もつれた赤い糸をほどく

石田空

もつれた赤い糸をほどく

「はあ……」


 王立学園に通っているお嬢様は、帰って来るなり溜息をついている。


「どうなさいました。ご学友となにかございましたか?」

「私がという訳ではないのよ。どうにも私の周りがおかしいことになっていて、困っていますの」

「左様でございますか」


 王立学園を卒業すれば、過半数のご学友は嫁いだり女領主になったり働きはじめたりと、散り散りばらばらになってしまう。全員が全員、王都に残る訳でもないのだから、今の内だけでも青春を謳歌なさればいいのに。

 そう思いながら私が香茶を淹れると、それを飲みながらビスケットをサクサクと食べるお嬢様。


「なんでもね、私の同級生の婚約に翳りが生じはじめていますの」

「左様でございますか」


 ほとんどの貴族は、幼少期に婚約がまとまり、学生時代の恋愛は結婚より下で、たとえ学生時代にどれだけ恋愛をしていたとしても、その相手と結婚することはまずない。

 しかし万能感に溢れるまだ現実を知らない若人は、学生時代の恋を運命だと思い込み、婚約者を捨てて恋人と駆け落ちすることも、たまにある。

 それを表立って宣言すれば社交界から爪弾きものにされてしまうから、その手の話は大概はなんらかの方法でなかったことにされてしまうのだけれど。

 お嬢様のご学友も、そのせいで婚約者との仲が悪化しているのならばよろしくない。

 そう思っていたものの、お嬢様の話は予想の斜め上を言っていた。


「なんでもね、同級生の婚約者、唐突に貴族を辞めて役者になりたいと言い出したみたいですの。ずっと憧れていた劇団に内定が決まりそうだから、応援してくれないかとおっしゃってね。彼女のご両親はカンカンになって、婚約を白紙に戻そうと、大きく揉めはじめましたの」

「ま、まあ……」

「それだけだったらいいのですけどね、その婚約者のことを片思いしていた子が、『婚約を白紙に戻すのだったら、私に彼をちょうだい! 彼のパトロンになるから!』と言い出しましてね、それでだんだん婚約白紙のドミノ倒しがはじまっちゃっいましたのよ」


 同級生の婚約者が、突然役者になりたい宣言をはじめて、ここの婚約が白紙に戻りかけている。

 それに目を付けて彼に片思いしていた子がパトロン宣言をはじめた。ここの婚約者が「やめとけ」と言っても聞かずに言い出したものだから、ここの婚約も暗雲が立ち込めはじめた。

 それに目を付けたのが卒業間近の女領主になる予定の先輩で、彼を自分のつばめにすると言い出した。

 彼女のつばめ宣言に、彼女が大量に囲っていたつばめ候補たちがざわついた……いったいどれだけ甲斐性がある女子なのか、学園に通う婚約がまとまらない次男坊三男坊を囲っていたらしい。

 そしてそのつばめに片思いをしていた下級貴族の女子たちが「また男を彼女に取られる」と告白に突撃をはじめたらしい。

 たったひと組の婚約問題のせいで、だんだん学園内の治安が悪化していった。


「……それはお気の毒な話です」

「でしょう? ところがね。その突撃しはじめた女子たち、どさくさに紛れて婚約者持ちの男子にまで告白するようになってきましたの。最初はドミノ倒しも面白いことになってるなと遠巻きに見ていただけだったのですけど、先日とうとう私の婚約者も突撃されてしまいましたの。金髪碧眼のそれはそれは愛らしい方に。どうして婚約がまとまっていなかったのか不思議なくらいですわ」


 お嬢様は困っているのか、他人事にしていいのか、判断に困っているようだった。

 今が学園内の治安悪化だけに留まっているからいいが、これが学園の外に出たら最後、教会交えての裁判沙汰になりかねないだろう。


「ねえ、これどうすればよろしいと思いますの?」


 思わず溜息をついてしまった。

 そもそも最初の婚約問題がどうにかならない限り、学園内の治安の悪化はどうにもならないだろう。


「大変申し訳ございません、私には少々手に余る問題でございます」


 香茶の漂うお茶の時間。

 こじれにこじれた学園の人間関係の修復手段が思いつかない。


<了>

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