第2話 異世界へ

 目が覚めたら、自宅ではない見知らぬ場所にいた。


 横たわっているせいか、なんかやけに天井が高い気がする。


 えーと、何してたっけ?てかどこだ?


 記憶を遡っていくとトラックと衝突したところまで思い出せた。

 ということは、ここは病院か。良かった、死にはしなかったんだな。

 俺は、あたりを見渡そうと首を回した


 あれ……?


 なんかめちゃくちゃ首が重い。というか体が全然動かない。

 おい、まじか。なんか重い後遺症とかじゃないだろうな?

 もしそうだとしたら最悪だ。この年で一生介護してもらって生きていくとか悲しすぎる。


「おお! 坊ちゃま! お目覚めになられましたか!」


 ネガティブに考えていたら、横から白髪交じりの髪を後ろで束ねていて、黒の軍服を着ている男がのぞき込んできた。


 推定30代中盤から後半ぐらいか。ただ明らかに日本人ではなく、彫りの深い顔つきに、緑色の目を持っていた。


 誰だ? 病院の先生か? にしては白衣を着ていないな。というかこんなムキムキの医者がいるのか?筋肉が盛り上がりすぎて、厚い生地で出来ていそうな服がピチピチになっているぞ。


 俺は状況を確認しようと、男に話しかけようとした。


「あー、あー」


 ん? なんだ? うまく声が出ない。まさかこれも後遺症か?


「いやー無事に生まれてよかったですなー奥様」

「ええ、本当に良かったわ。頑張った甲斐があったわね!」


 右隣から嬉しそうに弾んだ女性の声が聞こえた。他にも人がいたのか……全然気づかなかった。


 どんな人物か確認しようと首を向けようとしても重くて動かなかった。

 というか、このおっさん、見た目完全に外人なのに、めちゃくちゃ流ちょうに日本語しゃべるな。


「それにしても、この子泣かないわね。ミリーシャの子たちは、わんわん泣いていたようだけど」

「それだけ、勇敢ということでしょう。 坊ちゃまならこのベルフィアの地を統べる、偉大な領主になれますぞ!」

「もう、気が早いわよ、ギュンター」


 この二人が何を楽しそうに話しているのかが全く分からない。

 いや、言葉は分かるのだが、ベルフィアとか領主とかなんのことだかさっぱりだ。


 俺はもう一度話しかけようと、口を開くが、やはり『あー』という意味のない単語しか喋れない。   


 俺は痺れを切らし、思いっきり喉に力を入れて叫ぼうとしたが、出たのは言葉ではなく、赤く光った何かが俺の口から出た。その光は天井に向かって飛んで行き、花火のように弾けた。


「きゃっ!」

「なんと!これは……!」


 な、なんだこれは……。俺の口から次々と赤い光が飛び出しては弾けていく。


 と、止められない……。自分の口から出ているはずだが、俺の中に渦巻く何かが、生理現象の我慢が限界を迎えた時のように自分の意思では止められず溢れ出る。


「凄い! 凄いわ! フィンゼル! 生まれたばかりなのに魔法を使うなんて! この子は特別よ!」

「お、奥様! 危ないですから離れて下さい! ここは私が!」


 老人は何を思ったのか、腕まくりをして俺の口に手を当てようとしてくる。


「ちょっと!ギュンターさん!?脳筋にもほどがあるでしょう!?坊ちゃまに何かあったらどうするのですか!?」


 男の手を後ろから掴み動きを止めた、初老の……こんどは女性か。その女性は眼鏡をかけて、白黒のエプロンドレス、俗にいうメイド服を着ていた。その人だけではない。俺は身動きが取れなく、視界が制限されていたから気付かなかったが、この部屋には沢山メイド服着た女性がいたようだ。


眠れスローシー


 メイド服を着ている初老の女性がそんな言葉を放つと、丸くて光り輝く図が浮かび上がる。その図には訳の分からない文字が浮かび上がっている……が、なんか眠くなってきた……。俺の唐突な眠気と共に、口から出ていた火花も収まっているようだった。


「ほら、フィンゼル、今日はもう休みなさい」


 黒髪黒目美女が俺を覗き込む。黒髪黒目と聞いたら日本人を的な人種を思い浮かべそうだが、顔は思いっきり西洋顔だ。


 フィンゼル?なんだ?人の名前か?

