転生魔王は巡り合う

くま太郎

魔王は前世を思い出す

 地下鉄の中吊り広告で、異世界転生・転移ものライトノベルを宣伝している。なんでもサラリーマンが、異世界に転生してチートを得てハーレムを築くらしい……同じリーマンとして言っておく。日本の方が何倍……いや、何十倍も住みやすいんだぞ。

 そして俺はチートでハーレムな転移勇者が大嫌いだ。

(俺が日本に転生してきて、もう三十年か……もう魔王よりリーマンの方がしっくりとくるよな)

実は俺の前世は異世界の魔王なんです……嘘でも、思い込みでもない。

その証拠に魔法が使える。試してないけど、全盛期の十分の一位の力はあると思う。十分の一と言えば低く聞こえるかも知れないけど、日本では規格外の存在。

そう。俺は勇者に殺されて、日本に転生してきた元魔王なのだ。



「魔王ジャント、お前の命もここまでだ。正々堂々僕と勝負しろ!」

 あの日、城に異世界ニホンから来た勇者率いるパーティーが攻め込んできた。勇者パーティーは姫騎士、女魔導士、聖女の三人。

 対する俺は一人……正々堂々って何なんでしょうか?

 ちなみに勇者の名前はユウヤ・ケンザキ……そう勇者は日本人でチートな力を手に入れて攻めてきたんです。しかもハーレムパーティーで!


「魔王様。父の策で、今城には誰もいません。お覚悟を」

 そう言ったのは、勇者パーティーの魔導士ルーナ・フォンセ。ルーナの父親は魔王軍の宰相。そう、俺は部下に裏切られたのだ。

 うん、なんか遠征や救援の願いが重なって変だなー?って思っていたんだよね。城に誰もいなくて昼飯を自分で作ったし。


「喰らいなさい。これは我がトローンの大賢者ラーイガの作った結界です。これで魔王あなたの力を封じます」

 姫様が結界を構築する……確か君達正々堂々って言ってたよね。魔王の聞き間違いかな?

(これは限定結界?……力が抜けていく)

 限定結界、手っ取り早く言えば条件付きの結界だ。用途は限られるけど、はまるとでかい。この時の条件は受けている愛の多さ……ハーレム限定パワーアップ結界です。

 そして魔王時代の俺は独身、限定結界で力がダウンしたんです。


「愛を知らなかった事がお前の敗因だ。死ね、魔王ジャント」

 勇者の剣が俺の身体を切り裂く。そして魔王ジャントは、ここで命を落とす。

 そして気付くと俺は、神域にいた。


「ジャント、聞こえてる?私だよ。創造神クレエ……お前に命令。お前の魂を、異世界チキュウにあるニホンという国に転生させるね。お前はそこで愛を知りなさい。そうすれば、再びこの世界に戻ってこられるから」

 そこにいたのは創造神クレエ、この世界の神様で俺の師匠オニババ。修行はスパルタだし、いつも無茶振りばかりしてくる。


「嫌ですよ!ニホンって、勇者の生まれた国ですよね!?人間しかいないって世界でしょ?あいつ等はフェスティを殺したんですよ……良いんですか?俺がニホンに転生したら大虐殺をするかもしれませんよ」

 俺は抗議した。あの頃の俺は人間が大嫌いだった……フェスティは俺の婚約者。彼女は人間に殺されたのだ。

でも、師匠は俺の訴えをガン無視して話を続ける。


「私への返事は、はいかイエス。そう、教えたでしょ。これは決定事項、向こうに行けば大事な女性と再会出来るわよ。さあ、つべこべ言わずに逝く」

 こうして俺は日本に転生したのだ。今の俺の名前は岩倉いわくら慈人しげと、三十歳。

(あっ、四越で青森物産展やるんだ……源タレを売るだと。これは買いに行かねば)

平和と食を愛するサラリーマンにて元魔王……未だに愛を知らないしがない独身中年である。


 漫画やラノベで魔力を手に入れて好き勝手する話がある。

 元魔王様が言ってやる、現実はそんなに甘くないぞと……今の日本で攻撃魔法や催眠魔法を使ったら絶対に怪しまれる。ファイヤーボールを使えるのが、バレたら不審火が起きる度にお巡りさんに呼ばれてしまう。

だから俺は転生してから、攻撃魔法を使っていない。


「岩倉、セントラルムから電話だ。コピー機の調子が悪いらしい。今直ぐ行って来い」

 俺が勤めているのは、文武ぶんたか事務機器販売店。そこの営業兼配達兼苦情処理係……早い話が何でも屋だ。

 今日の予定はびっちりだ。時間を作るとしたら、昼休みしかない。

でも、文句は言えない。何しろ聖ラルムは大切なお客様だ。機嫌を損ねて別の会社に変更されたら、売り上げが激減してしまう。


「分かりました。ついでに外回りをしてきます」

 お配り用の飴を持ち、社用車に乗り込む。目指すは一路、聖ラルム。

 聖ラルム高校、数年前までお嬢様高校として有名だった。少子化の煽りを受け共学になったらしい。

あそこラルム行くのなら、封印を強めにしておかないとな)

 学校には色んな思念や情念が渦巻いている。俺は元魔王だけあり、闇属性である。封印を強めておかないと面倒な者を連れてきてしまうのだ。

 魔法も自重しないといけないが、その他の力も抑えないと面倒な事になる。

筋力が強いままだと、ふとした拍子に物を壊してしまう。それに魔力を出しっぱなしにしていると、幽霊が寄ってくる。

 催眠術でハーレムを作る話がある。でも、魔法でそれは不可能だ。

 魔法は万能ではない。催眠魔法で何でも思い通りにしようとしたら、とんでもない事になるのだ。

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