第10話 言いがかり

馬車から降りるとまた嫌な視線にさらされるが、もう気にしなくなっていた。

いつものようにお義兄様に教室まで送ってもらって、中に入る。

令息が二人もうすでにいたが、挨拶することなく自分の席に座る。

すぐに令息がもう一人入ってきて、残りはエリーヌ様だけになる。


…もうすぐ授業が始まるのに遅いわ。お休みなのかしら。

そう思っていたら、エリーヌ様が教室に入ってきた。少し遅れただけらしい。

先生が来る時間には間に合ったようだと思っていたら、

なぜかエリーヌ様は自分の席には座らずに私のところへとくる。


「…?エリーヌ様、どうかしました?」


「どうかしましたじゃないわよ。

 シルフィーネ様、ずっとひどいとは思っていたけど、

 これほどまでひどい人だとは思ってなかったわ。」


「え?」


「それ、ミーナから取り上げたそうじゃない。

 公爵家から贈られた唯一の証なのに、取り上げるなんてひどいじゃない!

 いくら公爵家にしがみつきたいからって、実子のミーナにやりすぎよ。」


「…え?」


あきらかに怒っている様子のエリーヌ様だけど、言われていることがわからない。

周りの令息たちもエリーヌ様の怒りように驚いているけれど、ただ黙って見ている。


「…エリーヌ様、何を言っているのですか?

 ミーナから取り上げたとは?」


「その髪飾りよ!聞いた時にはさすがに嘘だと思っていたのに。

 公爵家から娘だという証で贈られた髪飾りをシルフィーネ様に奪われたって、

 校舎前でミーナが泣いて悲しんでいたわ。早く返してあげなさいよ!」


「ええ?この髪飾りですか?

 これは私のものです!ミーナから取り上げてなんていません!」


「嘘言わないで!どう見ても、その宝石の色はミーナの目の色じゃない!

 濃い青なんてどこにもないシルフィーネ様には必要ないわ!」


「そ、それはっ。」


お義兄様の色だからと言いかけて、言えなくて黙る。

私がお義兄様の色を身につけていると公言するということは、

お義兄様を慕っていると公表することになってしまう。

いくらなんでも義妹で、フレデリク様の婚約者候補の私が言っていいことではない。


お兄様から贈られたことを言うわけにもいかず、

言い淀んでしまったことで、私がミーナから奪ったものだと認めたと思ったのか、

エリーヌ様は私の髪飾りに手を伸ばしてきた。

これには驚きながらも避けて取られずに済んだ。


だけど、それがエリーヌ様の気に障ったらしく、

腕をつかまれて、再度髪飾りに手を伸ばそうとしてくる。


「やめてください!何するんですか!?」


「私が代わりに返してあげるから!素直に寄こしなさい!」


「嫌です!」


「なんてひどいの!公爵家の娘の立場も強引に奪ったと聞いたけれど、

 ここまで最低な人だとは思っていなかったわ!」


「そんなことしていません!」


「黙りなさい!」


奪われるのが怖くて、髪飾りを外して握りしめる。

これはお義兄様から贈られた大事なもの。エリーヌ様には渡せない。

取られてしまったら、きっとミーナに渡されてしまうだろうから。

私のことを嫌っているミーナに渡されたらきっと戻ってこない。


この髪飾りは…お義兄様が自分の色を身につけていいと贈ってくれたもの。

それを誰かに渡すことなんてできなかった。


にらみ合っていると先生が教室へと入ってきた。

それを見て、舌打ちしながらエリーヌ様は席へと戻っていった。

席に座った後も、まだにらまれている気がした。


何も無かったように授業が始まったけれど、外した髪飾りを付ける勇気はなかった。

またエリーヌ様に狙われないように胸の内ポケットへと入れる。


教室にいる人全員が敵に思えた。

冷たい視線を感じながら、午前中の授業を終えるまで耐え続けていた。




それからは朝、お義兄様に髪飾りをつけてもらっても、

教室に入ると外して胸ポケットにしまうようにしていた。

さすがにお義兄様と一緒にいる時に髪飾りについて言ってくるような者はいない。

私が髪飾りをつけているのをお義兄様が認めているということは、

ミーナから取り上げたものではないとわかってもいいようなものだが、

周囲の視線はそうではなかった。


日に日に私が悪者になっていく気がする。

それでも何も手を打てずに一週間が過ぎていった。



「今日の放課後は教室で待っていてくれるか?」


「ええ、何か用事があるのですか?」


「次の理事会の会議場所などを打ち合わせてくるんだ。

 それほど長くはかからないから待っていてくれ。」


「わかりました。」


来月に理事会が行われる予定だというのは聞いていた。

その打ち合わせがあるとは知らなかったけれど、それほど長い時間ではなさそうだ。

同じ教室の者はほとんどが授業が終わると同時に帰ってしまう。

一人で待つことになるだろうが、一人でいたほうが気楽だとも思う。


「…帰り、良いことがあると思うよ。」


「良いこと、ですか?」


「ああ。楽しみにしていて。」

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