第6話 ど近眼令嬢は利用される

「よく来てくれたわね、アリアーティア嬢」


 麗しい微笑みを浮かべて王妃様が出迎えてくれる。なぜかはわからないが、私はやたらと気に入られているようなのだ。


「遅くなり申し訳ございません」


「いいのよ、どうせあのバカが絡んできたのでしょう?」


 自分の息子を「あのバカ」呼ばわりするのもいつもの事だが、そう思うならば是非とも教育し直して欲しいところである。特に精神面を。


「王妃様、これを」


 おじいちゃん騎士様が頭を下げて王妃様になにやら書類を渡している。王妃様は侍女たちにも目配せをして書面に目を通すと「ふふふ」と笑ったのだ。


「アリアーティア嬢のおかげで、全部排除出来そうね」と。


 王妃様におじいちゃん騎士様、それに侍女たちまで笑顔でこちらを見てくるんですけど……私が何かしましたか?!










「はぁ……行儀見習いの令嬢たちを振るいにかけていたんですか」


 王妃様から聞かされた内容に思わずため息をついてしまった。呆れて眼鏡もズレるってもんだ。


「全員見事に落選したけれどね。最後に残ったあの子も今日で終わりよ。各家には再教育するように伝えたわ。でないと王子妃どころかどこにも嫁にいけなくなるわよってね」


 なんと、将来有望な令嬢を見つけ出す為の選定をこっそりと行うために候補の令嬢たちを行儀見習いとして召し上げていてのだとか。


「有能な淑女というのは家柄や血筋だけではいけないの。自分の置かれた状況や立場を即座に理解し、いかに自分の能力を発揮できるかなのよ。あの子たちは全員、王子妃の立場を狙っていたようだけれどやることはみんな一緒なんで驚いたわ。行儀見習いだという名目すら忘れて王子に取り入ろうとして、現婚約者で公爵令嬢である自分より確実に格上の相手を蹴落とそうするばかりなんですもの。落とし入れるにしても、もう少し賢い方法は思いつかなかったのかしら?全員あなたの眼鏡を蔑むことしかしないんですもの。あなたを婚約者に選んだわたしにすらも“あんな眼鏡が王子妃になったら王家の品位が下がる”なんて訴えてきたのよ。うふふ……あんなバカ丸出しの令嬢を王子妃にした方が王家は終わりよね」


 笑っているが目が笑ってない。瓶底眼鏡のおかげで視線を合わせなくて済んでいるが王妃様の背後にはブリザードなオーラが見えてきそうだ。


「あー……。まぁ、それは王子殿下が率先してやってらっしゃったので王子のご機嫌を取るならそれが手っ取り早いかと……。それくらい王子殿下は私を嫌っているのでなんなら婚約h」


「わたしはあなたが気に入っているのよ。今のところあなた以上の令嬢は現れていないわ」


 婚約破棄をお願いしようと思ったのに、にっこりとブリザードな微笑みを向けられてしまいゴクリと唾を飲み込んでしまったのだ。こ、怖い……!


 それにしたってなぜ私をそこまで気に入ってくれてるのか謎でしかないのだが。このまま婚約を続けても王子と私が和解することはない。いずれヒロインと出逢えば私は用済みだとばかりに断罪されてしまう。そうなれば王妃様だって絶対にヒロインを気に入るはずなのだ。


「それにあの令嬢たち相手にあなたがどう対応するかを見る為の試練でもあったのよ。これも王子妃教育の一環だと思って許してちょうだい」


 王妃様のその発言に、もしかしたら泣いて喚いてやり返していたら婚約破棄だったんじゃ?!おしいことをした!と思ったら「もちろん、みっともない対応をしていたら徹底的に厳しく教育していただけよ」とまるで心を読まれたような返答をされてしまう。うぅ、この瓶底眼鏡のおかげで表情は隠れているはずなのに、王妃様にはいつも考えている事が筒抜けだ。……まぁそれでも、私は必ず逃げ出してみせるが。


