第4話 歴史を学ぼう
約2000年前、様々な人種がこの大陸の覇権を得る為争っていた暗黒時代。人族から賢者テーゼ・マルクト・デモスネスが現れた。デモスネスはこれまで人族が扱いかねていた魔力をコントロールする術、テーゼ式魔法手法を確立。これにより他の人種と比べて特質する物がなく、劣っていたとされた人族が、エルフ族やドワーフ族の国を滅ぼし、この大陸唯一の国アルスマーナを建国した。このテーゼ・マルクト・デモスネスの功績を称え、彼の出生を記念法としてデモス歴が始まった。
アルスマーナが栄えること1000年。南にある霧の大地、ネーベルランドから魔王イルファブル率いる魔王軍が侵攻してきた。俗にいう人魔大戦である。
魔王軍と人族は激しい戦闘を繰り返していたが、人族の劣勢を見かねた女神ディアナルナが7人の勇者を召喚すると、魔王イルファブルを激闘の末に退治した。
これによりしばらく平和が続いたが、長きに渡る魔王軍との戦争でアルスマーナは疲弊。人魔大戦で生き残った勇者もいなくなり、各地で独立運動が盛んになって、アルスマーナは解体。これにより1500年に及ぶデモス歴は終焉を迎え、新たに月光歴が幕を開けた。一時期は何十という国が出来たそうだが、これを4つの国が侵略、併合していき今の形となっている。
北のヘルドロード帝国、東のベンセレム王国、西のレーゼンバニア諸侯連邦、その3国から囲まれている形にある、中央のトリステン神聖共和国。
月光歴497年になった今でも、再びアルスマーナ統一の為、これらの国は戦い続けている……。
今はサディーによる歴史の授業中。俺はサディーが大陸の歴史を解説している最中、悪いと思いながら欠伸を噛み殺して聞いていた。というのも、俺は前に見つけた書庫で、この手の歴史は読んでいたので、知っている話を聞かされても退屈なだけだ。
しかし、世界が変わっても戦争ばっかりだな。エルフやドワーフの国を攻め滅ぼした後、その亜人種を迫害して住む場所を追いやった話とか、まんま前世でも置き換えられることだし。この2000年の歴史の半分は戦争の歴史と言っても差し支えないだろう。アルスマーナが栄えていた1000年間も、人間同士や、他の亜人種の反乱など完全に平和だったとは言い難いみたいだし……。
唯一気になるのは、女神が召喚したと言われる7人の勇者か。彼らが現れてから時間の単位が明確に定まっている。7日で1週間、1か月は30日、365日で1年。他にもいろいろと前世と共通する物がある。彼らが現れるまでは別の時間単位もあったようだが、1000年前に塗り替えられたようだ。時期的にも一致しているし、これをなしたのがこの7人の勇者で間違いなさそうだ。
これってもしかしなくても俺がいた前世の世界からの召喚だよな……。ということは俺みたいに転生じゃなくても転移して世界を移動している人物がいるかもしれないのか……。そして歴史書に書いてある限りだと、人類を追い詰めていたはずの魔王を倒せるくらいに強いらしい。まぁ、500年以上も昔の話だ。それ以降誰かを召喚したという事実はないみたいだし、気にしてもしょうがないか。
「そして、南にある霧の大地、ネーベルランドには生き残りの魔族がいるという話ですので、近づく際は十分お気をつけて……坊ちゃま、聞いておられますか?」
「もちろん! 話を続けて」
サディーは一つため息をつくと、話を続ける。この4つの国とネーベルランドを合わせる大陸をアルスマーナと呼ぶという話から、地理や貴族の教訓の話に移ってゆく。
ここは、ベンセレム王国の北方にある領地。ヘルドロード帝国の南東部分とスカリアの森を挟んで、国境が隣接しているため、昔からバチバチやりあっているみたいだ。
ちなみに父は帝国に遠征中だから一度も会えていなかったようだ。俺が生まれる前から出発したため、もう4年以上になる。いつもは帝国から攻めて来るみたいだが、こちらから打って出るのは久しぶりらしい。
辺境伯とは国境の防衛を任務としているらしく、ベルフィア領はまさに帝国と隣接しているため責任重大だ。
その代わり権限も大きいようで、ベンセレムの王も統治に関してあまり口出しはできない、小国家のような存在だそうだ。
地図を見る限り、ヘルドロード帝国が攻めて来るときは必ずベルフィアを始めに攻略するか、一度迂回してトリステン神聖共和国の領地を経由しなくてはならない為、王国からしたら、ベルフィアは帝国軍の侵攻を防ぐ為の盾なので、代々ベルフィア家の貴族は武力に秀でていなければ務まらないみたいだ。
