第13話 撤退戦

 月光歴498年11月


 まさか……。こんな事態になるとは……。

 その男は茶髪で中肉中背、疲労困憊の為か、瞳には力がなく、野営のテントの中で嘆いていた。


 スタンリー・デフォー。 ベルフィア家の一級騎士である。

 

 代々ヘルドロード帝国皇帝は領土拡張主義で通っている。現皇帝、ヨハン・ゴルべフ・ヘルドロードもそれに漏れず、軍事で他国を攻め滅ぼし、領土を拡大しているアルスマーナ一の国土を誇る国だ。


 しかし、強引な領土拡大、併合をしていけば、帝国内部から反乱分子が出ることは当然の事。


 その勢力を煽り、反乱を起こさせ、帝国がそちらに手を回している隙に侵攻を開始する。

 それがこの遠征での作戦だった。

 

 初めの2年は上手くやれていた。

 帝国の各地で反乱が起こり、そちらに兵を回しているので、砦や城の警備は比較的薄い。

 城を落とし、村を焼き、順調に進行して行った。そして気付けば帝都サンクト・プロヴェンの目の前にいた。


(迂闊だった。手を出すべきではなかった。トリステン神聖共和国最強の特殊部隊、白い教祖の槍ホワイトロムレス……なぜやつらがここにいる!)


 この白い教祖の槍ホワイトロムレスによりベルフィア軍は崩壊。落とした城まで撤退し立て直しを図ろうと、奮闘したがそれも叶わず、20万人で始めたこの遠征は大きく数を減らし、5万人まで減っていた。


「デフォー様、斥候せっこう部隊、ただいま戻りました」


テントの外から部下の声がした


「ああ」


 スタンリーは斥候部隊から報告を聞きに行こうと外に出る

 外は雪が降っており暗闇をマナの光が照らしていた。気温は低く、兵士たちは震えていて士気も低い。


 スカリアの森。この森はマナが溢れており、エルフが住んでいる森だ。 この森はマナの力で冬でも果物や作物が育ち、手に入れればヘストロア家の力を借りることなく、食料が手に入る。


(当初はこの森を支配する為の遠征だったはずが……どうしてこうなったのだ)


 せめて魔導士部隊が無事だったなら魔法で何とかなるのだが……


「それで、どうだった?」


 スタンリーは斥候部隊の一人に聞いた。


「は! 敵は20キロほど離れた地点にいます。到着までにまだ時間は掛かりますが、今のうちに移動し始めた方がよろしいかと」

「そうか、分かった。 閣下に報告してこよう」

 

 この野営はベルフィア軍の本陣、オリバー・ライ・ベルフィア辺境伯のテントを中心に円になるように展開されている。

 スタンリーはオリバーのテントに近づき報告しようとした。


「ふざけるな!」


 スタンリーが声を出そうとした時、中から大きな声と、ガシャンとガラスが割れた音がした。


「閣下! どうかされましたか!」


 スタンリーが慌てて中に入ると、ベルフィア辺境伯と数人の騎士が対峙していた。

 話し合いに集中しているのだろう。誰一人此方に気付いている人はいない。


「だめだ! このままでは大赤字どころか周辺諸侯、いや、王国全土から信用を失う! それに何より、おめおめ逃げ帰るなど、このベルフィアの当主たる私に許されるはずがない!」