 しかし、結局は私も王妃様にいいように利用されたわけだと思うとちょっと疲れたかも。少し冷めてしまったお茶をひと口飲んでため息をつくと、王妃様の声色が優しいものへと変化する。


「……とはいえ、試すようなことばかりして申し訳なかったとは思っているのよ。今日は約束していた庭の薬草を好きなだけ摘んで帰りなさい。侍女に花束にしてもらうといいわ」


「本当ですか?!嬉しい!」


 こうして私は念願の薬草をゲットするために、侍女のひとりと一緒に庭へとウキウキしながら足を進めたのだった。











 ***







「お伝えにならなくてよろしかったのですか?」


 いつも静かに側に控えている老騎士が王妃に視線を向けた。国王すらも知らない王妃の秘密を共有する唯一の友でもある。


「わたしがあの子を気に入っているのは本当よ」


 王妃は王子と同じ碧眼を空へと向ける。そこには「ピィ」と不思議な雰囲気を持つ白い小鳥が、まるでこちらを監視するかのように飛んでいた。


 その小鳥が決して普通の小鳥ではないことを王妃は知っている。王妃の瞳には、その小鳥はキレイなエメラルドグリーンのオーラに包まれたように見えている。……そう、アリアーティアの瓶底眼鏡に隠された瞳と同じ色だ。


 その輝きを見て、あの日アリアーティアが放つ魔力の色にすっかり魅了された事を思い出していた。


 この娘はきっと、とんでもない存在になる。だからこそ周りの反対を押し切って息子の婚約者にしたのだ。瓶底眼鏡姿が何だというのか。彼女の真の才能はそんなものを跳ね除けるくらい素晴らしいはずなのだ。と。



 実は王妃は魔力持ちだった。だが、その能力は他の魔力持ちを見つける事が出来るだけのものであり、王妃自身の特別な能力の開花には至らなかった。だからこそ魔力持ちであることを隠したまま生活出来ている。そして、同じ魔力持ちである少女の存在に嬉しくてはしゃいでしまったのを恥ずかしくも思う。


「あの子に無理強い出来ない事はわかってるのよ。聖霊付きの魔力持ちなんて、自由に出来る訳ないもの。ただ、もしもあの子が息子と心から愛し合ってくれたらと願ってしまったの」


「……昔、王妃様がまだ王太子の婚約者時代に王妃様の目の前にもあのような雰囲気を纏った不思議な動物がやって来た事がありましたね。先程、アリアーティア様を守るように小鳥の軍団が来ていまして、侯爵令嬢を撃退しておりました。も、他の令嬢に意地悪をされていた王妃様を守るように小さなリスがドングリをその令嬢に投げつけていた事を思い出しましたよ」


「そうね。あの時のわたしは聖霊なんて存在を知らなかったからあの不思議な雰囲気も怖く感じてしまってその場を逃げ出したけれど……。もしも聖霊を受け入れていたらなにかが変わっていたのかしら」


「とりあえずは、魔力持ちだとバレていたと思いますよ」


 老騎士の言葉に王妃は「それはそれで面倒臭いわ」と肩を竦めた。


「……あの子はきっと、王子妃にはならないでしょう。でもわたしが婚約破棄を認めない以上、自分の力でどうにかするしかないわ。もしも王家と公爵家が拗れることなくすんなりと婚約破棄出来る方法を見つけてきたその時は諦めるしか無いわね」


「せめて王子がアリアーティア様にもう少し優しく接して下さればよろしいのですが……。午後の鍛錬はいつもの3倍にしておきます」


「そうね。陛下が甘やかすものだから調子に乗っているようだし曲がった根性を叩き直してちょうだい」


「御意に」








 その日の午後、王城の鍛錬場から王子の悲鳴が聞こえたとか聞こえなかったとか。






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