 とりあえず寝てから考えるか。俺はゆっくり目を閉じる。


 こうして転生1日目は終わっていった。




――




 それから3か月が過ぎた。




 うん。そろそろ認めなければならない。

 どうやら俺は転生したようだ。それも地球ではない、どこか全く別世界に。

 名前は、フィンゼル・ライ・ベルフィア。


 ベルフェア家当主、オリバー・ライ・ベルフィアの正妻の長男……らしい。正妻のってことは、側室の子供もいるということだと思う。まだ、兄弟にはあったことはないが。


 フィンゼルは名前、ベルフィアは土地の名前、このミドルネームのライは、ベルフィア家初代当主の名前からとっているらしい。



 俺は昔から、勉強はもとい、面倒ごとなどから逃げる人生を送っていた。

 そんな楽な方に流れがちな俺は、この現実から目を背け続けた。

 寝て目が覚めたら元の世界に戻っているだろうと、期待したこともあった。


 窓の外から羽が生えた馬が見えようと、使用人っぽい人が何もないところから水を出そうとも、あまつさえこの世界の母であろう、黒髪ロングの美女に抱き抱えられ、鏡に映る赤ん坊の自分を見てしまったとしても、全てを見て見ぬふりをし、元の家族が迎えに来るのを待っていた……。待っていたのだが、3か月たって何もなければもう認めるほかない。


 まぁ、こんな楽観的な性格だから、こんな異常事態になっても落ち着いてられたんだけどな。


 それにしても、人生リスタートかぁ。

 前の人生、仕事は単純作業しかやらせて貰えなかったし、彼女もいなかった。

 しかし、家族との仲は良かったし、お別れも言えずに会えなくなるのは心残りだ。


 こんなことになるなら、稼いだ金使っておけばよかったな。


 浪費家ではなかったし、何より実家暮らしだったので、2年間働いて貯めた金は、ほぼ手をつけていなかった。


 あの金でいい墓立ててくれればいいけどな。


 いや、前世のことを考えても仕方がない。これからの事を考えよう。


 せっかく生まれ変わったのだ。前世の反省を生かして、今度こそ楽しい人生にしよう。そのためには金、権力、そして美女……は最終目標として、一番は自信をつけることだ。前世でもそうだが、この自信さえあればどんな状況になろうとも、自己肯定感で乗り切れる。あとは勉強だがこれも頑張って行こう。前世みたいな思いはこりごりだ。


 次は、今この現状の整理だな。


 俺はこの3か月全く部屋を出れていない。部屋にはいたるところに口を大きく開けた獅子の紋章が施されており、俺の身に着けている服にもこの紋章が付いている。この部屋に居てもやることもないため、今ではこの紋章を眺めるのが日課だ。なんだか隔離されている気分になるが、まだ自分の足で立てないから、歩いて見て回ることも出来ない。不便極まりない。


 そんな俺が感じたことだが、どうやら、めちゃめちゃ金持ちの家に転生したらしい。使用人やらメイドやらいっぱいいるし、ゴツくて軍服きたギュンターとかいうおじさんは俺の事 坊ちゃまとか呼んでくるし。


 初めはどっかの王族かなとも思ったが、ときおり訪れる使用人が辺境伯とか言っているのを聞いたので、王族ではなく貴族のようだ。いやしかし、これは相当運がいいんじゃないだろうか。


 俺も前世で、漫画や小説の主人公が、転移や転生して冒険する物語を何作か読んだことがある。


 その中で辺境伯という爵位もあったはず。確か貴族でも相当上位の爵位のはずだ。

 早くも最終目標の内の二つ、権力と金をクリアしてしまった。これは幸先が良い。



 貴族と言えば、働かずパーティーや遊んでばかりのイメージだが実際はどうなんだろう。


 何もせず民から税を取っているだけじゃ反乱されそうだからな、ここの領主であろう父にはぜひ良政を心掛けてほしい。


 ちなみに父とは一度も会ったことはない。俺が会ったことあるのは、付きっきりで面倒を見てくれる黒髪美人で母親のフリーダ(推定25歳)毎日のように顔を出すギュンター・ ペドロヴィア、あとは定期的に食事やいろいろな面倒を見てくれている執事やメイドくらいだ。


 辺境伯ともなるとやはり忙しいのか? いや、だとしても自分の子供が生まれれば顔くらい出すだろ。分からない、母と仲でも悪いのか? だとしたらそもそも子供など作らないか……。まぁいつか会うだろ。その時きけばいいか。


