魔王様はドン引きされる
大村が指定してきた場所は路地裏にあるマンホールの前。現場に着くと作業服を着た大村がいた。イケメンって何着ても似合うよな。
「トラ縞のバリケードフェンスまで用意して、随分と手が込んでるな」
マンホールの周囲には工事現場で良く見かける黄色と黒のバリケードが置かれていた……点検許可証まであるのか。省庁名入りで、お偉いさんの判子まで押してある。これバレたらヤバいんじゃないのか?
「途中で第三者に介入されると困るからな。言っておくけど、許可証は本物だぞ」
つまりユニフォームガーディアンを管轄している団体は、政治的に強い力を持っていると……俺が元魔王だって事は、絶対に隠しておこう。
「時間は三時間か……すまん電話だ」
スマホに表示されたのは、伊庭の二文字。
日曜だから会社は休みだけど、伊庭が緊急対応係になっている。つまり俺に電話を掛けてくるって事は仕事絡み……ぶっちゃけ、出たくないです。
「伊庭、なにかあったのか?」
ちゃんとホワイトボードに休出って書いたよな。内容は書いていないけど、客先に訪問している可能性もある訳だ。それだけ急ぎの案件って事か。
「岩倉さん、やばいんです。あのブリーダーから電話が来て“別の会社に変えるから、コピー機を引き取りに来い”って言ってるんですよ」
電話越しでも、伊庭が泣いているのが分かる。まあ、あそこの相手は神経が削られるんだよな。
うちの会社は客商売だ。客の選り好みは出来ない……それでも相手をするだけで、心が削られる客がいる。その代表が件のブリーダーだ。
犬のブリーダーなんだけど、飼育環境は最悪。いつも傍にでかいピットブルを待機させて、脅かして話を有利に進めようとする。
「まだ契約期間内だろ?それでいつ取りに来いって言っているんだ?」
下手に断ったら、何するか分からない。面倒だけど取りに行くのが正解だと思う。
「来週の土曜夜十時……岩倉さんに来て欲しいそうす。そうしたら違約金を現金で払うって言うんですよ。今日中に返事すれば倍払うって言ってます」
俺を指名……身に覚えありまくりだ。あそこのピットブルが嚙みつこうとしたから、殺気全開で睨んだんだよな。
しかし、来週の夜か。時間外だけど即金は嬉しい。
「来週は俺が電話番なんだぞ……下手に刺激してコピー機壊されるよりましか。きちんと時間通りに伺いしますって伝えておいてくれ」
つまり来週も休みなしと……こうなれば即ゴブリンを全滅させて、残こされた時間はゆっくり休むんだ。
「しげちゃん、ちゃんと仕事しているんだ。さっき静香さんから連絡がきて、参加出来ないで申し訳ありませんだって」
ちなみに雪守さんはピアノのレッスンがあるから来れないらしい……ピアノのレッスンと聞いただけで、お金持ちと思ってしまうのは庶民だからでしょうか?
◇
合羽履いてもらって本当に良かった。安全確保の為、俺が先に下に降りたのだ。
(スカートだったら、上を見れなかったな)
下から降りてきている桜達を見ながら思った。一歩間違えれば、セクハラ親父の烙印を押されていたんだなって。
「ちょっと、耳を塞いでろ………グギャァァーッ!」
奥に向かって大声で叫ぶ……思いっきり叫んだから、少しさっぱりしました。
「ちょっとしげちゃん!ゴブリンに気付かれたら、どうするのよ」
桜が俺の口を塞ぐ。でも、もう遅いと思うぞ。
(流石になんて言っているか分からなかったか……分かっていたら、もっと怒っていると思うし)
俺が今叫んだのは魔族の言葉だ。こっちの世界の人間には何を言っているか分からない筈。
「……今“死にたい奴だけ、掛かってこい”って言ったんですか?」
夏空さんは前世フェスティの影響なのか、俺の言葉が分かったらしい……変に前世の影響を受けない様に配慮をしなくては。
「夏空さんは魔法が使えるかもしれませんね……桜、大村からゴブリンの生態について何か聞いているか?」
色々と考えた。俺はユニフォームガーディアンの娘こ達にとって、どんな大人であるべきなのか?
