魔王様は元気になる

 魔王様、泣きそうです。朝起きたら筋肉痛全開でした。

たかがキマイラと戦っただけなのに……昔の部下には見せられません。

(そう言えば桜達何時頃来るんだ?案外疲れて来られないんじゃないか?)

 俺としては袋ラーメンでも食いながら、ダラダラ過ごすのもありだ。

 念の為、部屋掃除を開始。見られたらまずい物を亜空間に仕舞っていく。


「これでよしと……そういや、この部屋に女性が来るの何年振りだろうな」

 元カノと別れてからだから、五年は経っている。何しろ魔王様が張った結界だ。悪意や敵意を持った者を完璧に弾く。自分の結界で心変わりを知るとは……。


「しげちゃん、来たよー。今日は腕によりをかけて作るから、楽しみにしててね」

 二人がやって来たのは十時少し前だった。まず桜は自信満々な顔で、スーパーの袋を抱えながら入って来た。


「岩倉さん、お身体は大丈夫ですか?」

 心配そうに話し掛けてる夏空さん。流石というか何というか、あのわびしい部屋が一気に華やいだ。


「大分ましになりましたけど、まだ筋肉痛がきついですね」

 このままだと、連続戦闘がきつい。魔族状態を維持する方法を見つけなくてな。


「運動不足なんじゃないの……台所借りるね」

 流石は小さい頃から、うちに実家に入り浸っていた桜だ。二回目なのに我が物顔で、台所に入っていく。


「楽しみにしてるよ……ちょっとごめん……いつもお世話になっております。文武事務機岩倉です」

 十時きっかりに社用電話が鳴りました。いるんだよね。こういう律義なお客さん。


「岩倉君か、丁度良かった。私ですよ。猿森の吉田です」

 声の主は、品の良そうな初老の男性。おもわず背筋がピンっと伸びる。


「よ、吉田先生、お久し振りです。本日は、どの様なご用事でしょうか?」

 吉田先生は、小学校の担任。俺の卒業後、東京に赴任。今は東京郊外にある猿森小学校で校長をしている。

 ぶっちゃけ、かなりお世話になっております。新人で何も伝手がない頃、先生に泣きついてお客さんをかなり紹介してもらった。今でも頭が上がらない人物だ。


「コピー機のメンテナンス、早めにしてもらう事は出来ないかな」

 先生の紹介もあり、猿森には顧客が多い。一日で回りきれないし、距離的に泊りになるんだよな。


「分かりました。いつ位に猿森に伺えば良いでしょうか?」

 これは譲歩ではない。先生は昔の生徒から今でも、慕われている。閉ざす事の出来ない窓口なのいだ……なんだか無性に先生に会いたいし。


「再来週の金曜日、学校が終わってからで頼む。他の人には私から言っておくよ」

 ……金曜か。前乗りして、週末はビジホで過ごすかな。


「しげちゃん、電話?日曜日なのに大変だね」

 桜が台所から声を掛けてきた。誰かが自分の為に、料理を作ってくれる光景って癒されます。


「それはお前達もだろ?今日もユニフォームガーディアンの活動みたいなもんじゃないいか」

 俺としては嬉しい限りだけど……美少女二人が俺の為に飯を作ってくれる。こんな贅沢は二度とないと思う。


「私達は好きでやっているんですよ。桜ちゃんとお喋りしながら、お料理するの楽しいですし」

 ここは素直に好意として受け取っておこう。


「これは凄いな。こんなご馳走食べたら、傷も治るよ」

 ペペロンチーノ・サラダ・コンソメスープ・パンケーキ・卵焼き・唐揚げ・おにぎり……嬉しいけど、事前にメニューを話しあって欲しかったな。

(どっちを誰が作ったんだろ?漫画とかじゃ“当ててみて”って展開になるんだよな)


「しげちゃん、僕の作ったパスタ食べてみて……寮だと中々パスタ食べられないんだよね」

 ですよね。あれって気になる男子限定ですし。俺の中で『桜自分で食べたい物を作った説』が濃厚に。


「大人の男の人がどんな料理が好きか分からないので……昨日、ネットで調べたんです」

 夏空さん、その気持ちだけで十分です。一人暮らしのおじさんは手料理に飢えているから、なんでも喜びます。


「いやまじで美味しかったよ。お陰で魔力も戻ったし、ありがとうございます」

 料理はどれも美味しく、満足させてもらいました。これだけ魔力が戻れば傷が治せるから、明日の仕事にも支障もでない。


「料理で魔力が回復出来るんだ……それも前世の知恵?」

 まあ、魔力の仕組みとか知らないから仕方ないか


「魔力の回復量ってのは、精神や体力の影響が大きいんだ。気持ちが充足すれば、それ分回復するのさ。逆に言えば疲れていたり、気持ちが落ち込んでいたりすると、回復量も少なくなる」

 俺レベルの魔族になると、料理に篭められた気持ちも魔力に変換できる。


「さっき電話の声聞こえたんですけど、岩倉さんも猿森に知り合いがいるんですね。静香さんも猿森に友達がいるんですよ」

 猿森って、結構広いんだよな。旧家の方は敷居が高くて、ノータッチだし。


「昔の担任が猿森にある小学校で校長先生をしているんですよ。定期メンテナスを早くしてもらえないかって、頼まれまして……食後のお茶なに飲みますか?」

 週末予定が入った場合って、誰に言えば良いんだろうか?


 お茶を飲んだら、桜達は直ぐに帰っていった。なんでもショッピングに行くらしい。お義理で誘われたけど、混ざれる自信がありません。

 魔王様はリーマン生活で空気を読む力を身につけたのです。

(それよりも、新しい戦法だな)

 今までみたいに魔王の力でごり押しするには限界がある。何か打開策を考えないと……あのビネガーミストはうまくはまったよな。

 物を事前に準備しておけば、魔力消費が抑えられる。

 前世でも魔法を創った事があるけど、かなり大変だった。自然現象を理解出来ていなかったんだから当たり前だ。

 でも今はスマホがある。検索すれば、再現するには何が必要かも分かるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る