第3話 噂

「バラデール公爵家が所有している平民街の家に愛人親子を住まわせていると、

 もう何年も前から噂されていますのに、本当に知らないと?」


「…何年も前からの噂?」



それが本当なら、あのミーナという者は本物のお義父様の娘?

でも、そんな噂は聞いたことが無かった。

お義父様はお義母様ととても仲が良く、愛人がいるようには見えない。

片時も離れることなく一緒にいるのに、そんなことあるわけがない。

思わず疑いの目を向けてしまったら、エリーヌ様の機嫌を損ねてしまったようだ。


「あら!信じられないのなら良いです。せっかく教えて差し上げましたのに。

 でも、これからのシルフィーネ様のことが心配になりますわね。」


「え?」


「だって、学園に通うということはその愛人の子も魔力が高いのでしょう?

 シルフィーネ様よりも強い水属性のようですし。

 それなら無理に養女を取らなくても、実の娘を引き取ればいいのですもの。

 公爵の娘なら、相手が平民だとしても問題ないでしょうから。」


「…そんな。」


私が微笑みを崩すのがうれしくてたまらないというように、

エリーヌ様は赤い唇を歪ませるように笑った。

すっと顔を寄せられて、思わずびくりとしてしまう。

エリーヌ様は私の耳元で、他の人には聞こえないようにささやいた。


「…シルフィーネ様がいらなくなって、

 子爵家に帰されるのも時間の問題ですわね。楽しみだわぁ。」


「……。」


言いたい事だけ言うとエリーヌ様は自分の席に着いた。

あまりのことに何も言えず、私も自分の席に着く。

午前中の授業は説明だけだったが、何一つ頭に入らなかった。


気がついたら周りがざわついていて、席を立っている。

午前中の授業が終わったのだと気がついた。


「シルフィーネ、迎えに来たよ。」


「…あ、お義兄様。」


そういえば昼休憩に迎えに来ると言っていた。

ドアのところで呼んでいるお義兄様に向かうと、

教室内に残っていた者たちがこちらを見ているのがわかる。


…そうか、私とエリーヌ様が朝に会話していたのを聞かれていたから。

これから公爵家はどうするのかと思っているんだろう。

私とお義兄様の会話を聞こうとしているのかもしれない。


「ずいぶんと疲れた顔をしているな。お腹がすいたのか?

 食堂の個室に行こう。」


「はい。」


労わるような言葉と差し出された大きな手に、ほっとしながら手を乗せる。

エスコートされて出て行く様子を見られているのには気がついているが、

そちらはもう気にしないようにした。



たとえ、あのミーナという子がお義父様の愛人の娘だというのが本当でも、

養女である私が何か言うことはできない。

…それがエリーヌ様が言うように子爵家に帰されるということになったとしても。

私が公爵家の養女になったことのほうがおかしいのだから。



食堂は校舎とは別棟にあるらしい。

外壁と同じ、赤レンガでできた建物は歴史を感じさせるが、

清掃が行き届いているようで清潔感がある。

同じように手入れのされた中庭を歩いていくと、食堂がある棟に着いた。


「学園は広いのですね。迷子になりそうです。」


「大丈夫だよ。俺が案内するから。」


「さすがにずっとお義兄様に案内してもらうわけにはいかないですもの。

 早く覚えるようにします。」


「できる限りそばにいる。とりあえず俺が卒業するまではな。」


「卒業するまでって、まだ二年もありますよ?」


「二年しかない、だろう?」


本当に悔しそうに言うのがおかしくて笑ってしまう。

食堂に入ると一階はたくさんの学生が食事をしていた。

高位貴族用の個室は二階にあるらしく、二階の廊下には警備の者が立っている。


「バラデール家だ。」


「かしこまりました。」


ここで名前を言えば案内してくれるらしい。

案内されるままついていこうとしたら、後ろから呼び止められた。


「シルフィーネ、久しぶりだな!」


響くような大きな声に、どうしてもすくみそうになる。


そこには第二王子フレデリク様が側近候補たちを連れていた。

土属性の茶髪を一つに束ね日焼けした顔のフレデリク様がくしゃりと笑う。

鍛えられた大きな身体にローブを重ね着しているため、いつも以上に大きく見える。


フレデリク様たちも個室で食事をするために来たのだろう。

失礼にならないようにお義兄様の手を離し、フレデリク様に礼をする。


「あぁ、いいよ。学園ではそういうのしなくていい。

 いつも真面目だな、シルフィーネは。」


「それが普通ですから。フレデリク様は何か用ですか?」


フレデリク様は悪い人ではないと思うけれど、

大きな身体や声に、どうしても怖いと感じてしまう。

そのため、フレデリク様に話しかけられるたびに身体が震えてしまう。


「ようやくシルフィーネも学園に入学してきたんだ。

 食事くらい一緒にしようと思って。いいだろう?」


「…せっかくですが、お断りいたします。」



聞かれたのは私なのに、なぜかお義兄様が答えて私を背に隠す。

お義兄様とフレデリク様は同じ学年だが、フレデリク様の側近候補ではない。


公爵家次期当主のお義兄様は第一王子セドリック様の側近候補になっている。

四大公爵家の当主は国王の相談役になることが決められているからだ。

セドリック様は昨年に学園を卒業しているので、

お義兄様が学園にいる間は側近候補としての仕事はない。



「どうしてダメなんだ?シルフィーネは俺の婚約者だぞ?

 仲良くしておいたほうがいいだろう。」



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