第7話 ど近眼令嬢は死亡する
ついにこの日がやって来た。
そう、運命の15歳。とうとう小説の物語が始まる時がやって来たのだ!ここまで長かった……。鏡大好き王子はなぜかボロボロになりながらも毎度欠かさず「鏡を見てこい」としつこくて、いい加減あのやり取りにも飽きてきたくらいだ。私を気に入ってくれていた王妃様には申し訳ないが、私は今日、この舞台から降ろさせてもらいます!
この日、今まさに小説のプロローグが始まろうとしていた。このあと、王子はヒロインと運命の出会いとやらをするのである。
ストーリーはこうだ。いつもは必ずお供を連れているはずの王子がなぜかその日に限ってひとりで歩いていた。王族はいついかなる時も一人きりになってはいけない。それは絶対のルールであるにも関わらず、その日に限ってなぜかわざわざ一人きりになっているのだ。
馬鹿なんじゃなかろうか?とは思っていても突っ込んではいけない。ご都合主義なんてそんなものだろう。
そして、なんでかわからないがなぜか急に暗殺者に命を狙われる。おじいちゃん騎士様の昔の活躍のおかげで比較的治安の良い平和な国なのだが、本当になぜか急に暗殺者に命を狙われるのだ!まぁ、こうゆうもしもの時を考慮して一人きりにならないように指導されてるのはずなんだけどね。
そして狙われた王子にどこからともなく俊敏に飛んできた毒矢が刺さろうとした瞬間、なぜか居合わせたヒロインが「王子様、危ない!」と王子をかばって怪我をするのだが……おい、ヒロインよ。平民の娘がなんで王族が通る道に居合わせた?この道は王城にある王族しか入れない庭なのだ。ちなみに例の薬草もこの庭に生えているのだが、王子の婚約者である私が許可を貰えばギリギリ入れるレベルなので平民には難易度が激ムズのはず。つまり平民の女の子がいることがおかしいのだ。偶然ですませられる限界を越えているが、これまた突っ込んではいけない。それがお約束というものである。
「君は俺の命の恩人だ!」
はい、イチコロでしたー。王子チョロいよ、チョロ王子!そしてヒロインが実は王子に片想いしてたことを告白する。一応王子だから、女の子なら一度は憧れる存在だよねってことで、王子はその告白をすんなり受け入れるのだ。王子、初恋の瞬間。
ちなみに毒矢は刺さっていない。転んで擦りむいただけなのだがラノベの王子は大変感激していた。普段王子を守って怪我してる警護の人たちにも是非ともそのセリフを言ってあげてほしいところである。
……と、原作ではなるのだが、そうは問屋がおろさない。
この出会いイベント、利用させて頂きます!
そこは王族と一部の関係者しか通ることのできない王族専用の道。王子の婚約者である私は通ることを許されているから、いても誰にも不審には思われないが、視線の先にいるピンク頭の少女……ヒロインは辺りの様子を伺いながらこっそりと塀の影から頭を出してキョロキョロしていた。あきらかに不審者である。
そこは王族の古株しか知らないはずの秘密の通路のはずだが……一体どうやってその通路に侵入できたのか。王城の警備はどうなってるのか。謎は多い。
私はそのヒロインの後方からさらに様子を伺っているのだが、王子のところへ向かうタイミングを見計らっているのかこちらに気づく様子はない。
そしてヒロインが反対側から歩いてくる王子に向かって駆け出したのを確認して、その横を颯爽と走り抜け王子に突撃した。
「王子様、危なーーーーえぇ、王子が蹴られたぁ?!」
「どけや、このボンクラ王子がぁっ!」
「へぶぉあ?!」
私は「王子、危ない!お助けします!」と叫んだつもりで、王子を回し蹴りで毒矢が当たらない場所へと吹っ飛ばしたのだ。王子の体がちょっとバウンドしたけど、まぁいいか!
