第6話 悩み

学園に通い始めて二週間が過ぎた。

授業には慣れたものの、あちこちから来る視線が痛い。

その理由は…ミーナのせいだった。


平民の教室のミーナは、なぜか他の教室の令息たちにも人気があった。

女性のわりに長身ではあるが頼りげない細い身体に憂いのある表情。

それが自分が話しかけると、こぼれんばかりの笑顔に変わる。

自分が守ってあげたい、頼ってほしいと思うのだろうか、

いつも隣には騎士のように令息がいる。


これが貴族令嬢ならばはしたないと言われるところだが、ミーナは平民だ。

一緒にいる令息に婚約者がいないのであれば誰からも文句は言われる筋合いはない。

遠くに見るだけだが、いつも私のほうを見て何か言っては泣いている。

それを令息たちが慰めているように見える。


…ミーナは私のことが邪魔なのかもしれない。

そう思う場面は多々あった。

朝、馬車から降りるとミーナが待ち伏せしていることがある。

お義兄様を見て、駆け寄ってこようとして、すぐに立ち止まる。

そうしてお義兄様には話しかけずに、私を見て悲しそうな顔をして去っていく。


「気にするな。さぁいこう。」


お義兄様にはそう言われるけれど、周りからの視線は私を責めているように感じる。

その理由は教室に入った後でエリーヌ様に教えられた。


「シルフィーネ様は意地悪なのね。」


「意地悪、ですか?」


「だって、ミーナはジルバード様の実の妹なのよ?

 話すくらい許してあげられないの?」


「わ、私は何も言ってません。」


「にらんでいたら同じだわ。」


別ににらんでいたつもりは無いのだけど、

お義兄様を取られたくないという気持ちが他人にも見えていたのだろうか。

反省はするけれど、表情をどう変えてもミーナの行動は変わらなかった。

むしろ、どんどんミーナの私を見る目が責めている気がする。


思わず帰りの馬車でため息をついてしまい、お義兄様に心配されてしまった。


「疲れているようだな。大丈夫なのか?顔色が悪い。」


「…大丈夫です。」


「明日はお出かけしないで休むか?」


「いいえ、お出かけします。…楽しみにしていましたから。」


「そうか。じゃあ、レモンケーキの店に行こう。

 シルフィーネの好物だろう?」


「はい、うれしいです!」






大好きなレモンケーキのお店は貴族街でもはじのほうにあり、

公爵家の屋敷からは行くのに少し時間がかかる。

忙しいお義兄様の時間を奪ってしまうのは少し申し訳なく感じる。

それでも久しぶりにお義兄様とお出かけできると思うと、

うれしさで心が落ち着かなくてなかなか眠れなかった。


次の日、ゆっくりと起きて支度すると、

もうすでにお義兄様は準備を終えて待っていた。

レモンケーキに合わせて、薄黄色のワンピースを着た私を見て笑い出した。


「ふふふ。シルフィーネが美味しそうだ。」


「ダメですか?」


「いいや、食べてしまいたいくらい可愛い。」


「もう。」


ふざけているのかと思っていたら、私の髪を一束すくうように持ち上げて口づける。

今までそんなことをされたことはなかったから、固まってしまう。

こんな近くにお義兄様の顔がある…濃い青の目がすぐ近くに。


「…真っ赤だな。男慣れしていないのは知っているが、俺でもこれか。」


「お義兄様!」


今度こそ本当にからかわれたのだとわかり、胸の辺りをたたいてしまう。

そのまま両手を取られ、抱きしめられた。


「からかっていないよ。さぁ、出かけようか。」


あまりのことに何も言えずにいたら、そのまま抱き上げられて外に連れ出される。

馬車に乗ってからも顔に熱が集まったままで、お義兄様の手を離せずにいる。


「シルフィーネは少しは男というものに慣れたほうがいい。

 俺で少しずつ慣れていこう。

 こんなにすぐに真っ赤になっていたら夜会でどんな目に遭うか。」


「夜会、ですか?」


「もう少ししたら夜会デビューだろう。

 もちろん俺がエスコートするが、このままだと危なすぎる。

 少しずつでいい、男性にふれられるのに慣れよう。」


「…はい。」


夜会ではダンスを踊ることもあるし、あのくらいの抱擁は普通なのかもしれない。

髪に口づけするような令息もいるのかもしれない。

そう思えばお義兄様が心配するのも無理はない。

あんなことされたら恥ずかしくて固まってしまうもの。


それならお義兄様の慣れておけという話もわかる。

一番仲がいいお義兄様でさえ、近づかれたら真っ赤になってしまう。

…お義兄様ほど素敵な令息は他にいないのだから、お義兄様になれたなら、

どんな恋愛上級者に言い寄られても大丈夫な気がする。


「じゃあ、今日は俺とデートだと思って。」


「ええ?」


「慣れるんだろう?」


「ううぅ。わかりました。」


目を細めて笑うお義兄様は本当に楽しそうで、

私が慣れていないのを面白がっているように感じる。

こんな風に手を取って優しくエスコートしてくれるお義兄様は、

思っていたよりもずっと女性に慣れているのかもしれない。


「…お義兄様はどうして平気なのですか?

 夜会でいつもこんなふうに令嬢にふれているのですか?」


「いや?夜会に出席するようになって一年もたっていないよ?

 まだ数回しか出席していない。

 それに婚約者もいないのに令嬢にふれたら、すぐに婚約を迫られてしまう。」


「…本当ですか?」


じゃあ、どうしてこんなに慣れているように感じるんだろう。

お義兄様に手や肩や背中にふれるのは嫌じゃないけれど、

他の令嬢にもこんな風にふれているのなら嫌だと思う。

…嫌だと思うのは、ふしだらだと思うからだろうか。




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