第5話 新任教師
外は冷え込み、太陽も雲で隠れ、世界を白く塗りつぶさんばかりの雪が降っていた。
しかし、城内も厳しい寒さに見舞われているのかと言うと、そうではなかった。城のいたるところに暖を取る為の魔制石が配備されていて、寒く感じるどころか、まるで春のように温かく、半そででも過ごせるくらいの気温になっていた。
俺はそんな過ごしやすい城の一室から、窓越しに下を見る。そこには広い中庭があり、雪が積もっていなければ花壇などが一望できる場所となっていた。天気の良い日にはフリーダがベンチで本を読んでいたりするのだが、今いるのはフリーダではなく羽の生えた馬、ペガサスだ。
雪の中、中庭を駆け回るペガサスを、メイド服を着た青い髪の女の子がブラシを持って追いかけていた。雪の中を駆け回るペガサスとメイドの女の子。その光景を見るだけで寒さが此方まで伝わってくるようで、身震いする。
この世界には二種類の動物がいる。一つは魔力を持たない犬や猫と言った動物。もう一つは魔力を持つ魔物だ。
この魔物は、魔王軍侵攻と一緒にネーベルランドから持ち込まれたものであり、動物とは比較にならないほど強い生き物だ。そんな魔物はどうやって生まれてくるのかと言うと、強力な一匹の魔物が巣を築き、空気中の魔力を取り込んで魔物を生んでいるらしい。その魔物の巣を
しかし、魔物が蔓延ることは、一概に害しかないとも言い切れない。それは、魔物が息絶えると、魔石を残すからだ。魔物の体は実態があるわけではなく、魔力で出来ている。それによってかどうかは分からないが、現代ではもはや欠かせなくなっている、魔制石(魔法制御石)の材料となる魔石を生み出すのだ。
魔制石とは、魔法を宿した水晶のこと。この石があれば、誰でもその石に宿っている魔法を扱うことが出来る。今現在、魔石の価値は高騰し続けていて、魔物を狩って魔石を得る冒険者という職業が登場したと本に書いてあった。
また、魔物と言っても全部が全部凶暴で人間に害をなすわけではないようだ。捕まえて、しっかり調教すれば犬のように人間に懐く魔物もいる。ペガサスがその例だ。
中庭で女の子とじゃれ合うペガサスを見ていると、とても危険な魔物とは思えない。最も、危険な魔物を見たことはないが。
中庭の女の子とペガサスを見ること数分。俺はこれからの事を考えると、自然とため息がでた。
この時間はサディーによる魔法理論の授業で、部屋で待っていろと言われて結構経つ。その間俺は暇を持て余している状態だ。
前の魔法実践で、魔法陣なしで魔法を使ったためか、サディーからは新しい魔法教師が来るまでは魔法の実践はやらないと言われている。だがこの魔法授業が恐ろしくつまらない。ただでさえサディーは、この城の使用人で一番厳しいのに、そのサディーから高校数学並みに退屈な勉強を見て貰うなど地獄でしかない。
俺は机の上に置いてある魔法理論の参考書を徐に開いてみる。そこには様々な魔法の情報が記載されていた。魔法を用いるのに使う魔法陣は、基本システムである。システムと言うからには、情報を正確に魔法陣に記述すれば、魔法はその通りに発動されるということ。
しかし、情報を正確に記述するというのは思いのほか難しい。それもそのはずで、全ての情報を頭の中で処理しきるには相当頭の柔らかさが必要だからだ。しかも頭の中で描く前には、発動する魔法の知識も必要な為、勉強が絶対に必要不可欠。感覚で出来る人もいるにはいるらしいが、そんな天才は一握り。
訳の分からん数字に記号、そして言語。魔法を正確に記述するにはそれらを上手く組み合わせることが必要だ。こういう所が前世の数学を思い出し、俺を苦しめる。
何を隠そう、高校に通っている頃は、数学赤点の常習犯。これなら歴史の勉強をしている方が幾分楽だ。
俺は魔法の参考書をペラペラめくりながらボーっとしていると、部屋のドアがノックされた。やっと来たか……。俺は入室を許可する為、返事をする。
「お待たせいたしました、坊ちゃま」
「サディー、遅いぞ。いつまで待たせる気だった―――」
サディーにちょっと小言をいようとしたところで、言葉に詰まった。部屋に入って来たのはサディーと、なんだか申し訳なさそうな顔をしているギュンター。
そして……。
「初めましてですわね。
カトレアと名乗った女は、息を吞むほどに美しかった。
推定20代前半。ウェーブがかった紫の長い髪に、紫の瞳。口元の左下にある黒子がさらに妖艶さを醸し出している。そして重要なのがその服装。彼女のこれでもかと主張する大きな胸元を、まるで強調するかのように開いた黒いローブ・デコルテは彼女の魅力にさらに磨きをかけていた。
新しい魔法教師と言うから、どんな爺ちゃん婆ちゃんが来るかと思ったら、まさかこんなセクシー美女だったとは……。
俺は今後の彼女との授業に思いを馳せた。
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