……リンゴジュースもーらい」
流石は同郷人、桜は俺の持っているリンゴジュースの美味さを知っている。
「ああ、竜崎植物園に実さんの呪いを解く素材があるんだ。早朝にこっそり侵入して、そいつを取って来る」
これでみんな早く帰ってくれる筈。
「それなら俺も行くよ。実は俺の妹なんだし」
秋月さんが参戦しようとする。転移魔法って人数増えると、必要魔力が上がるんだよね。
「朝早いから良いですよ。精製したら、お渡します」
フェーアさん、秋月さんを止めて。俺は帰って来たら、朝酒したいの。
「僕も行く。自分の身は自分で守れる様になりたいし……しげちゃん、今日はお泊りするね」
おい、俺は男なんだぞ。いくらなんでも無防備過ぎるぞ……これだからお子様は。
「そうだな。俺も泊まれば間違いも起きないし、誤解もされないだろ……岩倉さん、サービスしてあげようか?」
意味ありげな笑みを浮かべる秋月さん。もしかしなくても俺からかわれている?
「それなら私も泊まります。良いですよね、い・わ・く・ら・さ・ん」
夏空さんの目が怖い。どこに地雷があったんだ?……こうなれば大村も巻き込んでやる。
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