 見ている感じだと、生活の中で魔法を使うことはほぼないようだ。部屋の明かりをつけたりするのも部屋に水晶?のようなものが天井やら壁のいたるところに取り付けられており、使用人がそれに触れることで水晶から黄色に輝く図が浮かび上がり、その水晶自体が光を放って部屋を照らしている。


 せっかく別世界に来たのだから前世ではできなかったことをやりたいものだが、中々そのチャンスはこないし、前にメイドがやった輝く図を空間に映すこともない。水晶で光を供給するとか前世で体験したことがなく、初めは物珍しくはあったが……。


 やはりもう少し大きくならないと駄目だな。

 母親の乳に吸い付きながら、今後の事を考えていると、息継ぎの為に乳から口を離す。


 母はそれで満腹と思ったのか、俺を縦に抱えて、背中をポンポンと叩く。


 この世界でも赤ちゃんにゲップをさせる習慣はあるらしい。


 俺は遠慮なくゲップをすると、それと同時に口から火花が飛び出た。火花は飾ってあった花瓶をなぎ倒して花火のように弾ける。


「こら!フィン!またなの!?」


 母であるフリーダは、これに怒り心頭の様子。しかし、俺としても出したくて出しているわけではない。俺の中に渦巻いている何か……多分魔力的なやつだと思うが、俺の意思に反して勝手に出てしまうのである。危険すぎるが俺にはどうしようもなかった。


 フリーダは、しょうがない子ね。と言いながら俺を寝かしつけた。




――




 一歳になった。


 俺は一人で歩けるようになり、行動範囲も広がった。


 ただ、勝手に出歩こうとすると、フリーダに叱られるので人の目を盗み、城を散策するのが日課となっていた。


 この城はかなり広い。俺が住んでいるのは城の3階部分になるのだが、ちょこちょこ抜け出しているのにまだすべて見回れていない。


 俺は散策の休憩がてら窓から外を見た。


 そこには煉瓦で作った建物が並んでおり、屋根がオレンジ系統で統一された街並みが広がっていた。


 何度見ても綺麗な街並みだ。まるで小説やゲームの中みたいだ。

 最も、城から出たことないので、近くで見ると印象と違うかもしれないが――。


 早く外に出ていろんな場所を見て回りたいな。


「サディーメイド長!大変です! また坊ちゃまを見失ってしまいました!」

「何をやっているのですか? あなたは。これで何度目ですか?」


 近くで、メイドの声と、怒鳴ってはいないが、明らかにいつもより声が低く、怒りを滲ませているメイド長の声が聞こえた。


「だいたい、あなたはいつもいつも! 坊ちゃまに何かあったら責任がとれるんですか!? 奥様に報告するのは私なんですよ!?」

「大変申し訳ございません!すぐに見つけてまいります!」


 話しながら歩いているのだろう。声がどんどん近づいてきた。

 おっと、メイド達には悪いが、まだ捕まるわけにはいかないな。

 俺は近くに開いてあった部屋に隠れるように入っていった。


 部屋には大量の本棚とその中には、びっしりと分厚い羊皮紙の本がお置かれていた。


 書庫か?この部屋には初めて入るな。

 前の世界ではあまり本を読んでこなかったが、異世界の本には興味をそそられる。

 俺は一冊の本を手に取り読もうと開いてみた。


 ……。読めん。


 この本だけか?

 他の本も何冊か手に取ってみたが同じ文字が書かれていた。


 この世界の住人が普通に日本語話しているから、文字も日本語かと思ったら、全然違うみたいだ。


 なんだこの文字は……英語でもないな。

 本にはアルファベットぽいが微妙に違う言語が記載されていた。


 思えば、人が話している単語と口を開く動作に違和感があった。


 彼らは日本語を話していない……?


 しかし俺にはちゃんと日本語に聞こえているし、言葉の意味も正確に伝わっている。


 俺が話す言葉も、まだ舌足らずだが、正確に伝わっていた。


 可能性があるとすれば、言葉は日本語だが文字は別の可能性。

 だがそんなことあり得るのか?口を開くときの動作の違和感もこれでは説明つかないし。


 次に可能性があるのは、俺の脳内が勝手に日本語に翻訳してくれている可能性だが、聞き取りはできても俺は日本語を話しているつもりなので、説明がつかない。俺が話した言葉も現地の言葉に訳して伝わっているのか?


 ……。まぁいいか。


 現状は、話す分には問題がなく、文字の読み書きをマスターすればいいだけだ。


 俺はさっそく文字を教えてもらいに行くため、メイド長のもとに戻っていった。

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