それにしても戦争か。もしベルフィアの家督を継いだら、俺も戦争に行くのだろうか。 前世では戦争のせ文字もない平和な世界で暮らしてきた俺は全く実感が湧かないが。
まぁ、まだ子供だしな。 俺が成長するころには情勢も変わっているだろうし何とかなるだろ。
「良いですか、坊ちゃま。貴族は基本的に王の勅命さえ無視しなければ自由を約束されていますが、だからこそ!貴族とは気高く、そして強くなくてはなりません。戦いから逃げ出す、領民を蔑ろにする行為は絶対にやってはいけません。貴族自ら先頭に立ち、騎士を、兵士を、領民を導かなくてはならないのです。どんなに苦しくても、弱みを見せてはいけません」
「分かってるよ、サディー。それ何十回も聞いた」
俺は頬杖をついて少し退屈そうに言った。
当然のことだが、使用人一人一人、貴族はこうあるべきという考えは違う。サディーは貴族に、強さ、気高さ、カリスマ性を求めているようだが、ギュンターなどは、俺に危ないことをさせたくないらしく、かなり過保護な部類だ。
確かにサディーの考えも分かる。貴族はある種の特権階級だ。それだけの価値を示せ、とそういうことだろう。しかしその理屈だと俺の母親で貴族であるフリーダも強くあるべきと言うことになるが……。
「ねぇ、サディー。お母様も強いの?」
「フリーダ様に武力は必要ではありません。フリーダ様はそこにいるだけで尊い存在なのですから」
サディーはなんの迷いもなく言い切る。何だろう、この扱いの差は。性別の問題か?いや、なんとなく違う……気がする。
そこから話はまた変わり、ベルフィア家の歴史になっていく。
なんでもデモス歴の時代は、ベルフィア家はここら一帯の豪族だったようだ。ベルフィア家の保有する領地には海があり、海の幸を売って財を築いていたという。
しかし、アルスマーナ崩壊と共にデモス歴が終焉を迎えると、この機に乗じて、ベルフィア国の建国を宣言したらしい。
それがライザー・ベルフィア。フィンゼル・ライ・ベルフィアのミドルネームになるライの部分。この世界ではミドルネームの事を貴族名というらしいが、この初代ベルフィア辺境伯のライザーを取って付けられた。ちなみに、なんで貴族名というのかと言うと、貴族と王族しか付けることが許されない名前だからである。実にシンプルだ。
「しかし、建国を宣言したのはいいものの、時を同じくして建国したベンセレム王国に目を付けられてしまいます。このベンセレム王国の王は、アルスマーナ王の甥。つまり正真正銘の王族です。正直ベルフィアのちゃちな王国とは格が違いました。違いましたが!こともあろうにこのベルフィア王国の王、ライザー・ベルフィアは戦うこともせず降伏してしまったのです!仮にも一国の王を名乗った振る舞いとは思えません!」
興奮してズレた眼鏡をクイっと上げながら、サディーは怒り心頭だ。だが俺的にはこの選択は別に可笑しいと思わなかった。確かに戦わないのはちょっと情けないと思ってしまうが、敵が巨大すぎるならしょうがないとも思う。何より早期降伏したことによって辺境伯という貴族の地位を与えられたのなら、それは成功と言っては良いのではないだろうか。
それよりも気になるのはこのサディーの物言いだ。フリーダが嫁いできた家だというのに何のリスペクトもないように感じてしまう。
「サディーはベルフィアが嫌いなの?」
さも子供ならではの純粋な疑問を問いかける感じで、嫌味がないように質問する。
「そうですね。私が仕えているのはベルフィア家ではなく、フリーダ様、ひいては坊ちゃま個人に仕えているのです。決してベルフィア家に仕えているのではありません」
またしてもなんの躊躇もなく言い切る。
しかし、この答えには矛盾が生じるように思える。フリーダはベルフィア家に嫁いできたので、当然ベルフィア家の人間だ。そのフリーダに仕えているのだからサディーもまたベルフィアに仕えているということではないだろうか?
「それってどういう―――」
俺が問いを投げかけようとしたところで部屋のドアが開けられた。
「ねぇサディーお茶を入れて欲しいのだけど…ってあら?フィン。お勉強中だったかしら?」
「いえ、フリーダ様。ちょうど一段落したところです。坊ちゃま、この続きはまた今度」
「ああ……」
「フィン。一緒にお茶しましょう。いいわよね?」
「もちろんでございます」
サディーの柔らかい笑顔に、フリーダと俺に対する態度差を改めて感じる瞬間であった。
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