第8話 お義兄様の色
髪飾りのお店は大通りに面していて、
ガラス張りで綺麗だがこじんまりとしたお店だった。
五人も入ればいっぱいになってしまうくらいの店内に、
大きなケースが一つ置かれていて、その中にたくさんの髪飾りが並べられている。
にこやかに接客してくれたお店の人の説明を聞いたら、
店主が手作業で作っていて、すべて一点物だという。
お茶会で話題になった時にはそこまでわからなかったが、
一つしかないと思うとどれも特別なものに見えてくる。
小さな宝石を散りばめた髪飾りは、宝石の色や種類によって印象が大きく変わる。
夜会にもつけていけそうな豪華なものから、普段でも使えそうなものまで。
いろどりどりの髪飾りに目を奪われ、お義兄様と来ているのにもかかわらず、
ぼーっと見とれてしまっていた。
「気に入ったようだな。」
「はい!どれも綺麗で…すごく素敵です。」
「シルフィーネはどれが好きなんだ?入学祝に贈らせてくれ。」
「いいのですか!?」
自分のお小遣いで買えると思っていた髪飾りだが、意外と高価なものだった。
小さいとはいえ宝石を使っているからか、自分では買えそうになかった。
それでも見ているだけでも楽しいと思っていたのだが、
お義兄様に入学祝で買ってもらえると言われ、もう一度髪飾りをながめる。
…私の好きなもの?
目に留まったのは一つの髪飾りだった。
深い青一色で作られた髪飾りは、お義兄様の目の色に似ていた。
寒い冬の静かな海のような濃い青色…
冷静さの中に力強さも隠し持っているお義兄様の目を思い浮かべるような髪飾りに、
ふれていいのか迷いながらも手を伸ばす。
「…それが気に入ったのか?」
「…この色が好きで…ダメでしょうか?」
きっとこの色を見たら誰もがお義兄様を思い出す。
お義兄様自身もこの色が自分の目の色だと気がついていると思う。
…ただの義妹がつけていいものではないかもしれない。
やっぱりダメだよね。お義兄様の返事を待たずにケースに戻そうとしたら、
その手を止められ髪飾りを渡すように言われる。
どうするのかと思いながら素直に渡すと、
お義兄様は受け取った髪飾りを私の髪にあてた。
「そうだな。シルフィーネの柔らかな金の色には合わないかと思っていたが、
こうして見ると意外と合うものだな。
これならそれほど華美でもないし、制服の時でもつけられるだろう。」
「…ダメじゃないですか?」
「ダメじゃないよ。むしろ、この色は似合わないかと思って遠慮していた。
だが、似合うのがわかったことだし、夜会デビューのドレスもこの色にしてもいいな。」
「お義兄様は嫌じゃないですか?」
「ん?」
夜会デビューのドレスの色は基本的には自分の色を身につけるものだ。
私なら薄い青か薄黄色のドレスになる。
他の色を身につけるというのは、婚約者がいる場合はその人の色を身につける。
いなければ、お慕いしている人の色をまとっているという意味になる。
…この色はお義兄様の色だとすぐにわかると思うのに。
私がお義兄様の色のドレスを着てもいいのだろうか。
見上げたら少し考えこんでいたが、私が不安そうにしていたのがわかったようで、
くしゃりと頭を撫でられる。
「ああ、そういうことか。大丈夫、気にしなくていい。
シルフィーネが嫌ならば無理に着なくてもいいが、
俺がこの色でドレスを作って贈りたいだけだ。」
「お義兄様が贈ってくださるの?」
「シルフィーネのことに関しては俺が決めていいと父上から許可を得ている。
だからこの色じゃなくても俺が贈るつもりだったんだが。
…俺がドレスを贈るのは嫌か?」
「いいえ!…うれしいです、お義兄様。」
「そうか。じゃあ、楽しみにしていてくれ。」
「はい!」
思わぬ約束に口が勝手に笑ってしまう。
夜会デビューはまだもう少し先の話だけれど、ドレスは三か月前には仕立て始める。
半年もすれば具体的な話をすることになるはずだ。
「それで、髪飾りはこれでいいんだな?」
「はい。これがいいです。」
お義兄様がお店の人に渡すとすぐに包んでくれた。
お会計の間、他の髪飾りを見ていたら、何か背中の辺りがざわりとした。
すごく嫌な視線を感じた気がして、店内を見回したけど誰もいない。
気のせいだったのだろうかと思っていたらお義兄様が品物を受け取っていた。
「さぁ、帰ろうか。」
「はい!」
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