魔王様は取りに行く

 大村が戻って来たので車を出発させる。


「しげちゃん、実ちゃんに呪いを掛けた魔族の正体は分かったの?」

 桜ちゃん、良い子だからその話題には触れて欲しくなかったな。大村に丸投げする予定だったのに。


「十中八九、サキュバスだ。生態は、ゲームやラノベに出てくるのと同じだと思えば良い」

 なんで、あんな歩く十八禁魔族を女子高生に説明しなきゃいけないんだ。どうやっても俺の株が急降下するだろ。


「でもアプリだと、魔族としては弱い部類に入るって書いてたよ」

サキュバス、日本では淫魔と呼ばれている魔物だ。容姿や色気で男を誘惑し、精を吸い取る。

 桜の言う通り、本来は力も魔力も弱い下級魔族だ……問題は今の日本にサキュバスにとって天国だという事。


「あいつ等は男から吸い取った精を魔力に変換する。だから男の選り好みはしない。クモが虫の美醜にこだわらないのと一緒さ。そしてどれだけ精を吸ったかで、強さが変わるんだよ」

 基本、サキュバスは男の容姿を気にしない。だって、あいつらにとって男はただの餌でしかないのだ。

今の日本は俺を含め非モテで独り者の男が大勢いる。あいつ等にとって日本は天国、食べ放題のビュッフェみたいなもんだ。

金持ちをたぶらかせば、贅沢し放題である。


「問題はどこに潜んでいるかだな。岩倉、探せるか?」

 大村、それってかなりの無茶振りだぞ。探索経費出してくれるんだろうな。


「あいつ等は翼を隠せるから、見た目は人間と区別がつかないんだ。東京で一人の女性を探す様なもんだぞ」

 サキュバスにとって居心地が良い場所。飢えた男が集まり、扇情的な格好をしても目立たない……だから秋月さんは、風俗街あそこにいたのか。

(そうは言っても一軒々はしごして、全部の女の子に会うなんて無理よな)

 絶対必要経費で落ちないだろうし。


 目的地に着いたのは九時半。すっかり夜が更け辺りは暗くなっていた。


「ここは道の駅ですか?」

 夏空さん、正解です。ブリーダーの所へ行った時は、ここで野菜とか買っている。


「ここからだと目的地まで十分位で着きます。まず電話して、向こうの様子を探り行く。場合によっては急襲をかけます」

 時間を指定したって事は、向こうの迎撃態勢はバッチリだと思う。でも時間をずらして襲撃を掛ければ隙を突ける。


「しげちゃん、この大きい台車は何に使うの?」

 それは今回の仕事に必須なんだぞ。


「コピー機を一人で運ばなきゃいけないから、台車がないと駄目なんだよ」

俺の優先事項はコボルト退治ではなく、コピー機の回収だ。


「岩倉さん、一人で行くなんて危険ですよ。私も付いていきます」

 夏空さん、良い子だな。俺みたいな、さえないおじさんの心配してくれるんだから。


「ありがとうございます。でもこれから行くところは私有地なんですよ。魔物がいなかった場合、苦情をつけられる可能性があるので」

いや、絶対につけてくる。ボールペンを一箱だけ注文して“色なんでも良いから、早く持って来い”言ったくせに“色が違う。俺は白いボディのボールペンしか使わないんだ”って文句言う親父だぞ。


「おい、大丈夫なのか?」

 大村も心配らしい。誰に言っている?俺は魔王だぞ……みんな知らないから心配するわな。


「自信あるから言っているんだよ。今回の作戦を説明する。俺は車から降りたら、周辺に結界を貼る。大村はそこで待機。いざとなったら、生徒と逃げろ」

 退路の確保は戦の基礎だ。それにこいつ等がいなくなれば、本気を出せる。


「しげちゃん、僕達は何すれば良いの?」

 もちろん桜達にもちゃんと役割を考えている。


「俺はスマホを通話状態にしたまま、事務所を訪ねる。大村はスピーカーにしておいてくれ。戦闘が始まって数分経ったら、桜達は三人で動いて車に向かって来たコボルトを倒してくれ。やばくなったら無理しないで、大村の所へ避難する……良いな」

