魔王様は案外甘い

元とは言えお嬢様高校に仕事で行っていると話すと羨ましがられる事がある。

先に言っておく……来客用の通用口から入って職員室へ直行しているんだ。だから生徒さんと会う事は滅多にない。

コンプライアンスやらセクハラとか色々厳しい昨今、変に苦情をもらうより、この方が有難いんだけどね。

 俺だって男。可愛い子がいればつい見てしまう。


「文武事務機です。コピー機の修理にお伺いいたしました。良かったら皆さんでこれを食べて下さい」

 ベテラン女性教師の机に飴の詰め合わせを置く。戦と同じで営業も戦力分析が大事なのです。

 この人は籠守かごもり先生。学年主任で、職員室のヒエラルキートップにいるそうだ。今の俺は魔王ではなく、ただのサラリーマン。長い物には巻かれたいんです。

主任は男性には厳しいらしいけど、真面目に仕事している分には何も言われない。


「岩倉、お疲れ。最近の調子はどうだ?」

 話し掛けてきたの真面目そうな男性教師。名前は大村健吾、三十歳。


「大村先生、いつもお世話になっております。まあ、なんとか頑張ってますよ」

 職場だからお互い敬語を使っているけど、こいつは同郷の気の置けない友人である。剣道の全国大会で優勝した実績を買われて、聖ラルムの教師になったのだ。そのこねでコピー機を置かせてもらいました。


「そうか。今晩ちょっと付き合ってもらえないか?」

 日本に転生して良かったと思う事がいくつかある。

まず平和な事。前世は戦漬けだったから、かなり有り難い。もう刺激的スリルはお腹いっぱいなんです。

そして何より飯が美味い。魔族の料理は焼くか煮る、味付けは塩のみ。日本みたく、多彩な料理は存在しなかった。


「良いですね。鳥王族にしますか?……そうだ!桜、春里桜は元気にしていますか?」

鳥王族、通称トリオ。安くて美味いサラリーマンの味方の様な居酒屋だ。 


「桜っ!?うちの生徒とどの様な関係なのですか?」

 大作より先に籠守主任が反応した。主任だけじゃなく、職員室中の教師が俺を見いている。流石に職員室ここで、呼び捨てはまずかったか。


「春里さんの家と、俺の実家はお隣さんなんです。ご両親から“最近、桜と連絡が取れないから、顔を見に行ってくれないか”って頼まれていたんですよ」

 でも、桜の携帯を知らないので、ここで尋ねたのだ。


「そう言えば春里も弘前出身だったな。それなら俺に聞けば良いのに……ってか、お隣さんなら、春里に直接聞けば良いんじゃないか?」

 健吾がフォローに入ってくれる。危うく大事な取引先を無くすとこだった。


「お前は最近忙しそうで、聞きそびれていたんだよ。それに隣同士って言っても、俺は十八で家を出てるだろ?桜のライソどころか携帯番号も知らないんだよ」

 俺が親しいのは桜の父親春人さんの方。桜は帰省した時に話す位の仲なので、そこまで親しいとは言えない。


「そうでしたか。春里さんは部活が忙しくて、ご両親に連絡が出来なかったんでしょうね……これから、春里さんを呼んでも大丈夫すよね?」

 籠守主任の眼鏡がキラリと光る。まだ疑っているのでしょうか?

(桜、頼むぞ。おじさんと知り合いなのが恥ずかしいからって否定するなよ)


「お願いします……」

 桜と最後に会ったのは確か一昨年。話だけは春人さんから、良く聞いているんだけど。

 ……長い。今なら判決を待つ罪人の気持ちが分かる。場合によって社会的に死んじゃうんだし。

 ドキドキして待っていると、職員室のドアが開いた。入ってきたのはボーイッシュな少女。髪型はベリーショートで、活発そうな少女だ。

(桜、大人っぽくなったな。まあ、元気そうでなによりだ)

 桜はバスケの推薦でラルムに進学した。学校や部活に馴染めてなんいんじゃないかって心配していたけど、杞憂だったらしい。


「失礼します。春里です……岩倉さん、お久しぶりですね。お元気でしたか?今日はどの様なご用件でしょうか?」

 ……俺って認知してくれたのは嬉しいけど、他人行儀過ぎて地味にショックです。


「春人さんから頼まれてたんですよ。連絡がなくて心配だから、ラルムに行ったら様子を見てきて欲しいって」

 春人さんは桜を物凄く可愛がっていた。あんな事がなければ、手元から離さなかったと思う。


「それは、わざわざありがとうございます。父には、今晩でも電話しますね」

 桜はそういうと、俺に深くお辞儀をした。子供の頃は俺に懐いていたのに。他人行儀過ぎて魔王様は寂しいです。

 用事が済んだので、職員室を後にする。桜は俺に続いて退出してきた。


「しげちゃん、久し振り。僕、品行方正なお嬢様みたいだったでしょ!」

 桜はそう言うと、俺の肩をバシバシ叩いてきた。ラルムは元お嬢様学校だ。馴染むのには、キャラを作る必要があったんだろう。


「久し振りだな。なにか困っている事とかないか?今年はお年玉を渡せなかったし、なんでも聞いてやるぞ」

 困っていない訳がない。むしろ今まで、俺を頼って来なかった事を褒めてやりたい。


「それじゃお小遣いちょうだい。三千円で良いから!」

 そうだよな。こいつの性格からしたら、春人さんに頼むわけないし。


「ほら、大事に使うんだぞ。余ったら、実家に東京のお菓子でもおくってやれ」

 さよなら諭吉さん。大事にされるんだよ。


「……ありがと、流石はしげちゃんだ。でも、僕以外の女の子に、こんな事しちゃ駄目だよ。捕まるから」

 桜はそう言うと、舌を出しながら逃げる様に廊下を走っていった。


「……岩倉さん、校内であの様な行為は控えて下さいね」

 後ろを振り向くと、そこにいたのは籠守主任。今の言葉から察すると、主任も桜の進学理由を知っているんだと思う。


「気を付けます……あいつの家とは家族付き合いをしていて、凄く世話になったんですよ……主任なら、あいつの家の事知ってますよね?」

 桜の家は町工場をやっている。でも不況の煽りで景気が良くないらしい。だから、桜は授業料が免除になる特待生になったのだ。そんな状況だから、小遣いも、もらっていない筈。

 これは俺なりの恩返しなのだ。


 時計が五時を告げたのと、同時にタイムレコーダーを打刻する。


「それじゃお先に失礼します」

 友人が取引先にいると飲み会も接待扱いになるので、定時で堂々と帰れるのです。


「先輩、また駅前のトリオですか?……そういえば駅前でネズミやゴキブリが減っているそうですよ」

 後輩の伊庭いばが画面越しに声を掛けてくる……いや、普通の人が気付かないだけで、普通に潜んでいると思うぞ。


「それが本当ならコピー機の故障リスクが減って有難いんだけどな」

 ネズミやゴキブリが、コピー機に住み着き故障の原因になる事がたまにあるのだ。

 だから俺は自分が担当しているコピー機には虫よけの結界を貼っている。

 タネはばらせないけど。これが好評なのだ。お陰でラルムのリース期間を延長してもらえました。

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