第9話 お守り

次の日、学園へと向かう馬車の中でお義兄様が髪飾りをつけてくれた。

つけようかどうか迷い、恥ずかしくて制服のポケットにしまい込んでいたのだが、

お義兄様からつけないのかと聞かれ、ポケットから取り出した。

それを受け取ると、お義兄様は私の隣へと席を移した。


「つけてやるからじっとしていて。」


「…はい。」


ふわふわの髪をおさえつけるように撫でて、耳の上あたりにつけてくれる。

髪を引っ張らないようにと優しい手つきでつけてくれるお義兄様に、

動かないようにじっとしているとすぐにつけ終わった。


「あぁ、やっぱりよく似合っている。

 制服でも違和感がないから、問題ないだろう。」


「髪飾りは禁止ではないのですね?」


紺色の制服に近い濃い青色の髪飾りは、違和感なくとけこんでいる。

これなら目立つことも無く、周りから気にされないかもしれない。


「華美過ぎれば問題だが、このくらいなら他の令嬢もつけている。

 何かあれば俺の許可があると言ってくれていい。」


「お義兄様の許可、ですか?」


学園の許可ではなく、お義兄様の許可という言葉に引っかかる。


「俺は学園の理事の一人だから。」


「え?理事?」


「正確に言えば父上が理事なんだが、王都にいないことも多いだろう?

 俺が学園に入った時から代理になっているんだ。」


「理事とは何をするんですか?」


「そうだな。簡単に説明するのは難しいが…。

 学園長と理事たちでこれからの学園の運営とかを話し合うんだ。

 だいたい三か月に一度くらい会議がある。

 理事は四大公爵家から一人ずつ務めることになっている。

 それに王家からも会議に出席することになっているが、

 ここのところは毎回セドリック様が出席しているな。」


「フレデリク様では無いのですね。」


学園にいるからお義兄様が理事の代理を務めているのなら、

忙しい王太子のセドリック様ではなく、

学園に通っているフレデリク様でもいいのではないかと思ったのだが、

お義兄様は静かに顔を横に振った。


「残念だが、フレデリク様は会議に向いていない。

 フレデリク様は人の意見を聞きすぎるんだ。

 王家の意向とか考えずに、周りから言われたことにすべて頷いてしまう。

 これでは逆に会議は進まなくなってしまう。」


「…そういえば、フレデリク様は皆さまの意見に素直にうなずきますね。」


「人がいいとか、素直とかいえば聞こえはいいが、

 フレデリク様が王太子に選ばれなかったのも仕方ないと思うよ。

 まぁ、もっとも、セドリック様が優秀すぎて最初から決まっていたようなものだが。」


この国は長子が継ぐと決まっているわけではない。

優秀なら末子が継ぐこともよくある話だった。

だが、セドリック様が学園を卒業した時点で、

セドリック様が王太子に指名されている。

フレデリク様は王族に残るかどうかもまだ決まっていない立場だ。

それもフレデリク様のそういう性格が影響しているのだろうか。


「セドリック様の優秀さはよくお聞きします。

 婚約者のアンジェリカ様も素晴らしい方ですし、王家は安心ですよね。」


「そうだな。…おそらく早めに譲位されることになるだろう。

 俺が卒業するまで待ってくれればいいんだが。」


「そんなに早くに譲位されるかもしれないのですか?」


「…何事も無ければ大丈夫だ。

 シルフィーネはわかっているだろうが、これは内緒だ。」


「ええ、わかっています。」


陛下の評判と言えば、事なかれ主義だとか、平凡な国王だとか、

何か悪いわけではないけれど物足りないと言ったところだろうか。

もちろん不敬になるので大っぴらに言う人はいないけれど。

そのせいもあってセドリック様に期待する声が高まっているのだと思う。


話しているうちに馬車は学園に着いた。

ゆっくりと馬車は止まり、ドアが開けられる。

これからまた嫌な思いをするのかと身体が重く感じる。

行きたくない、でも行かなければいけない。


「大丈夫か?体調が悪いようなら無理しなくていいんだぞ?」


「いえ、大丈夫です。」


ここで休んでしまったら、もう二度と学園に通えなくなる気がする。

顔をあげたら、お義兄様から贈られた髪飾りの重さを感じて、

嫌な気持ちがすっと消えていった。


…この髪飾りをお守りにしよう。

お義兄様の色を身につけているなら大丈夫なはずだから。

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