第7話 お出かけ

「俺がこうしてエスコートするのはシルフィーネだけだよ。

 少なくとも学園を卒業するまでは、

 俺はシルフィーヌ以外のものにはならない。」


「学園を卒業するまで…。」


「シルフィーネはフレデリク王子の婚約者候補だろう。

 それがどうなるかわからないから、俺の婚約者も決められないんだ。」


「あぁ、そういうことですか。」


フレデリク様の婚約者候補は私を含めて四人いる。

王子の婚約者候補は四属性から一人ずつ選ばれることになっている。


フレデリク様の婚約者候補は三年前に選ばれた。

水から私、火からエリーヌ様、土から三歳年上の公爵令嬢ミシェル様、

木から一歳年下の侯爵令嬢ユミア様だ。

おそらくフレデリク様が学園を卒業する二年後までに正式な婚約者が決まるだろう。


フレデリク様とお義兄様は同じ学年なので、

卒業までにはお義兄様の婚約者も決められるということかもしれない。

きっと選ばれなかった令嬢はお義兄様の婚約者候補になるのだろうから。


ただ、ミシェル様は公爵家の一人娘なのでフレデリク様と婚約した場合は、

フレデリク様が公爵家に婿入りすることになる。

選ばれなかった場合は同じ公爵家当主になるお義兄様の婚約者にはならない。


お義兄様が選んだのがおっとりしているユミア様なら問題ない。

お茶会で会うといつもニコニコしていて、私とも仲良くしてくれている。

だけど、私を目の敵にしているエリーヌ様がお義兄様の婚約者になったなら、

私はもうお義兄様と話すことすらできなくなるかもしれない。

…もしかしたら、本当に子爵家に帰されることになるかも。


「何か不安なのか?」


「…いえ、なんでもありません。大丈夫です。」


「卒業するのはまだ二年も先の話だ。そう心配するな?」


「…はい。」


そうだ。まだ二年も先の話だった。今心配しても仕方ない。

これ以上考えないようにしたいけれど、胸が少し苦しい。


お店に入ると、個室が予約されていた。

小さな個室で、二人しか座れないソファに通される。

奥に座るように言われ座ったら、密着するようにお義兄様も隣に座った。


「お、お義兄様?狭くありませんか?」


「そう?狭いならシルフィーネは俺のひざの上に座るか?」


「え?」


冗談だと思ったのに、ひょいと抱き上げられ、お義兄様のひざの上に座らされる。

普段とは違う近さにお義兄様の顔や肩がある。

慌てて降りようとしたら捕まえられ、

姿勢がくずれてお義兄様の胸の中に飛び込む形になった。


「こら、狭いから暴れるな。」


「だ、だ、だってぇ…。」


「ここはこういう風に座るために狭く作られているんだ。

 いい機会だ。俺にふれるのに慣れておけ。」


「慣れるって…お義兄様!?」


抱きしめられたまま私をあやすように背中を撫でられ、

子どもじゃないと思いながら抵抗もできない。

お義兄様が少しだけつけている香水の匂いがして、頭がくらくらしそうになる。


なんとか降ろしてもらおうとしていたら、お茶とケーキが運ばれてくる。

人前で争うわけにもいかず、お義兄様をにらむけれど笑い返されてしまう。

結局、お店の人が入って来ても離してもらえず、

レモンケーキも一口ずつスプーンですくって口元に運ばれる。


「一人で食べられます!」


「いいから、ほら。口を開けて。」


「んぅ。」


反射的に開けてしまった口にケーキが運ばれる。

さわやかな甘さのレモンケーキは大好きだけど、味わうよりも恥ずかしくてたまらない。

少しお茶がさめたころ、カップも口元に寄せられ、

何が何だかわからないうちに飲まされていた。


仕返ししようとしてお義兄様にもレモンケーキをスプーンですくって口元に運ぶと、

何のためらいもなく食べてくれる。

私のほうが恥ずかしくなっていると、そんな私を見てまたうれしそうに笑った。


「シルフィーネと食べると美味しいな。」


「…お義兄様、あまり甘いものは好きじゃないのではなかったですか?」


「そうだな。あまり得意ではないよ。

 だけど、レモンケーキなら酸味がある分食べやすい。」


そういえばそうだった。

あまり甘いものを食べないお義兄様に少しでも食べてほしくて、

料理長にいろいろと作ってもらっていた時期があった。

酸味があるもの、柑橘やチーズが入っているものなら食べてくれると気がついて、

それから私の好きなケーキもレモンケーキになったのを思い出す。


…あの頃は、お義兄様がつらそうで。少しでも身体を休めて欲しかった。

もうあまり傷だらけになるまで自分を追い込むことは無いようだけど。




レモンケーキを食べ終わり、お茶を飲み干すと、

ようやくお義兄様のひざから降ろしてもらえた。

まだ顔が赤い気がする。頬が熱を持って、ほわほわしている。


そのままお店を出て、馬車に乗って帰るのかと思ったら、

お店の前に馬車はいなかった。


「あら?馬車がいません。どこに行ってしまったんでしょう?」


「ああ。少し寄りたいところがあったから、馬車は違う場所で待機させている。」


「寄りたいところ?」


「この近くに髪飾りのお店があるんだ。

 まだ新しい店だが、令嬢たちに人気があるらしい。

 セドリック様に近くに行くなら寄ったほうがいいとおすすめされた。」


「あぁ、聞いたことがあります。

 小さな宝石をたくさん散りばめてあるそうで、とても可愛らしいと。」


「多分それだ。この近くらしい。行ってみよう。」


「はい!」


差し出された手を取って、貴族街を歩き始める。

こんな風にお義兄様と一緒に街を歩くのは初めてで、歩くだけなのに楽しい。

髪飾りのお店は本当に近く、すぐに着いてしまったことが少し残念に思う。


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