 一番嬉しいのはコボルトがいなくて杞憂で終わるパターン。最悪はコボルト以上の魔物がいるパターンだ。目標は桜達を怪我なく帰す事。


「岩倉、酢は何に使うんだ?」

 コボルトが大群でいても勝つ自信はある。でも怪我したら、元も子もない。労力の少ない完勝が目標だ。


「秘密兵器ってやつだよ。電話を掛けるから、静かにしてくれ……夜分遅くにすいません。文武事務機の岩倉です……はい、コピー機の引き取りの件でお邪魔させてもらいますので……では後ほど」

 おかしい。いつもならうるさい位、電話の向こうで犬が鳴いている。でも、今日はしんと静まり返っていた。


 ブリーダーの自宅兼事務所は木々に囲まれており、外から様子を伺う事が出来ない。


「なんか不気味な位静かだね。ワンちゃん達も寝ているのかな?」

やっぱり変だ。いつもなら、これ位近づけば犬が感づいて吠え出している筈……そしてこの気配は。


「俺は台車を降ろして事務所に向かう。大村、指揮を頼んだぞ。視界ビジビリティー……これで夜目が効く筈だ。それじゃ行って来る」

 台車に浮遊魔法を掛けて押す。土の上を転がすと、後から掃除が大変なんです。

(周りの気配が変わった……あいつ等の結界の中に入ったんだな)

 コボルトは結界を張る事は出来ない。つまりコボルトより上位の存在が関わっている証拠だ。

 事務所が近づくにつれて獣の匂いが濃くなり、闇の中では光る目が俺を捕えていた。


「文武事務機です。コピー機を引き取りにきました」

 インターホンを押して来訪を伝える。何時もなら早いと切れる筈。さて、どうでる?


「待っていましたよ。突然お願いして申し訳なかったね」

 現れたのは不自然な位媚びた態度の中年男性。その顔には造り笑顔が張り付いていた。


「いえ、これも仕事ですから……ワンちゃんはみんな休んでいるみたいですね」

 モッコと呼ばれる専用の道具でコピー機を包む。本来なら二人で行う作業だ。電話ではブリーダーのおっさんが手伝うって約束だったのに、動こうとしない。


「岩倉君、手伝って欲しいかい?違約金を無くしてくれるんなら、僕も手伝ってあげるよ」

 半笑いで人を見下しいている顔だ。その態度を見て俺は決めた。魔王なめんな。

 コピー機に浮遊の魔法を掛けて、台車の上に移動。持てるけど、精密機器であるコピー機にショックを与えたくないのだ。


「これでよしっ……こちらにサインをお願いします。それでは、お金をお預かりしますね」

 机に上にあった封筒を回収。手触りで現金が入っているのが分かった。


「前からお前の余裕ある態度が気に入らなかったんだ。まあ、いいさ。金はお前が死んだ後に、封筒を回収すれば良いんだしな」

 男の目に狂気が宿る。誰に唆されたしらないけど、その道には不幸しか待っていないぞ。


「怖い、怖い。でも死体はどうするつもりなんですか?それじゃ失礼しますよ」

 台車を押しながら外に出ると、光る目が事務所を取り囲んでいた。


「死体?そいつ等が骨一本残さずに処分してくれるさ。儲からない犬のブリーダーは終わりだ。これからは魔物のブリーダーになるのさ……さあ、かかれ」

 いや、コボルトって扱いにくい魔物だよ。リーダーと認めた奴のいう事しか聞かないし。運動の時間がないと不機嫌になるし、遠吠えもするんだぜ。


「コボルトは寿命が短いから、俺が誰だか分からないよな……日本ここに来た理由を言うなら見逃してやる」

 ……退かないよね。昔ならどんな魔物でも逃げたんだけどね。


「恐怖でおかしくなったか?さあ、お前達、かか……れ?」

 男の顔から笑みが消える。こいつの予定なら、俺はコボルトに噛み殺される筈だった。

 しかし、コボルトは俺が亜空間から取り出した剣(ゴブリンからパクったやつ)で、真っ二つになっている。


「危ねえ。コピー機に返り血が掛かる所だった。コボルト程度なら何匹掛かって来ても同じだよ」

 俺はコピー機に何重にも結界を貼り、コボルトの群れ目掛けて突っ込んでいった。

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