ぐちゃぐちゃという名の笛

天西 照実

これでも僕は笛


 ゴツゴツとした黒いかたまり

 いくつかの穴が開いていて、太い筒状の出っ張り部分が上側だ。

 塊の中には空洞があって、筒と穴が繋がっている。

 人の頭くらいの岩の塊だから、手で持つにはちょっと重いかも知れない。

 ――それが僕の姿だ。


 僕は、こう見えても笛なのだ。

 『ぐちゃぐちゃ』という名を付けられた笛。

 もうちょっと他に、名の付けようがあったのではないかと思っている。

 漆黒のグチャなら、格好良いのに。



 楽器を司る魔王の器楽王きがくおう様が、僕を作った。

 元々は憤怒が集まって高くなった、魔界の山の一部だった。

 そこで癇癪かんしゃくもちの魔女とエゴの魔王が喧嘩をしたものだから、山に大穴を開けてしまったのだ。

 吹っ飛ばされて転がっていた僕を、器楽王様が拾った。

「これは良いぐちゃぐちゃだねぇ。傑作が出来るよ!」

 そう言って笑いながら、岩の塊だった僕を笛に作り替えたのだ。



 もやもや、ムカムカ、イライラ、ギスギス?

 なんとも表現しにくい『ぐちゃぐちゃ』した気持ちを僕に吹き込むと、それはそれはぐちゃぐちゃとした音が鳴る。

 初めは気分が悪くなると思う。

 吹いた本人の嫌な気持ちを、音で表現しているから。

 だけど吹く内に、音から粘着ねばつきやゴロつきが取れていく。

 最後には、こんな塊からこんな澄んだ音が出るのかと驚かれるくらいだ。

 音と一緒に『ぐちゃぐちゃ』した気持ちが、サラッとしてしまう。

 そういう、楽器の形をした魔法具なのだ。


 ちょっと、ひと呼吸おいてさ。

 気持ちを落ち着かせてから考え直してみる。事実に向き合う。

 そのために有効な道具が僕だ。



「壊されそうなら迎えに行くよ。ちょっと旅をしておいで」

 なんて言って、器楽王様が思いつきで僕を人間界に送ったものだから……。

 僕はひとりでゴロゴロと転がっている。


 もし穴の開いた黒い塊を見付けたら、怖がらずに息を吹き込んでみて欲しい。

 初めは嫌な音がするかも知れないけど、きっとスッキリできるからね。

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ぐちゃぐちゃという名の笛 天西 照実 @amanishi

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