魔王様は心配される

不様ぶざま、その一言に尽きる。もし他の魔物もいたら、俺は死んでいたと思う。

 魔王の力に胡坐をかいていたら、この様だ。

 剣の力に負けて手は焼けただれているし、力に耐えられず体はボロボロ。

 杖代わりの木の棒をついて、やっと歩けている。


「ジャ……岩倉さん、大丈夫ですか?」

今夏空さん、今ジャントって言おうとしなかった?聞き間違いだよね。


「岩倉、無茶し過ぎだ。ほら、掴まれ」

 大村が肩を貸してくれた。流石に女子高生の肩は借りられないので、ありがたい。


「すまんな。とりあえずキマイラとコボルトは倒しておいた」

 アースジャベリンと結界で魔力を消費してしまい、回復魔法が使えません。


「しーげちゃーん、僕達になにか言う事はないのかなー?」

 なぜか桜が怒っている。いや、俺魔物倒したじゃん。今回のMVPだと思うぞ。


「えーと、良くコボルトを倒せたな……違う?」

 うん、絶対に違う。桜のこめかみに青筋出来ているもん。


「岩倉さん、わたくし達……特に桜ちゃんは、凄く心配したんですよ。やっと連絡が来たと思ったら、ボロボロになっていますし。名誉の負傷なんて自慢になりませんわ」

 雪守さん、言い訳させて下さい。この傷は自分の力が原因なんです……言えないか。


「心配かけて悪かった。何しろ緊急事態だったからな」

 まさかキマイラが出てくるとは……俺も体を鍛えなおすべきなのか。助手席に乗ろうとしたら、桜に腕を掴まれて後部座席に連行される。


「それであいつはどうなったの?」

 桜と夏空さんが俺の隣を確保。ラルムの男子生徒が見たら、妬まれると思う。でも二人ともお怒りなご様子で、気が休まりません。


「ギガントドッグの体が消えて、取り込まれていた犬が解放された。後はあいつがどれだけ犬を大事にしていたかで、運命が決まる」

 あのキマイラは人間を憎む様に仕込まれていた。当然、ワンコ達にも残っている。


「自業自得なのかな……それより、しげちゃん無理し過ぎだよ」

 ああ、そこに戻るのね。どうやって誤魔化そう。


「コボルトやキマイラを外に出す訳に行かなかったんだよ……大村、コンビニに寄ってくれ」

 明日は休みだけど、電話番だから自宅待機と変わらない。外に飯を食いに行けないし、料理を作るのもだるいので今のうちに買っておこう。


「良いけど、何買うんだ?」

 大村の立場からしたら、早く生徒を送り届けたいんだと思う。


「栄養ドリンクと明日の飯だよ。今の状態だと飯を作るのもきついからな。何より明日は電話番だから、出掛けられないんだよ」

 身体の方は魔力が回復し次第、治すとしよう。

(収納魔法に時間停止を合わせるって発想があったら、ポーションやエリクサーも入れておいたのに)

 今亜空間にあるのは、日本に来てから手に入れた貴重品(通帳・実印・書類など)と魔王時代に集めた装備品やマジックアイテムだけだ。


「それだったら僕がご飯作りに行ってあげるよ」

 やる気満々で提案してくる桜……ここは気持ちだけもらっておこう。


「ありがたいけど、明日はお前もゆっくり休め」

 休みの日まで、おっさんの相手もしなくても良いだろ。なにより明日はパンツ一丁で、だらだらしたいのだ。テレワークじゃないから、ばれないし。


「駄目です。怪我人を放っておけません。晴君のお礼も兼ねて私も行きます」

 なぜか夏空さんも参戦。こんな怪我、魔力さえ戻れば直ぐ治せる……信じてもらえる訳ないよね。


「明日は折角の日曜日ですよ。友達と遊びに行くとか、彼氏とデートに行って有意義に過ごして下さい」

 古参兵が新兵を諭す時の様に、ゆっくりした口調で語りかけて穏やかに微笑む。映画なら優しいピアノが音楽が流れていると思う。


「彼氏はいないから、友達まつりちゃんとしげちゃんの家に遊びに行くの。これなら文句はないでしょ。僕達は命を助けてもらったんだから、お礼位させなさい」

 いや、休みの日に女子高生二人が来たら外聞が悪いんだって。どう回避しようか悩んでいたら、バックミラー越しに大村と目が合った。


「まあ、明日疲れが残っていなかったら、行ってこい。そいつの食生活は偏っているから、野菜をたっぷり食わせてやってくれ」

 おい、先生いいのか?生徒が独身中年男性の家に行くんだぞ……俺が手を出さないの分かっているから、許可するんだろうけど。

 ……俺って、そんなに信用ないのかな?コンビニに着くと、護送犯ばりに桜達が付いてきた。


「ちょっと、しげちゃん買いすぎ。カップ麺を戻してサラダを買いなさい」

 桜にカップ麺を取り上げられる。俺は母親と買い物にきた子供か?今は栄養よりカロリー摂取重視したいのに……。


「力を使い過ぎたから、腹が減っているんだって。がっつり食って爆睡すれば、魔力も戻るし」

 桜を視線で制しながら、カゴにおにぎりを入れる……入れたのに、即戻されました。


「岩倉さん、今からおにぎりを食べるのは、体に良くありません。せめてお粥にして下さい」

 サラダとお粥って、そんなんじゃパワーが戻らないって……魔王様、女子高生の圧に負けて、健康的な食生活になる。


「車に戻る前に栄養ドリンクを飲ませてくれ。うん、少しは回復したな」

 手の火傷を回復する。なにしろこれから会社の倉庫にコピー機を仕舞にいかなきゃけいないのだ。


 会社に着いたら、もう十一時を過ぎていた。

(今から倉庫にコピー機を仕舞ってか。家に着けば明日になっているな……会社に明かりがついている?)

 とっくに定時は過ぎている……まさか泥棒?


「岩倉、お疲れさん。おっ、無事にコピー機を回収して来たな。ご苦労さん」

 会社から出てきたのは、チョビ髭を生やした強面の男性。なんで、この時間にいるんだ?


「社長、どうしたんですか?」

 武市たけいち文博ふみひろ、文武事務機の社長。そして俺の大恩人。魔王様が頭が上がらない人の一人です。


「なにって、書類整理だよ。それに一人でコピーそれは運べないんだろ」

 どうやら社長は俺を待っていてくれたらしい。あのブリーダーにはいつも振り回されていたから、心配だったんだと思う。


「ありがとうございます。これが書類と違約金です」

 俺が魔王の力を悪用しなかった理由の一つに、この人の存在がある。右も左も分からない田舎の餓鬼を雇って育ててくれたのだ。


「きっちり入っているな……さて、運ぶぞ」

 未成年に手を出したら、会社……そして大恩ある社長に迷惑を掛けてしまう。運命の再会なんて身勝手な理由で、道を踏み外すのはやめよう。

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