あ、心の声と建て前が逆になってたかも。つい本音が。
「おまっ、えっ……?!」
突然蹴り飛ばされた王子が文句を言おうとした目の前で、肩に毒矢の刺さった私がその場に崩れ落ちた。
「アリアーティア?!お前、俺を嫌っていたんじゃ……」
王子は信じられないという顔をして倒れた私の体を慌てて抱き抱える。触んなボケ。
「はい、だいきら「ピィ」ゲフン、ゲフン。
最後にお役に立てて良かったですわ……。この矢には毒が塗ってあるようです、私はもう……ガクリ」
「ア、アリアーティア~っ!」
私は王子の腕の中でそっと目を閉じた。
ふぅ、危なかった。シロが止めてくれなかったら本音が駄々漏れするとこだった。
そうして私はそのまま意識を失い、城に運ばれた頃には毒が回って手遅れで死亡した……。
先程のボンクラ王子発言はどうやら聞き流されたらしくひと安心である。
「え?ちょっ、あたしと王子様の出会いイベントは……?!」
そんなヒロインの声が聞こえたような聞こえなかったような……どうでもいいか。とりあえず、ヒロインが空気だったとだけ伝えておこう。
翌日、アリアーティア《悪役令嬢》の葬儀がおこなわれた。
婚約者として王子を守ったとして名誉を与えられ、立派な墓も建てられたようだ。
アリアーティアの両親は悲しんではいたが、王家から名誉と褒美を与えられ喜んでいるようにも見えた。とハンナが言っていた。
王子の婚約者の座はしばらく空席とすることになったそうだ。王妃様が「まさか、こんな手を使ってくるなんてね」と呟いていたそうだがその意味はよくわからないままだった。そう言えば、暗殺者は捕まったのかな?もう関係ないけど。
その後ヒロインと王子がどうなったかなんて興味もなかったが、本当に運命の恋の相手ならそのうちくっつくだろう。
こうして、悪役令嬢の物語は幕を閉じたのだった……。
***
「いやぁ、我ながらうまくいったわ。そう思いません?師匠」
「アリアの作った“仮死薬”はわたしの薬を越えたねぇ」
私はこれまでの苦労を思い出しながら紅茶をひと口飲んだ。
ふぅ~蜂蜜たっぷりで美味しい!
私は師匠の元で修行を続け、タイムリミットの15歳目前でとうとう“仮死薬”の開発に成功した。これを飲んでキッチリ30分後から丸1日、脈は止まり顔色も土気色になるというものだ。私はこの薬をあのイベント前に飲んでいたのである。
副作用を無くすのに苦労したけれど、これも私の魔力を混ぜてなんとか完成した。私専用なので他には使えないがもう出番はないだろう。
土葬だから出来たのよねぇ。墓に埋められた後、息を吹き返すタイミングでシロの聖霊の力で掘り返してもらったのだ。うん、シロが聖霊で良かったと心から思う。
え?毒はどうしたのかって?解毒薬(万能)作りも得意だからもちろん大丈夫だとも!
「ピィ」
「シロもありがとう。後でクッキーいっぱい作るからね!」
「ピィ」
喜んだシロはくるくる飛び回りながらヨダレを垂らした。やめれ、ヨダレが飛び散る!
こうして私は無事に死んで王子の婚約者をやめることが出来たのである。しかも栄誉ある死なので公爵家が罰せられる事はない。王家との関係も良好なものになるだろう。
ヒロインとも出会ってないしこれで悪役令嬢として断罪されることもない。両親には少々申し訳ないと思っているがどのみち私にはさほど興味が無かったんだし、王家からかなりのお見舞い金をもらったようだから、今度こそ自分たちの気に入る子供を養子にでもしてくれたらいいと思う。
侍女のハンナもすべて知った上で屋敷を辞め出身地の村へと帰っていった。親の跡をついで民宿するんだって。たまには遊びにくるって約束したし手紙もやり取りしようと思う。
ついでに結婚するって聞いた時は驚いたけどハンナならまるっとうまくやりそうだ。
こうして私は悪役令嬢としての名を捨て、アリアとして師匠と一緒に暮らすことになったのだった。
「これで自由よ~っ!師匠、これからは住み込みで修行しますからね!」
「ピィ」
「あらあら、賑やかになるねぇ」
意思を持つという不思議な森も、喜ぶかのように至るところで花を咲かせるのであった。
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