素敵な男性……俺の力は彼女達から見たら規格外だ。そんな大人から恋愛対象として見られたら恐怖でしかない。
(自分たちにとっては、人畜無害。だけど頼りになる大人……それが一番だよな)
昔社長が言っていた“格好いい大人になりたいんなら、やせ我慢のダンディズムを覚えな。辛くても作り笑顔で、周りに心配を掛けない奴が格好良いんだぜ”って。
「ゴブリンはえーと臆病な魔物だけど……ホブゴブリンがいたら、気をつけろだっけ?」
ざっくり過ぎるだろ。大村、お前の指導大丈夫なのか?赤点で退学になったら春人さん泣くぞ。
「桜ちゃん“ホブゴブリンはゴブリンの司令塔的役割を果たしている。なのでホブゴブリンといる時のゴブリンには警戒をする様に”だよ。岩倉さんがいなかったら、私達死んでいたかもしれないんだよ」
最悪、死んでいたと思う。良くて大怪我だ。それを防げただけで、師匠に感謝だ。
「ゴブリンは臆病な魔物だ。数が優位でも、自分より強い奴がいると弱腰になる。逆に言えば奴らが強気な時は司令塔の役割をする魔物がいる可能性を疑え……今回みたいにな」
下水道の奥からゴブリンがワラワラと湧いてきた。優に百匹はいる。
「しげちゃん、流石にあの数はやばいって。逃げよ」
桜が涙目になっている。怖さを知るのも良い体験だ。
「ペンダントを取り返したいんだろ?あいつ等放っておくと、もっと数が増えるぞ」
これだけいれば一匹位いると思うんだけど……いた!これで実地指導が出来る。
「岩倉さん、ペンダントは大丈夫です。岩倉さんに何かあったら、桜ちゃんが悲しみますよ」
泣くのは桜だけなのね。まあ、巻き込んだ形になるんだから責任は感じるよな。
「なにもないから大丈夫ですよ。夏空さんは、幼馴染みにペンダントを渡す事だけ考えて下さい……桜、良く見ておけ」
これでもおじさんは元魔王なんだぞ。ゴブリンが何匹いても負ける気はしない。
弾き飛ばす性質を持たせた魔力を身にまとわせて、ゴブリンの群れに突っ込む。
「しげちゃん、危ない……ゴブリンが吹き飛ばされてる?そんなの真似出来る訳ないじゃん」
いや、いくら俺でもそんな無茶振りはしないぞ。昔と違って人間に詳しくなったし。
「ちょっと待てよ……おい、こらそれを寄越せ……さあ、剣の授業開始だ」
ゴブリンから剣を奪い取って、装備する。なんの変哲もないショートソードだけど、いい教材になる。
「しげちゃん、剣スキル持ってるの?……聞いた僕が馬鹿だったね」
邪魔になるので、何匹か切り伏せたら桜がドン引きしている……おかしい“しげちゃん、やっぱり頼りにてなる。すてきっ”ってなる予定だったのに。
「剣の利点は小回りが利く事だ。腕や体に傷を付ければ、大抵の生き物は戦意が喪失する。一撃で殺す自信がなければ、距離をとって手数を増やせ。大振りは隙を生む。一対一の時以外は使うな。ゲームと違って、ターンエンドとかないんだからな」
ゴブリンが持っていた武器だからなのか、手入れが不十分だ。剣にも魔力をまとわせて、ゴブリンを切り伏せていく。
「手数って……さっきから一振りで五匹位殺してるよね。通路中、魔石だらけになってるじゃん!しげちゃんの方がゲームみたいだよ!」
今回も死体が消えて魔石だけが残っている。
(倒した瞬間、僅かだけど魔力に変化があったな……今はそれより授業だ)
このままでは、おじさん無双ショーで終わってしまう。
そうか、斬るのが駄目なら……。
「斬撃に自信がないなら、周りの物を利用しろ。ブレイドの部分で殴って、壁や岩に叩きつけるんだ!」
これなら剣技に自信がない初心者でも安心。殺せなくても脳震盪を狙えます。
「い、岩倉さん……言い難いんですけど、壁に当たる前に頭が潰れていますよ」
大分、力抑えたんだけどな……まずい、空気が重くなっている。桜達だけじゃなく、ゴブリンまでも俺に怯え始めていた。
「次は……おっ、あった、あった。続きまして槍の使い方を教えちゃうよ。槍の利点は何と言っても、そのリーチ。でも手元に入られたら、ピンチになるから気を付けようね」
フレンドリーな口調で語りかけみる。これで怖さも半減する筈。
「しげちゃん、胡散臭くて何か怖いよ……ゴブリンが退いていく?」
ゴブリンは俺達とある程度の距離を取ると、そこで停止した……ようやく来たか。
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