線香花火
此糸桜樺
線香花火
漆黒の夜の世界に、色彩豊かな光の群衆が、チリチリと音を立てて輝く。厳かな
それはまるで――火の神が、巨大な太鼓を打ち鳴らす姿。悪い気を祓うかのように力強く舞う姿。そして、
「私ね」
僕は黙って顔を上げた。目の端に写った花火の残像が、彼女の顔をモザイク状に隠している。表情がよく見えない。
彼女は俯いたまま、だんだんと弱っていく火花をじっと見つめていた。
彼女の青い朝顔の浴衣に、橙色の光が明るく照らす。浴衣の袖がより一層華やぐ。しわの隙間にうっすらとできた陰影は、朝顔の鮮明な美しさを称えているようだった。
火花は、燃え尽きる最後の一枚まで全身全霊で花弁を散らせていく。パチ、パチ、パチ。息も絶え絶えに、崇高で儚げな終焉を迎える。
すでに火花は弱々しくなっていた。それは、己の吐息すらもはばかられる程に。
「好き」
まあるい火の膨らみが、ぷうっと太り、ぽっとりと落ちた。ぷくり。ぽっとり。ついに訪れた闇の静寂。光の失われた夜は、当たり前のように暗くて、いつまで経ってもやっぱり暗かった。
闇の中の不安は、どこかトンネルと似ている。大きな筒を抜けた先にあるであろう、灯火に満ちた故郷に思いを馳せ、ひたすらに歩みを進めていく。ただ一筋の希望を求めて。
たとえ、それがどんなに、細い蜘蛛の糸だったとしても。
遠くで賑やかな音が聞こえた。夏祭りが終わり、そろそろ家路につく頃なのだろう。もしかしたら、帰りの混み具合を考えて、早々に帰ることを決めた者かもしれない。
「線香花火が」
彼女の声に、抑揚はなかった。
ただ淡々と事実のみを述べていた。
「……ふうん」
僕は、線香花火が落ちた地面を足で、ずり、と踏みならした。白と黒の微細な砂利が、僕の足によっていたずらに弄ばれる。
僕は、線香花火が嫌いだ。無駄な期待をさせるから。
線香花火 此糸桜樺 @Kabazakura
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