 長い金髪を束ね、赤い軍服に身を包むベルフィア辺境伯は、自分の左胸にある黒地で金色の獅子が描かれているベルフィアの家紋を手で押さえながらそう叫ぶ。


「しかし、閣下、これ以上はいたずらに兵を失うだけです。このまま全滅すれば、この雪辱を晴らす機会も失いかねません!」


 この場で一番年上であろう、口元にもじゃもじゃと髭を生やしたベルフィア筆頭騎士のゲオルグが意見する。


「はっ!よくもまぁ、そんなこと言えたものだな。だいたいゲオルグ、貴様が白い教祖の槍ホワイトロムレスごときに遅れをとったことが原因ではないか!」


「……くっ!」


 ゲオルグは悔しそうに顔を歪める。

 しかし白い教祖の槍ホワイトロムレスを止められる人間など早々いない。それこそベンセレム王直属の騎士、王の守護者パラディンでも出さなければ無理な話だろう。


「それにしても、なぜ王国と帝国の戦争に共和国が介入してくるのだ! 奴らが出てこなければ、とっくに帝都を落とすことが出来たものを!」


 話を聞いていたスタンリーは思う、それは無理だろうと。

 いくら帝国内で内乱が起きていたとしても、帝都までの道のりにあった城の警備は薄かった。意図的にそうしていたと考えていいだろう。


 帝都まで誘われたのだ。結果、待ち伏せしていた白い教祖の槍と帝国軍により敗北。そこから落とした城まで後退し、長い籠城作戦になった。

 帝国と共和国との間でどのような取引があったか分からないが、帝国としては、調子に乗った王国が帝都まで侵攻してくると読んでいただろう。その布石ということだ。


 そう考えたところで、スタンリーは自分が何をしに来たかを思い出す。


(そうだ、敵が近づいていることを報告しなければ!)


「お話し中、申し訳ございません! 敵が近づきつつあります。ただちにこの場を後にした方がよろしいかと」

「なにぃ!? まさか白い教祖の槍ホワイトロムレスじゃないだろうな?」

「いえ、その可能性は低いでしょう。白い教祖の槍ならば、補足することすら叶わず、奇襲を受けているはずですから」

「まぁ、それもそうか。だったら恐れるに足らんな! このまま迎撃するぞ!」


 そうベルフェア辺境伯は高らかに宣言する。


「お待ちください! 閣下! 兵はこの寒さで疲労が溜まっております。戦闘は避けるべきです」


 またもゲオルグは食い下がる。


「ゲオルグ、いちいち私の決定に口をはさむな。これはチャンスだ。このままやつらを撃退し、この辺に住んでいるエルフの村を衝撃して捕獲し、奴隷商人にでも売り飛ばせば、帝国に一泡吹かせ、多少は金も補填できる。ただ逃げ帰るでは格好がつかん!」


 もはや、ベルフィア辺境伯は自分の保身しか考えていないのは明白だった。このまま逃げ帰り、愛する妻や子供に幻滅されるのが怖いのだ。せめて何かしらの武功と戦利品が欲しいところだった。


「エルフの村ですと!? 彼らは帝国との戦争に直接は関係がありません! なによりそのような時間はありませんし、民間の村を襲うなど……」


 このエルフの村襲撃の案にはゲオルグのみならず他の騎士たちも反対した。


「閣下! お考え直し下さい! 今はただちに引くべき時です! 引き際を誤ると本当に取り返しがつきなくなります!」


 そう口々に騎士たちから反論され流石のベルフィア辺境伯も押し黙る。


「ええーい! 分かった! 分かった! この場はとりあえず引くとしよう」


 ベルフィア辺境伯の理解もいただき、その場にいる騎士たちは安堵を浮かべたその直後―――


「敵襲! 敵襲!」


 テントの外から兵士の叫び声が聞こえた

 スタンリーは思った。いくら何でも早すぎると。

 魔法を使ったとしても夜での行軍は時間がかかる。いや、むしろ魔法を使ったのであるなら、陣に敷いている魔制探知石が反応するはず。


「いったい何が……」


 スタンリーが考えに更けていると、ゲオルグが即座に指示を出す。


「兵士二万で敵を足止めする! その隙に閣下をベルフィア領までお連れするのだ!」


 敵が何人いるかも分からない状況だ。2万で足止めできるかも分からないが、ベルフィア辺境伯の警護をこれ以上割くわけにはいかないのだろう。 


「悪いがスタンリー一級騎士。お前には殿の隊長を務めてもらう」

「は!」


 スタンリーはこの人選もなんとなく予想が出来た。スタンリーは今や騎士の位を授かっているが、出は田舎の村から徴兵された農民だ。一番切り捨てられる立場である。


 外から剣と剣がぶつかりあう戦闘音と兵士たちが大声で叫ぶ声が聞こえる。

 もう戦闘は始まっている。


「ではスタンリー、任せたぞ!」


 ゲオルグは他の騎士たちと一緒にベルフィア辺境伯を囲む形でテントから出ていき撤退を始める。


「やるしかない……か」


 スタンリーは、ベルフィア辺境伯が出て行った反対側の出口から飛び出した。

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