第19話 バルコニーでティータイム2
「ありがとう。そういえば、フィンゼル様はベルフィア領の外に出たことはありますか?」
「ん? いや、ないが?」
俺の行動範囲は狭く、ベルフィアどころか、このブリステン市からも出たことはなかった。
もっというと城の敷地内からもあまり出たことない。過保護すぎるフリーダが城下町に出たいと言っても反対するのだ。もうちょっと大きくなったらいつか城を抜け出してみようかな。
「そうですか。では、お友達とかはお作りになりたいとは思いませんか?」
友達。この城には俺と同い年くらいの子供はマリアしかいない。そのマリアもメイドだから友達とは言わないだろう。
ここでの生活も充実しているにはしている。魔法の実践は楽しいし、ギュンターとの剣術も悪くはない。しかし、ずっとこの城にとどまり続けるにも飽きが来る。貴族の生活は、他の貴族とパーティーをしたり、もっと華やかなイメージがあったが、今のところはそのようなイベントもないし……。やはり戦争中ということで自粛しているのか?
「友達か。確かに欲しいとは思うな。今の生活も悪くはないが、もっと新しい刺激が欲しい」
「なら、王都にある学園に通われるのはどうかしら? そこにはフィンゼル様と同じように貴族の子供たちが通う学び舎があるのです。ただ16歳から18歳までと年齢制限が付きますが」
「学校か! それはいいな! なんだか楽しそうだ」
16歳か。大分先の話になるな……。学校という懐かしい単語を聞き、感傷に浸っていると―――
「駄目です!」
マリアが大きな声を上げテーブルをバン!と叩き俺の紅茶が少しこぼれた。
「あ、申し訳ございません」
すぐに我に返り謝るマリア。
「マリアちゃん、急にどうしたのですか?あなたらしくありませんね」
「だって、フィンゼル様がいなくなってしまったら、私は……」
そんなことを考えたのか。しかし、これは惚れというよりも依存しているように感じる。
危ない方向に行っているような気もするが……。
「なら、マリアも一緒に来ればいいじゃないか。大丈夫だよな?」
「そうですね。問題はないかと思われます。王立フェゼスタ学院は、様々な学科に分かれており、貴族でないと通えないというものではないので、マリアちゃんもちゃんと通えますよ」
カトレアがそういうと、マリアはほっとしたような顔をした。
「ただし、今もこの生活が続くという前提ですが」
マリアはほっとした顔から怪訝な顔つきに変わった。 本当マリアはどんな顔をしても可愛いからすごいな。
「というのも、このベルフィア家の跡取りは決まっておりません。今は暫定でフィンゼル様になってはいますが、あくまでも暫定。今後どうなるかは分かりません。レイモンド様なのか、はたまたヘンリー様なのか。もし家督争いで敗れるようなことになれば、事態は変わってしまいます。 特にフィンゼル様はヘストロアの血を継いでいますので、ベルフィアからは追い出されてしまうでしょう。 ヘストロア家も他の家の事情に口を挟めるとも思いませんし。 もし決闘で敗れることになれば、フリーダ様は保護されるでしょうけど、家督争いの種になりそうなフィンゼル様は……」
カトレアは淡々と俺が家督争いに負けたらどれだけやばいかを語ってくる。おいおいそんなに子供を怖がらすなよ。マリアなんて目を赤くさせて泣きそうに……いや、違うなこれは―――
「そんなこと絶対にさせません!」
本日二度目の台パンである。 俺の紅茶がテーブルにこぼれる。 マリアは泣きそうになって目を赤くさせたんではなく、怒りで充血させていたのだ。
「いや、待て。確かにカトレアの言うことも分かるが、ベルフィアはこの帝国遠征で大分力を落としたはず。ヘストロアを蔑ろにはできないだろ?」
「フィンゼル様のお考えも一理あります。普通の貴族ならそう考えてもおかしくありませんが、オリバー様がそのように考えるとは思えませんね。もともと、フリーダ様の婚姻もヘストロアを利用する為の物。下手にヘストロアから干渉されるくらいなら、切り捨てる可能性も十分あり得るかと」
「それは、ヘストロアの助力なしでもベルフィアを立て直すことが出来るということか?」
「いいえ。そうではありません。 ただ単純に口を出されるのが嫌なだけです」
領地を立て直すことより、自分の気持ちやプライドを優先する人間と思われているのか、俺の父親は。これはあんまり期待できそうな人物ではなさそうだな。
「まぁ、要するに、決闘で負けなければいいだけだろ? 俺には魔法があるんだ。5歳ぐらいの年の差なんて跳ね返して見せるさ」
俺は毎日修練上に行き、魔法のトレーニングもしている。魔力の扱いにもだいぶ慣れ、今や炎魔法に限れば、ヘル系の魔法も扱えるようになった。炎魔法は他系統の魔法より、破壊力が高い。カトレアの本気を見たことないが、魔法攻撃力だけで言えば、引けを取っていないと思う。
正直負ける気がしない。
「そうですね。今のまま成長していければ大丈夫かと思われます。成長する時間があれば、ですが……。とにかく決闘はそんなに甘いものではないと、覚えておいてください」
そう言うと、カトレアはいじっていた俺の手を放し、私(わたくし)一足先に広間に行っていますと去っていった。
「もう!なんなんですかあの人は!怖がらせるだけ怖がらせといて!何しにきたんですかね!」
マリアは怒っているが、多分心のどこかで何とかなるだろ、と思っている俺の心が見透かされたんだと思う。それでちょっと怖がらせて発破をかけてやろうとしたんじゃないだろうか。
「心配するなマリア。俺は負けないさ」
そう言って立ち上がり、マリアを後ろから抱きしめる。 マリアの方がまだ身長が高いので、若干不格好だが、こういったスキンシップや大胆な行動も女を落とすのに重要だと前世で聞いたことがある。
抱きつけるし、好感度も上がるなら一石二鳥だ。
「そうですね。このマリアも付いていますので。きっと何とかなりますよ!」
マリアは腰に回した俺の手に上から手を重ね、頑張りましょ!と笑顔で言ってきた。
守りたいこの笑顔。
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