第5話 手紙(ジルバード)
学園から帰ってきてすぐ、父上へと手紙を書く。
ミーナという女生徒が言うことを信じたわけではない。
だが、調べもせずに切り捨てるほど嘘だと断定もできなかった。
学園に入学するほどの魔力持ちならば、純粋な平民であるわけがない。
学園の平民の教室は没落した貴族の関係者か愛人の子ばかりだ。
ミーナもどこかの貴族と関係があるのだと思う。
それなの父上の愛人の子だなんて名乗り出るのはおかしい…。
四大公爵家に喧嘩を売っていいという貴族家はいない。
ミーナの後ろ盾になっている貴族家が許すはずはない。
考えられるのは一つだけ。後ろにいるのはうちか、王家か。
父上は母上と離れることは無い。
少しも離れたくないからと、今も一緒に領地へ戻っている。
王都に滞在する時も、領地を見回る時も、母上を必ず連れている。
貴族なのにめずらしく愛し合っているように見える。
公爵家の一人娘だった母上に婿入りした父上は、元は侯爵家の二男だった。
新しい事業に投資して失敗しただけでなく、
他国と通じていた罪で侯爵家の当主と跡継ぎは捕まえられた。
何も知らなかった妻と二男は捕まらなかったが、平民落ちしている。
父上は水と風の二属性で、性格も真面目で優秀。
婿にと狙っていた家も多かったという。
だが、生家が没落したことでどこの貴族家も手を引いた。
お祖父様が父上を助けたのはただ一つ。愛娘にお願いされたからだ。
学園の同じ教室だったことで、もうすでに父上と母上は恋仲だったらしい。
母上は元王女であるカロリーヌお祖母様の娘ということで、
血が近すぎると王家の婚約者候補には選ばれなかった。
その上、家を継ぐ一人娘ということで、父上を婿入りさせるのに問題はなかった。
生家が没落したとしても、公爵家に後ろ盾は必要ない。
むしろこれ以上力を持ってしまえば四大公爵家のバランスが崩れかねなかったため、
没落貴族の父上はちょうどいい婿だったともいえる。
父上は分家の伯爵家の養子にしたうえで、公爵家の婿として迎えられた。
婚約と同時に公爵家に迎え入れられ、
それからずっと片時も離れずにいると聞いていた。
愛人を囲うような時間がどこにあるというのだろう。
もしかしてと思ったのは、
父上ではなく、お祖父様の子だったりしないかということだった。
先代公爵のお祖父様なら平民街の屋敷を購入するくらい簡単だろうし、
使用人をつけることだってできる。
父上は母上に内緒でそんなことをする力は持っていないように思う。
ただそれならばミーナをお祖父様の子として引き取るはずだ。
公爵家には子どもが俺しかいない。
もし俺に何かあれば分家から養子をとることになるだろうが、
それくらいならば妾の子でも引き取って子どものうちから教育したほうがいい。
あれほど強い水属性ならば問題なく継ぐことができる。
考えれば考えるほどミーナの存在は不可解でしかなかった。
それに、シルフィーネを敵視するような目つきが気になっていた。
とりあえずは父上に確認しようとミーナのことや噂のことを書いて封をする。
手紙を出すように家令に渡した時、
もしかしたら知っているのではないかと思い聞いてみることにした。
「なぁ、レスト。うちは平民街に屋敷を所有しているか?」
「え。あ、そうですね…調べてみないとわかりませんが。
本邸と別邸以外にもいくつか不動産は所有していますので、
平民街にもあるかもしれません。」
先代公爵の時から家令として仕えているレストだが、不自然に目をそらした。
知っているが、言うことはできないということか。
…この分だと、ミーナは無関係ではなさそうだ。
「わかった…手紙は早く届くようにしてくれ。」
「かしこまりました。」
シルフィーネに何というべきか。
いや、父上から返事が来るまでは何も言わないでおこう。
ミーナに声をかけられてから、なんとなく態度がおかしい。
中途半端なことを言えば、よけいに心配させてしまうかもしれない。
せめて、次の休みは楽しませてやりたい。
シルフィーネが大好きなレモンケーキの店に予約を入れさせ、仕事に戻る。
学園を卒業すれば本格的に公爵家を継ぐ準備に入ることになる。
この屋敷のことだけでも覚えることは山ほどある。
もう少しゆっくりシルフィーネと過ごしたいが、そうもいかない。
兄妹でいられる時間はそれほどないというのに…。
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